268話 虚言に塗れる女
長い!!!
ごめんなさい!
しかも神崎断罪……1話で終わらない……
ハーディンは小池が居なくなった事を確認し、神崎の方へ向き直る。
静かに。
自分の肘ほどしかない身長の神崎へと視線を落とした。
「では、神崎さんに質問です。……虚偽の返答は控えて頂くようお願いします」
何故か念を押される。
神崎は片眉を動かし怪訝な顔で答えた。
「……していませんけど」
「そうですか、分かりました。では……小池さんの持っていた画像や動画はご存知ない。という認識で宜しいですか?」
威嚇するように見上げ、神崎が睨みつける。
「だからっ! 先程からそうお伝えしています! 小池さんが私に嫌がらせで罪を擦りつけようとっ――」
全てを言い終える前に……ハーディンは解析結果を神崎の前のデスクに広げ、見せていく。
「貴女のご自宅のパソコンの、破棄されたデータを一部復元させて頂きました。復元したファイルから小池さんの持っていた画像や動画と同じものが確認されたのですが。……こちらについて、弁明はございますか? 今、ご存知ないと仰っていましたよね?」
「なっ……!?」
(ふ、復元!? ……データは消したはずなのにっそんな事……!?)
信じられないというのが顔に出ていたのか。
ハーディンはその回答とばかりに続ける。
「……あまり我々を侮らないで頂きたい。削除したからといって、データの痕跡まで完全に消えるとは限りません。
……それで? ご返答は?」
少しずつ強くなるハーディンの言葉。
神崎は思わず言葉に詰まった。
(ま、不味い……まさかそんな……データが復元されるなんて思わなかった……)
言い訳が思いつかない神崎は涼しいはずの部屋で汗ばみ額を濡らす。
しばらく沈黙した後、悔しそうに口を開いた。
「っ……貰いました」
喉を潰したような苦々しい声で呟いた。
その言葉を但し確認するような言葉が返ってくる。
「小池さんに貴女が依頼して動画と画像を受け取った……と認識して宜しいのでしょうか?」
逃げ道は完全に塞がれてしまった。
ギリギリと血の味がするほど奥歯を噛み締め、神崎はただ眉間に皺を寄せたまま頷く。
ハーディンはそうですかと呟き、動機などの追及もせず、事務的に続ける。
「では、次です。こちらの画像、見覚えは?」
目の前に差し出される十数枚の画像。
それは……
消したはずの……
匂わせ画像
そして、あのベッドのコラ画像……。
ヒュッと背中が空く。
思わず頭の中が真っ白になってしまった神崎は苦し紛れに呟いた。
「……し、知りません」
声が泳ぐ。
ハーディンは呆れたような表情で深いため息をついた。
「そうですか。こちらの画像は全て貴女のスマホのデータを復元したら出てきたのですが……それでもご存知ない?」
(まさか……スマホまで!?)
後戻り出来なくなったこととプライベートを覗き見された事による激昂で我を忘れ、怒鳴りあげた。
「っ!!! プライバシーの侵害だわ!!! 勝手にこんなことっ! 警察でもない癖にやっていいと思ってるんですか!?」
神崎は金切り声で、目の前のハーディンに食ってかかる。
だが……通用するはずもなく。
冷たい視線が注ぐ。
「調査については任意で提出して頂いたはずですが。また、確認範囲も今回の情報漏洩調査に必要な範囲に限定しています。それに被害者は結城マネージャーでは?」
声が返ってくるだけだった。
「ひ、被害者ってなんで言い切れるの!? 私は彼と……そういう関係でした!! だけど捨てられたんです!! 彼が婚約者に乗り換えたの! その写真が証拠よ!! だから私のほうが被害者だわ! 性被害で訴えてやる!!」
ハァハァと肩で息をして周を睨みつけた。
だが、視線すら合わない。
周は薄く微笑んだまま、ハーディンに視線を向ける。
そしてその口を薄く開いた。
「……やはり事前にお渡ししておいて正解でしたね」
「はあ。……貴方の仰る通りでしたね、結城マネージャー」
「……は?」
現状が理解できず、神崎から声が漏れる。
感情も何も感じない水色の視線がまた神崎へと戻る。
「神崎さん、貴女は先程知らないと仰った。だが今度は結城マネージャーと関係があると。こちらはその画像だと仰る」
「ゆ、結城マネージャーの立場を考えて隠そうとしただけです!! 彼にはご婚約者さんいますしっ」
その言い訳を阻止するように藤堂が挙手し、ハーディンの許可を得てから口を開いた。
「2週間ほど前に結城から相談がありましてね。その時に渡されたファイルにこちらの画像が。日付と照らし合わせ照合して欲しいと」
「ああ、それのせいで私は結城に頼まれてシステム管理部に連絡し、結城の残業の日の映像を全て確認させられたよ」
藤堂の発言に頷き、呆れたように笑う岡本。
周は眉を下げながら頭を下げる。
「その節はご迷惑おかけ致しました。社員から聞いて、僕の身に覚えのない匂わせSNSの存在は知りましたが、その鍵アカウントで拡散していたのが誰なのか、この如何わしい画像を誰が婚約者の関係者に渡したのか、分からないままでした。盗撮されるとしたら会社の確率が高いとは思っていましたが。まさか小池さんではなく神崎さんご本人だったなんて」
周はわざとらしい表情を作り驚いて見せる。
神崎はBARの日の事を思い出し首を振った。
「そ、そんなの嘘よ!! この人嘘ついてるわ!! それにどこにそんな証拠があるって言うの!? 私は本当に彼と――」
だが、興信所を使って周の婚約者を調べあげ、周の家を調べ後をつけたという過去がある。
下手に言えない。
その事実をここで暴露されない事を利用し濁したまま、周を叩き落とそうとしたが……ハーディンに遮られる。
「貴方は本社に異動になってから間もないから全容を知らなかったのかもしれないが、我が社の監視システムは24時間体制だ。カメラは全フロアにある。人が意図的に遮ったりしない限りほぼ死角はない」
監視カメラがオフィスにあるのはもちろん知っている。
だが24時間体制だとは知らない。
神崎はそれでも言い返した。
「ぐっ……よ、夜中会ったのよ。プライベートだから映ってる訳ないでしょ!」
周が眉を下げて挙手し、許可を得てから発言する。
「申し訳ないが……夜中は外に出ていない。同棲してる婚約者も証言してくれます。必要であれば、管理会社に申請して、マンションの監視カメラを確認することも可能かもしれません。それに先月からペットカメラでの室内の録画もしてあります」
「ああ、そのペットカメラの動画も確認しましたよ……なぜそんな動画まで確認しなくてはいけないのかと思いましたけどね」
藤堂が呆れた声で言った。
「っ!!!」
周がここまで徹底していたなんて寝耳に水で神崎は戸惑う。
そんな様子を一瞥し、更にハーディンは続けた。
「ちなみに僕も結城マネージャーから提示されたファイルから貴女が削除したはずの画像を確認し、社内監視カメラの映像、自宅の映像全て照合済みです。今のところ、貴女との接点は確認できませんでした」
ハーディンはひとつ呼吸を置いて説明を続ける。
「……この画像が小池氏から貰った画像を合成したものであるという事も復元したアプリにより、既に確認済みです。それと、我々にとって重大なのはそこではない。問題視しているのは、ここです」
SNSに上げていた写真を指さす。
神崎のネイルと、ピンぼけの周のデスクが写されたもの。その背景部分。
「顧客リストが掲載されている書類、そして、他社との取引内容が記載されたメール画面。しっかり映ってしまっています」
「……あ……」
「しかも、何枚も。情報漏洩もいいところです。これについて、何か弁明はありますか?」
事務的な質問。
弁明など、出来るはず無いことも分かった上で。
神崎は手に汗をかきながら震える声で呟く。
「……あ、ありません……」
トントントンとデスクを指で叩く音が響く。
ハーディンが振り返ると周が微笑んで小首を傾げていた。
はあ。と気怠げにため息をついて、ハーディンは神崎に問う。
「……ついでに、先程貴女が訴えていた、結城マネージャーとのご関係ですが、もう一度確認致します。恋愛トラブルにより性被害に遭われたと訴えますか?」
「ぐ……虚偽の発言でした……」
「そうですか。……だそうですよ。結城マネージャー、これで満足ですか?」
面倒くさそうな顔を向けるハーディンに満面の笑みで頷いた。
「ええ、画像に関しては」
その回答と同時にハーディンは神崎から離れる。
どうしたのかと神崎が目で追っていると。
そこから
周が静かに立ち上がり、神崎に近付いてくる。
コツ
コツ
コツ……。
ゆっくりとした冷たい足音を響かせて。
「では、ここからは僕が質問させて頂きますね。宜しくお願いいたします」
神崎の背中に一筋の冷たい汗が走った。




