267話 小池の罪
CEO室の秘書の声が冷たく響く。
「では、先日実施したシステム管理部による調査結果を受け、神崎璃乃さん、小池徹さんへ事実確認の為の聴取を行います」
神崎、そして震える小池に一瞥した後、さらに続けた。
「なお、本日の内容につきましては、議事録及び録音をさせて頂きます。審査内容に関しまして、社内外へ口外されませんよう、くれぐれもよろしくお願いいたします」
ここで法務部統括の沼沢VPが口を開いた。
「まず始めにお伝えしておきますが、本審査会は処分を決定する場ではありません。よってお二人には事実を虚偽なくお話し頂きたい。……宜しいですね?」
威圧感がすごく、目を合わせられない。
神崎は俯き気味に声を出す。
「……はい」
「……小池さんも、宜しいですね?」
「はっ……はぃ」
小池は余りの緊張からか、声が裏返り、震えていた。
「では、ハーディンマネージャー。解析結果をお願いします」
「……英語でお話ししても?」
ハーディンは神崎と小池に確認を取るように口を開く。
「はい」
「はい。大丈夫です」
ハーディンはスっと立ち上がり、デスクに置いてあったファイルを手にする。
「まず小池さん。貴方に質問です。……貴方のプライベートのスマホ及び自宅のパソコンから、盗撮されたと思われる結城マネージャーの写真や動画が複数確認されました。ご存知ですね?」
「はっ……はい。知ってます……」
噴き出すように汗をかき始める小池。
人は焦るとこんなにも汗をかくのかというほど、ずぶ濡れになっていく。
ハーディンはそんな事、一切気にも留めずに進める。
「社内でのPCとスマホの併用は、当社では日常的に行われています。……だからこそ、改めて心を引き締めて頂くべく、先日コンプライアンス会議があったはず。盗撮が行われたのは会議の前でしたが、それでも盗撮が違法だと言うことは常識です。貴方は犯罪行為だと理解した上で盗撮を行いましたか?」
「……はい。その……と、通りです」
水たまりができるほど、手の下が濡れていった。
そして……確信に迫る質問が来る。
「……何の意図で結城マネージャーを盗撮したんでしょうか?」
小池は堪らず唾を飲み、神崎に視線を向けた。
縋るように。
口をパクパクとさせながら。
目が合った神崎は大きく見開いた。
「!!!!」
(ちょ……ま、まさか私の事を売るつもり!?)
予想外の出来事に神崎は慌てる。
だが
もう、時すでに遅しだった。
小池の緊張とストレスはもうとっくの昔に限界を超えていた。
今にも泣きそうな顔で、観念したように、ハーディンに視線を戻して消え入りそうな声で呟く。
「かっ……神崎……さんに頼まれて。彼女の友達が結城マネージャーがタイプだって聞いて。……動画が欲しいと言われて……それで……」
ミシッ
握った手のひらに爪がくい込んでいく。
(さっ……いあく)
ギリギリと奥歯を鳴らした。
俯いたまま顔を上げない神崎の方へと
静かに、ハーディンの声が響く。
「神崎さん。……彼の言うことに間違いはございませんか?」
グルっと首を回し、神崎は憎しみを込めて小池を睨みつけた。
思わず肩を震わせ、小池が声をあげる。
「ひっ!」
神崎はすぐに表情を戻し、ハーディンに視線を合わせ平然とした様子で答える。
「……さあ。なんの事だかわかりません。小池さんの勝手な妄想か……私への嫌がらせではないでしょうか」
「なるほど。……だそうですが、小池さん宜しいですかね」
思いも寄らない神崎の言葉に、小池は取り乱す。
「よっ……宜しくない!! か、神崎さん! 何で嘘つくんですか!? 僕はっ君の為に!! 今までだって散々――」
「静粛にお願いします。余計な発言は慎んでください」
冷たく秘書に止められ、口を噤む。
まだ何か言いたげな小池は興奮を抑えきれないというように、鼻を鳴らしながら神崎の方へ身を乗り出した。
目を血走らせ、必死の形相で。
なおも目で訴えかけてくる小池に、冷たい視線を浴びせて鼻であしらった。
(……ふん。気持ち悪い男。先に裏切ったのはそっちでしょ!なにが『内緒にするから安心して』よ! このグズ!!)
この場を一旦収めるように役員たちに目配せをし、最後にハーディンに視線を送る。
ハーディンが微かに頷いたのを確認した藤堂は厳かに口を開いた。
「では小池さんはここでご退席ください。本日の業務はもう結構ですので、人事部からの連絡があるまで、自宅待機をお願いします」
小池は藤堂の声にビクッと肩を揺らし、神崎の方から正面へと向き直る。
もう一度だけ神崎に視線を流した後、諦めたように静かに項垂れていった。
「……わか……りました」
もう、小池に話すことは無いという室内の空気が広がる。
唇を震わせて、最後に小池は周へと視線を向けた。
「ゆ……結城マネージャー。この度は本当に申し訳ございませんでしたっ」
ゴン!!
会議デスクに勢いよく頭を下げたせいで、額をぶつける。
小池はそれでも、固まったまま動かない。
その行動は
許しか
減刑か……
それとも本心か。
周は一つだけため息をついて小池に視線を向けた。
「……社会人として、もう二度とこのような事の無いようにお願いします。非常に残念です」
冷たく、厳しい声が響く。
そこに優しさはない。
顔を見ることすら出来ないまま
小池は震える声で呟いた。
「肝に銘じます……本当にすみませんでした」
鼻を啜り、小さくなった小池は会議室を出て行った。




