265話 焦燥感
「では、社用のパソコン、私用スマホ、私用パソコン、それから所持しているUSBを全てご提出頂いても大丈夫でしょうか? 直ぐにお返し致しますのでその間はシステム管理部の会議室でお待ちください」
「そ、そんなこと急に言われても……なぁ?」
「自分、埼玉から通ってるので……急には厳しいです」
神崎チームの奥田が手を挙げた。
その間も手際よく回収されていくパソコン。
管理部の女性社員は冷たく口を開く。
「問題ありません。明朝ご提出頂ければ。ちなみに帰宅後も一切起動させないようにお願いいたします。スリープにしている場合、帰宅後即座に電源を落としておいてください。起動状況などはこちらで確認が取れるので……くれぐれもそのような事の無いようにご協力お願いいたしますね」
「……それって拒否権は……ありますよね?」
ギリッと神崎は奥歯を噛み、冷や汗をかきながら呟く。
薄い茶色の瞳をした女性社員は幅の広い二重を瞬かせ、返した。
「はい、もちろん任意ですので。……ただ、心象は悪くなるということだけはお察しください」
(なによ!! それ……ほぼ強制じゃない!)
震える指先で、渋々手に持つスマホを提出した。
その背後から弱々しい声が響いた。
「か、神崎さん……どうしよう。俺スマホに結城マネージャーの動画入れたままなんだよ……」
「なっ、なんで消してないのよ!?」
思わず小声で叱責した。
青ざめたままの小池が返す。
「だっ……だってこんなことになるとは思わなくて……またいるかもしれないなって。それで……提出しちゃったから消せないし……ど、どうしよう」
(このクズ! 知らないわよ!!)
小池を無視し促されるまま、システム管理部の社員達について行く。
何も知らない伊藤と視線が合う。
「大丈夫ですよ。きっと何かの間違いだ、僕達は何もしてませんから、堂々としていましょう。……むしろちょっとサボれてラッキーですね」
安心させるように軽い冗談を交えて優しく微笑んだ。
それがなぜか……神崎の胸に突き刺さる。
「……そう……ですね」
消え入りそうな声で神崎は呟いた。
オフィスを出る際に周へと視線を向ける。
いつまで経っても懲戒審査会の呼び出しもなく平然と仕事をしている。
しかも……全く合わない目線。
こちらを気に留める事もなく淡々と仕事をこなしている。
なにも不安がってないその様子が余計に神崎を焦らせる。
(どうしてそんな平然としてんのよ!! ……彼の言う通りにしたらこの計画は完璧だって言ってたのに……なんで、なんで私が……!?)
神崎の視線に気付いた女性社員は静かに呟いた。
「とある問題が起きまして、その為にカンファレンスに関わった方、皆さんに一律でご協力頂いているだけなので、そんなにご心配されなくて大丈夫ですよ」
(だからこそ心配なのよ!!)
大声で罵りたい気持ちをグッと抑え、神崎はシステム管理部の会議室へと向かう。
その後、会議室にチームで集められ、先程の女性社員達から聴取があった。
隣にいた伊藤が平然と答えるのに合わせて、何か言った覚えはあるが、心臓がうるさすぎて覚えていない。
聴取が終わった時点で直ぐにスマホは返却され、会議室から戻った時にはもう、全てのデスクにパソコンが戻された。
後は各自、プライベートのパソコンを提出するのみで。
神崎は渋々翌日他のメンバー達と同時に提出した。
小池だけが共犯者。
言っても……彼は周の盗撮の共犯というだけ……。
一応既にDOOMの履歴は消していたので多分セーフだが、職場に置いていたUSBの全てと、周の画像、そして一番マズイのが……田辺の初期の企画案のコピーがプライベートのパソコンにはいったままかもしれないということ。
こんなことなら全削除し、初期状態に戻しておけば良かったと腹が立つがもう、時すでに遅しだ。
***
更に翌日金曜日
神崎側の、アプリ開発チームの打ち合わせが終わり、デスクに戻る途中、小池が寄ってくる。
「神崎さん、ど、どうしよう……」
何時までもガタガタ震え、小声でどうしようどうしようと顔を合わせる度に言う小池に文句を言った。
「もうあれから二日も経ったのにまだそんな事言っているの? 未だに音沙汰ないんだから大丈夫よ。いちいち私を見て震えるのやめて貰えない?」
自分に言い聞かせるように。
「ごっごめん。僕こんなこと初めてで……」
イラッとした神崎は少し休憩を取る為に自動販売機が並ぶブースに立ち寄った。
グレープ100%果汁の小さなボトルを選び、受取口に手を伸ばした。
「僕も何か飲もうかな」
見上げると、伊藤が居た。
神崎は無意識に少しだけ、目を細めた。
「概ねアプリ開発の方向性決まりましたね。伊藤さんがまさか結城マネージャーと相談し合ってたなんて知りませんでした。なんか抜け駆けズルいです」
コーヒーを購入する伊藤に冗談めかして呟きながら、隣のベンチに座る。
「ああ、あれですか。ははっ、かっこ悪い話なんですが俺も行き詰まってて、結城マネージャーに愚痴っちゃって。みんな言うことバラバラだったし……でも良かった、神崎さんの素晴らしいアイデアが形になりそうで。規模はかなり縮小しちゃったけど、僕はいいアプリになるって信じてますよ!!」
コーヒーを開けて、神崎に向かい爽やかに微笑む。
神崎は目を逸らし、俯いた。
「ありがとうございます。……良いアプリにしましょうね」
計画通りに周を潰せるのか
それとも自らが撒いた種で潰れるのか。
それによってどちらがこの会社を追われるのかが決まる。
アイツらは大丈夫だって言った。
その言葉に今は縋るしかない神崎にとって
伊藤の言葉が
つい先日まで、当たり前にあるはずだった未来が。
何もかも遠い物に思えてきて、やるせなかった。
神崎の心を少しずつ焦燥感が浸食していく。




