277話 超絶イケメン
(……帰ってデータ確認するか。土日に持ち越さないように……今日のうちに終わらせておこう。
せっかくの澪桜との週末に仕事なんぞ持ち越させてたまるか)
データは共犯者全員に送っている。
久我GMにも。
全部一人で調べる必要もない。
そう思いながらいつもの澪桜の会社前のエントランスに辿り着く。
ハザードを付けて、車内で待っていた。
だが、いつもなら出てくる時間になっても澪桜は出てこない。
他の社員達は沢山出てきているのに。
(……また残業か?)
最近20~30分ほど遅れる事が多くなった澪桜。
だがその内容は知らない。
『最近忙しい?』
そうやんわり聞いても
『んー? 別にそうでもないよ』
と返されるだけ。
仕事の事だ、佐野の時みたいに根掘り葉掘りと聞くべきじゃないから(山本にも怒られたし)追及や詮索はしないようにしていたけど……
少し……不安。
周はブンブンと頭を振る。
(大丈夫。倦怠期とかでもないと思うし。むしろ倦怠期の意味も俺、イマイチよく分かってないし。ドレスも注文したし、式場も抑えた! ……俺達は万事上手くいってる!)
込み上げてくる不安を一掃するように最近の出来事を思い出していく。
大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら。
神崎という弊害が無くなって、平和になってるはずだった。
なのに。
余計な気持ちや知識が、新たに焦りを覚えさせていた。
あのハウツー本のせいで。
トキメキの喪失
釣った魚に餌をやらない男
マリッジブルー
倦怠期
営みの独りよがり
名も無き家事への不満。
いつぞや澪桜が買っていた、ハレンチバイブル。
たまたま興味本位であれを読んだのがダメだった。
何をされたら女性は喜ぶのか、知りたかっただけなのに。
ハードルが高すぎた。
愛され美佐子の語彙の強さが、核心をつき過ぎて周の心に思いのほかダメージを与えていた。
(だ、大丈夫だ。だって俺幸せだもん! あんな本、何も当てはまってない!)
また言い聞かせる。
が……美佐子は周を捉えて離さない。
『男は思い込む生き物。自分さえ良ければ女性も同じ気持ちだと勝手に安堵する』
(違う!! 俺は違う!!)
『俺だけは違うと何の根拠もない――』
(あーーーーーもう!)
するとやっとエントランスから澪桜が出てきた。
周は嬉しくなって慌てて車から出ようとする。
……だが、一人じゃなかった。
傍には高身長の……男。
仕事だから仕方ないが、何で?
そんな傍に寄り添うように?
車から出て直ぐにでも駆け寄りたいのに
立ち尽くす。
足が……動かない。
周の視線が釘付けになった。
話し込んでいる男性は、とても優しそうな表情で澪桜と向かい合う。
清潔感があって、でもガッシリとした体躯。
色黒で綺麗な黒髪。
鼻が高く男らしい顔つき。
……悔しい程に澪桜とお似合いだった。
今すぐに止めたいのに。
目の前の光景が信じられなくて。
認めたくなくて。
目が泳いだ。
(何でそんな嬉しそうに澪桜と話す? ……まさか最近遅かったのはアイツと話し込んでたせいなんじゃ……?)
ゾワッ
胸に嫌な感触が一気に広がり
周を襲う。
「澪桜!!!」
必死に名前を叫ぶ。
だけど、届かない。帰宅ラッシュの車道の音と、エントランスから一気に吐き出されるように出てくる社員達の喧騒で。
やっとの思いで貼り付いていた足を動かし、駆け寄ろうとした瞬間
澪桜と目が合った。
その男性に軽く会釈して澪桜が
小走りでこちらに近付いてくる。
「ごめん、待たせたね! お疲れ様、周さん」
いつもの口調。
いつもの笑顔。
だけど……嬉しくない。
「うん。お疲れ様……帰ろうか」
「? どした、疲れたかい? ……久しぶりにピザでも取って英気を養う!?」
(アイツは誰?)
(最近の遅かったのはアイツのせい?)
(俺が外で待ってるの知ってて見せつけるように話してたのは何で)
黒い感情が溢れ出そうになる。
グッと唇を噛んで瞳を固く閉じた。
(やめろ。澪桜を疑うな……俺の女神を、澪桜を冒涜するな)
澄んだ声が耳に響く。
「……周さん? 大丈夫かい?」
一度深呼吸した後、周は精一杯澪桜に微笑んだ。
「なんでもないよ。お疲れ様、さあ帰ろう」
「うん! ピザ、また耳までチーズのやつにしようねぇ!」
ケラケラ笑う澪桜に切なそうに視線を向けて、髪を耳にかけてあげた。
普段通り
なのに晴れない周の心。
先程の二人が頭から離れない。
あの男……好意があるように見えた。
羨ましいくらい。
イケメンだった。
俺が女なら、ときめくかもしれない。
そう、自分に置き換えた途端
また不安が襲う。
(澪桜、まだ俺の事好きでいてくれてるよね?)
目頭が熱くなるのを必死で堪えて
周は車を走らせた。




