278話 逆鱗
いつものように、ネットに繋いだテレビを付け、サブスクで最近ハマってる恋愛リアリティ番組を観ながら、楽しそうに澪桜が揺れていた。
「もぐもぐ。周さん! とろーり耳までチーズ! 美味しいねぇ♪」
ソファに並んで座る二人。
隣で嬉しそうにチーズを蕩けさせながら頬張る澪桜に
視線を向けられない。
モソ。
なんの味もしないパンを齧る。
同じ物を食べてるはずなのに。
澪桜との世界ごと切り離されたみたいで
怖い。
周はため息をつき、取り皿にピザを置いた。
テレビでは修羅場が映っていた。他出演者の男性に惹かれつつある彼女と、焦りを覚えた彼が、白熱したバトルを繰り広げている。
「おおー。喧嘩だ!! 罵りあっている。もう少し話し合えば良いのにねぇ。ね、周さん」
「うん」
周からすると、どこか自分と重なる部分があって、笑えない。
番組を変えて欲しいのに、今はそれすら言う気力もなかった。
ずっと、先程の二人が頭を過ぎる。
俯いたままピザに手をつけない周へ、澪桜が寄り添った。
目にかかりそうな前髪を耳にかけてあげようとしたが……避けられる。
少し目を見開いて、首を傾げた。
「……今日は本当にどうしたんだい?」
「何でもないよ」
「何でもない事はないだろう? いつもならLサイズ2つ頼むはずなのに、今日はLサイズ一枚でいいって言うし。……変だよぉ? 調子悪いのかい?」
「別に、そんなことない」
周はモヤモヤからか素っ気なく澪桜に返してしまう。
本当はそんな態度取りたくないのに。
「ピザは失敗だったか? ちょっとおでこかしてみ?熱があるかもしれないから」
心配そうに澪桜が周のおでこに手を伸ばす。
「本当に大丈夫だから!!」
つい、大きい声が出てしまった。
パシン!
はっ!
我に返った周が目を見開き、視線を上げると澪桜は固まったまま、振り払われた手を庇っていた。
「ごっごめ! 痛かった!?」
慌てて澪桜の手を摩る。
ワタワタと、冷蔵庫の柔らかい保冷剤を持ってこようとする周の背後から音が消える。
澪桜はソファから立ち上がり、テレビを消していた。
「分かった。もういいよ周さん」
冷ややかな声。
「え?」
「前から言ってるよね? 機嫌くらい自分で調整しろと。私と話したくないなら書斎で食べておいで。ほら、もう全部持って行っていいから」
そう呟き、まだ一枚しか食べてないピザを箱ごと周に渡そうとする。
この声のトーン。
前に一度覚えがある……
こうなる前に、不安を打ち明けるべきだったと思ったが……時すでに遅し。
もう視線すら合わない。
表情に、なんの感情も感じられない。
周は震え、息を飲んだ。
……澪桜の逆鱗に触れてしまった。
その場に
リビングの床に正座して、必死に声を出す。
「ち、違うよ」
「何が」
「えっと」
「明確に答えろ。何が違う?」
言葉に一切の温度がなくて、周はパニックになりそうになるのを必死で堪える。
「それは……えっと……つまり澪桜に怒ってる訳じゃないから気にしないでほしい……です」
「……気にするな?この後に及んで? 話すなら濁したり、誤魔化さないで的確に。話さないなら書斎に。どちらだ?」
一切の逃げ場のない二択……唇が震える。
「っ話します」
「じゃあ……私が理解出来るように、納得出来るように一から説明を」
「はい。すみません」
「謝罪はいらん。意味が無い」
相変わらずものすごい圧力。
重役クラスかと思うほどのオーラで周を圧倒する。
澪桜は淡々と口を開いた。
「君ね、帰る車の中からずっと、何を話しかけても上の空で帰ってからもずっと『うん』しか言ってなかったよね? 今何故こうなっているのか正確に理解しているのか?」
「はい。僕が不機嫌だったからです」
「違う。どうしたと聞いても答えなかったからだよ。だから理由を聞いている。君は私が感情の機微が分からないからって、態度すら読めないとでも思っていたのか?」
「とんでもございません。ごめんなさい」
「そんな無駄な謝罪なんぞいらん。何度も言わすな」
「はい、す……ご説明させて頂きます」
一切の無駄を許してくれない。
言い訳も
誤魔化しも通じない。
論理的で辻褄が合ってないと一掃される。
カップルの喧嘩ってこんなの??違うくない?
ドラマでも見たことない。
こんなに恐ろしいもの?
毎回思う周。
一つでも間違えたら会話終了で書斎へ島流しの刑に処されてしまう。
緊張感が半端ない。
顔も上げられない。
恐ろしくて。
周は何度経験しても学ばない自分を呪う。愛してやまない澪桜の怒りをおさめるべく、恥もプライドもかなぐり捨てて説明を始めた。




