273話 音読みと訓読み
「ご感想は?」
とっぷりと空が闇に染まる頃ネオンを反射する車の中で周の声が響く
「オリエントグレイス一択! 周さんもじゃない? 午後はずっと楽しそうだったよ」
「よく見てるね相変わらず。オリエントグレイス一択なのは当たり。でもちょっとハズレ」
イタズラにチラッと視線を向けた。
澪桜は首を傾げる。
「楽しんでたんじゃなくて……見惚れてた。午後はずっと……君に」
甘い声で呟いた。
ズギュン!!
澪桜は不意に胸を撃ち抜かれ悶える。
「ぐああ」
胸を押さえ悶絶する澪桜のリアクションにケタケタ笑う周は更に続けた。
「あれれ? ときめいて頂けましたか? 女神様。でも口説いてるんじゃなくて本当にだよ。未来の君を観てた」
「……未来?」
「ドレス姿で微笑む君。……まぁ結局ドレスは振り出しにもどっちゃったけどね」
周は片眉を下げて肩を竦める。
澪桜は相槌を打つように笑った。
「ああ〜たしかに〜。花嫁って案外高いヒールの靴を履くんだねぇ。知らなかったよ。周さんもシークレット履かないといけないみたいだし。巨人だよ」
「巨人て! ……でもまぁそうだね、小久保さんの話聞いたら。俺と澪桜の身長差が17cm、ヒール計算したら履いた方が良いみたいだしね」
「私達が見付けたドレス。あれじゃあ全く丈が足りないとはね……盲点だったよ」
「俺もだよ。せっかく似合いそうだったのに」
駐車場にたどり着いた周と澪桜は車を降りて入庫ボタンを押した。
エントランスに向かいながら澪桜は言う。
「実はね……君が席を外してる時に、小久保さんに良いアドバイス貰ってね」
「……良いアドバイス?」
「アメリカのヴィンテージドレスはどうかって。日本ではウエディングドレスに使わない、よく伸びる素材とか、エンパイア? っていうデザインも沢山あって、めっちゃ食べれるらしい。おすすめのバイヤーサイト見せてもらったんだ」
「……」
怪訝な顔をする。
「なんだい?」
「……露出は?」
エレベーターのボタンを押しながら隣の大男に低く唸られた。
澪桜はため息をつく。
「……ない! 露出の少ないものが主流の時代らしいから」
「え! いいじゃん! 俺もめっちゃ見たい」
ぱあああ! っと顔を綻ばせ嬉しそうに揺れる。
呆れたように澪桜は笑い、画面を見せた。
「それでね、今ちょっと見てみたんだけど、気になるのがあってねぇ」
ドレスの話に夢中になっていると、あっという間に自宅に着く。
カードキーで周が玄関を開けてくれた。
澪桜は靴を脱ぎながら振り返る。
「……忙しくなるね。新郎さん!」
周は目を大きく開いて一瞬固まったかと思うと……幸せそうにはにかんだ。
「お互いにね。新婦さん」
「……ま! プロポーズもまだだし、指輪も出来てないけどねぇ」
そう吐き捨てて
澪桜は揶揄うようにリビングに消えて行った。
「そっそれは何回も謝ったでしょ!? 俺なりにサプライズ考えてるんだよ!」
「あらら〜おやま〜そうですかぁ〜ほいさっさ〜」
ケタケタ笑う声がリビングから聞こえてくる。
悔しそうにしながらも靴を揃え、シューズストッカーに収納する。
「覚えてろよ!? 絶対にサプライズを成功させて感動で泣かせてみせる!! 絶対だよ!?」
この会話そのものが既に破綻してる事に気付かない周は更に固く心に決めた。
***
ソファで並んでコーヒーを飲みながら……ふと、澪桜が口を開いた。
「……神崎さん。どうなったの?」
幸せそうに寛いでいた周の表情が固まる。
ゆっくりまつ毛を伏せて湯気を眺めた。
「もういないよ。懲戒解雇になった」
素っ気ない声。
澪桜はサブスクのドラマが流れるテレビに目を向けたまま呟く。
「そっか」
ここでこの話題の会話は終わる……はずだった。
「俺は未だにあのゴミを許せない」
二人の間の空気が止まる。
「澪桜を勝手に調べ、あんな画像で傷付けて……懲戒解雇だけ?有り得ない」
冷たい声で呟く。
マグカップを持つ手に力が入っていくのが見て取れた。
「周さん……もういいよ」
「……え?」
「なんか最近、弁護士ともやり取りもしてるでしょう? もう……やめよ? これ以上、君が神崎さんの事を考える……そっちの方が嫌だよ」
「澪桜」
周の中に蠢き続けていた黒い何かが少しずつ消えていく。
澪桜は不貞腐れながら口を開いた。
「……っ周さんは私のモノなのに! 私から話振ったせいだけども! これ以上言うと……修ちゃんの話するぞ!?」
修ちゃん……それは藤堂マネージャーのことだった。
仲良くなった澪桜は藤堂と周と三人のLINUグループを作り、しょっちゅう虫の話をしている。
周は嫌そうな顔をした。
「だからそれやめてよ。修ちゃんて……俺以外にそんな親しげな呼び方俺は嫌だって言ったよね?本当はLINUしてるのも許せないのに」
「グループトークだからいいって最初言ったの周さんだろ!? ……そんな拗ねるなら君も会話に入りなよ」
「クワガタの飼い方の話なんか参加したくない」
藤堂と虫の話で盛り上がっていた澪桜。
周はマグカップをローテーブルに置いて、澪桜の持つマグカップも取った。
体制を変えて澪桜を包み込む。
「俺は澪桜だけのモノだよ? ……それでも神崎の始末を考えてると嫉妬しちゃう?」
嬉しそうな声が甘く耳に響く。
澪桜は頬を赤らめつつ、ツッコむ。
「そうだよ! だからもういいよ! ……始末! 言い方が不穏!」
「……分かった。君がそう言うなら……訴訟も刑事告訴も止める」
「そ、そこまで考えてたの!?」
背中越しに包み込む周を見上げた澪桜の額に、キスを落とし肩に顔を埋める。
「そうだよ。……だから澪桜も……修ちゃんとか言うの止めて。俺以外の男を気安く名前で呼ばないで」
「ええ。私よりヤキモチすごい」
ふふと微かに笑う声が聞こえる。
澪桜の肩に顎を乗せたまま包み込んでいた片手を少し上げ、指を折り数えはじめた。
「そんなこと最初から知ってるでしょ。執念深いし、嫉妬深いし、陰湿だし、独占欲強いし、強依存の男だよ俺は。あ、強い方の強ね」
「強依存!! なんだその造語は」
「分かったら……あのゴリラとLINUするな、とまでは言わないけど修ちゃんはヤダ。ゴリ男でいいんだよ。あんなバツイチ酒カス野郎はゴリ男で」
「凄いただの悪口!」
澪桜のツッコミを聞いても至近距離で見詰める瞳は不安そうにまだ拗ねたまま。うーんと考えていた澪桜が閃いたとばかりに手を叩いた。
「あ、じゃあこうしよう。修ちゃんと、周ちゃん。どうだい!? これで解決だ!」
「なにが」
我ながらいい事を言ったとドヤりながら冷蔵庫に向かう澪桜に周は呆れた声でつぶやいた。
せっかく今日の余韻に浸りながら
イチャイチャしたかったのに。
周ちゃんという何ともダサくて嫌なあだ名爆誕で全て台無し。
「ニンニクマシマシぺぺたまにするかーーーい? おーーーーい。なんでそんなしゃくれてるんだい? おしゃくれ様かい!? ぬははははは」




