272話 光の中の幻影
11月2日
16:00
ブライダルフェア 4件目
オリエント・グレイス入口。
景色が次第にオレンジ色に染まり始めた頃。
今まで見てきたゴージャスで中世ヨーロッパ寄りな外観の式場とは違い、アットホームで古民家カフェのような、グリム童話に出てきそうな外観。
小さな門を抜けて敷地内に入り足を止めた澪桜は、横に立つ周の顔を見る。
可愛いねと感動することも無く、ただゲンナリと……悲壮感漂う表情を浮かべていた。
「……疲れたかい?」
澪桜は眉を下げる。
周は首を振り、風に揺れる澪桜の後れ毛を優しく耳にかけた。
「……それは澪桜でしょう?どこの式場でも築地の魚かと思うほどタライ回しにされてたじゃない」
「築地!!!あはははははは!」
「笑いすぎ。……さ、ここで最後だ。どんな式場かな……気持ちを切り替えて楽しまないとね」
周は表情を切り替え、入口の前で両頬を軽く叩いた。
ニッと笑みを深め、澪桜も気合を入れる。
「よしその意気だよ周さん!私も楽しむぞ!」
自動ドアを抜けると、親しみやすそうな雰囲気の、小柄な女性が立っていた。
同年代だろうか、今までの式場の女性より若く見える。
「ようこそお越しくださいました。結城様、澪桜様。この度はご結婚本当におめでとうございます。私は本日担当させて頂きます小久保と申します」
ここまではだいたい同じ流れ。
流石に慣れてきた二人は平然と頭を下げる。
パン!と手を叩き、小久保が二人に近付いた。
「さぁて!……どこから見ます?暗くなる前に、ご希望のガーデンウエディング用のスペースとチャペル。ご覧になられます?夕方のチャペル、綺麗ですよ〜!午後の部はあまり人気がないんですが、個人的にはオススメです」
ペラペラと楽しそうに話す小久保。
澪桜と周は驚きの余り目を見開いたまま固まる。
まだ受付カウンターの前だと言うのに。
……気が早い。
またやらかした!というように少し頬を赤らめて小久保は焦る。
「あ、すみません。初っ端から飛ばしすぎましたね。いや、お二人のご希望を拝見してたら……なんか楽しくなってしまって。気が早すぎました」
「いや……とんでもない!是非是非チャペルを見せて頂きたい!様付けじゃなくていいですよー」
自然に歩み寄っていくのを見て、周は少し目を開いた。
他の式場では澪桜の方から先にプランナーへ話しかけるなんて無かったから。
更に澪桜はイタズラな顔で話しかける。
「ガラス、割って良かったんですっけ!?」
「あはは!違いますよ〜!!ガラスは割らないでね、後は何してもOKって言いました!ガラス全部故意に割ってくって……あれですか?大昔の思春期ですか!?」
「ぶふぅー!にしても、許容範囲が広すぎるぅ!何でもできそうですねぇ」
澪桜の言葉に嬉しそうに小久保は頷きながら、
二人を先導するように真っ直ぐ歩いていく。
エントランスの先のロビーを抜けると、細い通路に繋がっていた。
建物の中は結婚式場らしく、白で統一され、天井から掃き出しまである窓ガラスが外の光をいっぱいに室内へ流す。
今は夕方。景色全体がオレンジに染まっていた。
外に繋がる両開きの扉を開けて二人を促した。
「何でもアリですよ〜!ガラス以外。足元、お気を付けください!段差ありますよ」
小久保の声に合わせ、足元に視線を落とす。
綺麗に切りそろえてあるが、所々色味が褐色に。
澪桜はその場にしゃがみ、彼女の方を見上げた。
「楽しみだなぁ。あ、ここは人工芝じゃないんですね!?今どき珍しい……しかもなんて壮観な……!!見て周さん!!」
「ああ、綺麗だね澪桜」
二人の前に広がるこじんまりとした芝生の庭園と言うには殺風景な草原。
右側には春に咲いていたであろう立派な藤の花のトンネルに綺麗に整えられた花壇その奥には……立派な木々が葉を揺らす森林の道。
先は見えないがパンフレットにあった挙式の出来るスペースが広がっているのだろう。
正面の芝生の先には控えめなチャペルが見えた。
「うちは本物の北欧などのガーデンウエディングをコンセプトにしておりまして、樹木とかにもこだわっております!四季折々、挙式のスタイルに合わせて景観もお楽しみいただけますよ」
「四季折々……それはいいですね」
低い声が後ろから響く。
小久保が周へと視線を向けて笑顔で頷いた。
「春は桜の花びらが舞い散る中で永遠を誓い、藤の花のトンネルで愛を誓う。参列者は色とりどりの花に囲まれ二人を祝福します。
夏は強い青と緑の生命力を感じながら力強い愛を二人で表現し、秋には実りを思いながら紅葉の中家族の未来を思い、冬には……雪景色の中に佇む花嫁の美しさに新郎は息を飲む」
小久保は独り言を言うように、景色に目を向けて微笑む。
しんみりとした空気になりかけた途端、小久保が口を開いた。
「お陰様で春には気をつけないと毛虫やカメムシに襲われ。夏が始まるとセミがうるさいし。あ、カブトムシとクワガタも採れますよ!いかがです!?」
「それは素晴らしい!!引き出物にカブトムシですね!」
ガクッと躓く周。
完全に会話から置いていかれる。
(こ、この二人……同じ匂いがする……)
入りたいとは思わない、式場に全く関係ない会話で盛り上がり始めている。
圧倒されつつも、澪桜の楽しそうな表情を後ろから眺めながら頬を緩ませた。
風に揺られ葉が鳴る。
周は広場の中で一番大きな樹木に目を向けた。
ただの木。
なのにとても神聖で。
懐かしい気がした。
「うわぁ!!周さん早く来て!チャペル近くで見るとめっちゃ可愛い!中にステンドグラスあるんだってぇ」
あっという間にチャペルの入口に立つ二人。
周を呼び寄せる。
慌てて早足で向かった。
おとぎ話に出てきそうな真っ白い壁のチャペルが夕日に染まり温かな雰囲気を醸し出している。
小久保が開いたコントラストの強いオーク色の扉を抜けると……
白でスペースを統一した映画のワンシーンのような聖堂。
計算された角度から淡い茜色の輝きが柔らかく差し込み、祭壇の後ろの立派なステンドグラスが光を通す。
青を基調とした強い色彩なのに。
夕日との調和が見事で……。
とても幻想的で息を飲むほど美しい空間だった。
「うわ……すごい」
「……綺麗」
小久保は澪桜と周の反応に嬉しそうに頷く。
「気に入って頂けて良かった。ちなみにウチの式場は神前式でも人前式でもどちらでもOKですよ!最近は人前式が人気ですね!」
「?人前式?」
「神様に誓わず、参列者の方々に向けて誓う式です。なので聖歌隊も神父もなし」
振り返った眩しい澪桜の微笑みに、周は唇を噛み締めた。
横のステンドグラスから差し込んだ光を受けて、やけに綺麗で。
切なさを浮かべ呟く。
「いいな……それ」
一瞬
幻影を見た気がした。
ドレスを身に纏い、洗練された姿で光にさえ祝福される澪桜
そして参列者に永遠の愛を誓う姿を見届けてもらえる式。
未来の光景がくっきりと色付いていく――




