263話 疑惑
第4週 水曜日
オフィスに向かう。
いつもと変わらない朝。
今週は今日だけ出社だ、ミーティングと例のアプリ開発の進捗報告。
周は自身のデスクに腰を落とし、朝イチのミーティングの資料に目を落としていた。
「すみません、結城マネージャー。し、システム管理部のハーディンマネージャーがお見えです」
知らせてくれた女性社員が戸惑っている。
それもそのはず。
システム管理部はクレストリンクジャパンの心臓部。
そのため、エージェントは選りすぐりの人間で、アメリカから呼び寄せられた人材も少なくない。
その最高責任者が……ジョシュ・ハーディンだ。
周は顔色一つ変えず、近づく。
茶こけた金髪の巻き髪に、薄いブルーの瞳。
周より少し高いその男性は口を開く。
「おはようございます、結城マネージャー」
「おはようございます。ハーディンマネージャー。珍しいですね、今日はどのようなご要件で?」
「……Can we talk somewhere more private? It’s a
complicated issue. It’s about you. Would you mind
leaving the computer over there and your phone with
us for now?
場所を移して話せますか? 難しい問題なんですよ、キミのね。
そこのパソコンとスマホはこちらで預かってもいいですか?」
「Sure. That’s fine.
ええ、構いませんよ」
穏やかに微笑む。ハーディンと共にやって来ていた男性達がオフィスに入り、パソコンを押収していく。周はその一人にスマホを渡した。
ざわつき始めるオフィス。
その中で神崎だけが静かに笑っていた。
《システム管理部・第一会議室》
周が向かうと、そこには藤堂、冴木、岡本の三人が座っていた。周の直属の上司二人と……人事部の最高責任者。そしてシステム管理部のハーディン。
目を合わせ、周は頭を下げる。
「結城マネージャー、お掛けください」
「……失礼致します」
ハーディンが数枚の紙を取り出し、周の前に差し出す。
外資系大企業 ノースウェル・ジャパンに向けた周の社用メールアドレスの送信履歴。
その会社との取引はない。
むしろ競合企業だ。
連絡を取るなど有り得ない。
ハーディンが英語で確認をし始める。
「先週、水曜日にこのログがあったようで。この後数回のやり取りと、何かのデータを添付している履歴も確認が取れています。こちらに……身に覚えは?」
周は彼の目をまっすぐ見て首を振った。
「ありませんね。全く」
「この時間、貴方は何をなさっていましたか?」
紙には送信が13:42となっている。
他の書類も同じ日、15時まで連続してやり取りしたとみられた。
周はスケジュールを思い出しながら答える。
「この時間帯は、アプリ開発の打ち合わせですね。今僕はスポンサー数社からの強い要望で、新たに人気声優3名にオファーかけてるところでしてね。事務所にオファーかけたり、声優のマネージャーさんと面談したり忙しいので」
「部下に指示せずお前がやってるのか?」
思わず冴木が目を丸くした。
「現段階で僕が出来ることってプレイテストとか、外部との連絡とか営業とかそのくらいですからね。後は専門家達に任せてますよ」
周は冗談めかして言う。
よく言うよ。
ポソッと冴木は笑った。
ハーディンが咳払いをして話を戻す。
「つまり、このログは貴方ではないと?」
「ええ、そうですね。僕にはノースウェルと連絡する理由はありませんから」
「……資金を受け取ったりは?」
「はは。まさかそんな。どうして他社からお金を頂くんです?」
「…………それは貴方が一番分かってることでは? 結城マネージャー」
ハーディンはじっとりとした目で周を睨む。
張り詰めた空気が会議室を包んだ。
「……なるほど。前にノースウェルからヘッドハンティングのオファーがあったから、僕が未だにあちらと繋がってて機密情報を流出させたと疑われているわけか」
ハーディンは何も言わずにただ、周を見つめている。
周は眉を上げて笑った。
「まぁ、こうやって何度もやり取りし、何かを添付した形跡があれば当然か。でもね、ハーディンマネージャー。これじゃ生ぬるい」
周は薄く口角を上げたまま、切れ長の目をハーディンに向ける。思わずピクッと彼の肩が微かに反応した。
「生ぬるい……? どういう事です?」
「ふふ。やるなら徹底的に。今僕がノースウェルに売るとしたら? もちろん田辺さんの作ったオシメイトでしょうね。でも残念だがこの社用メールアドレスは、管理者権限を使えば誰でも流用出来る。だからね」
目をつぶって笑っている岡本、呆れている冴木に視線を向けた。
「僕が初めてオシメイトのプレゼンした日にカンファレンスに参加した全員の社用スマホ、プライベートスマホ、社用パソコン、プライベートパソコン、所持しているUSB、その全てを任意で提出して頂かないと。今日中に」
「なっ!? 貴方は何を言っているのか自分で理解しているんですか? 管理者権限を使えば誰でもだって? それは上層部まで疑うということですよ! ここに居る二人も疑えと言っている! それを分かっているのか!?」
思わずハーディンは声を荒らげる。
だが周は微笑んだまま。
一切動じず頷く。
「もちろん。だって僕、身に覚えが無さすぎてどこか悪いんじゃないのかなレベルですもん。皆さんにご協力頂かないとね」
冴木が口を開く。
「多分そう言うと思った。どうせお前の事だ、当たりはつけてるんだろ」
「流石冴木さん。仰せの通りですよ」
「……こないだのアレか」
ポツリと岡本が呟いた。
「ええ、そうです。あれからずっと付けさせてますが、どうも女性からだと大物は釣れない。だって密会は全て帝國ホテルですよ? 流石に無理でした。……繋がりを確認出来たのは小物まで」
そう言って周は笑う。
岡本が一つ息を吐いた。
「小物? ……次はそいつをターゲットに切り替えるつもりか?」
「今回のコレに彼が加担してたら、ですね。そしたら僕、正当な被害者ですもん。こんな刑事事件レベルの冤罪かけられて。別に他の企業から汚いお金なんて貰いたくないですよ。十分潤ってますから。私生活も仕事も」
ぺいっと雑に書類を落とす。
話が読めないが、周の性格の悪さを知ってる冴木は喉が乾いたのか。コーヒーを入れ始める。
ただひたすら状況が読めず、戸惑うハーディンに周はまた目を向けた。
「僕一人を疑ってると見せかけて抜き打ちで一気に調べてください。でないと炙り出せませんからね。
粒ぞろいのハッカーだらけのシステム管理部だから、全部丸裸にしたとしても、せいぜい2~3時間で終わるでしょ?」
周は腕時計に目を落とし、時間を計算し始める。
「仮に僕の懲戒審査会が行われるとした場合は午後4時頃かな? ……あと3つは会議回せますね。良かった。」
「っ!!!」
軽く時間の当たりまでつけてスケジュールを確認していく周にハーディンは言葉を失った。
「じゃあ、手始めに僕の自宅のパソコンと、所持しているUSBの全て、押収しに行きましょうか? ハーディンマネージャー?」
冷たく恐ろしい、悪魔の笑みを浮かべて。
藤堂、一言も話せず笑




