261話 儚い約束
秋って物悲しく好き。
そんなお話です
ブライダルカウンター
Maison de Mariage
10:10
まだ誰もいない店内で、澪桜と周は景色のいい席で担当のスタッフを待っていた。
「はー。なんか、ここに来る度に私、ドキドキドキドするよ」
「なんか多い、語呂が悪い。そしてそれは俺も」
「うそだぁ。常連ですよ☆ みたいなその涼しげな顔で何言ってる」
「常連ってなんだよ! ……俺より進んでるの澪桜の方でしょ? ラブホの入口なんて俺行ったことないのにさっ! 酷いよ」
「あ、まだそれ言ってる。どんだけ根に持ってるんだ」
「お待たせ致しました。結城様、澪桜様」
無機質なヒールの音が響く。
後れ毛ひとつ無いきっちりとした髪型で、ピシッと制服を纏う女性がファイルを持って近付いてきた。
周と澪桜は少し緊張した様子で頭を下げた。
前回担当してくれた鈴木という女性は朗らかに笑い、ゆっくり席に座る。
「先日はLINUでのご連絡、ありがとうございました。お選び頂いた4件の式場ですが、2日に分けて、昼と夜にフェアに参加する……というのはいかがでしょう? 少しハードスケジュールになりますが」
「ハードスケジュール?」
「はい。2日間フルコースを昼と夜食べることになりますので……お腹の方がハードスケジュールかなと」
「た、確かに」
思わず笑う澪桜。鈴木も一緒に笑う。
「ですが、日にちを開けると分からなくなるケースが多いのでオススメできません。いかがされますか?」
周が澪桜の様子を確認し、頷いた。
「それでお願いします」
「ふふふ。2日間おなかいっぱい美味しいもの食べて、太ってしまいそうだね! 周さん」
「確かに。でも、めったに経験出来ることじゃないからね。楽しもう」
楽しそうに揺れる澪桜に目を細めて、周は頬を緩めた。
鈴木はそれに共感し、話を進める。
「はい! 是非。中でもオリエント・グレイスと、アステリア・ガーデンは三ツ星シェフが料理を担当しておりますので、美味しいと評判ですよ」
「おお。それは楽しみ!」
「一流パティシエをかかえていて、打ち合わせの度に手作りケーキのプレートでお迎えしてくれるのがグランシエル。お昼のみですが、打ち合わせの度にランチプレートを楽しめるのがクラウンテラス。どの式場もそれぞれ魅力があるので、是非メモを取りながら比較されて下さい」
「あ、そういうのは結城マネージャーにお任せ致します!」
「……はいはい。僕がやります」
「本当にお二人は仲が宜しいですね。微笑ましいです。それで、お日にちですが――」
コーヒーを飲みながら、フェアに参加する日にちを決めていった。
20分後、澪桜と周は細かな予定を決めてマリアージュを出た。
入口まで見送りに来た鈴木が笑顔で口を開く。
「では11月1日と2日で予約を承りました。詳しくはLINUで後ほどお知らせ致します。キャンセルの場合は5日前にお願いしますね」
「分かりました、引き続き宜しくお願いします」
周が丁寧に頭を下げる。澪桜も続いた。
マリアージュを後にして、商業ビルのエレベーターを待つ間、澪桜は周の手を握る。
「結城マネージャー、今回のプロジェクト、上手くいくと宜しいですね!」
またいきなり始まるオフィスごっこ。
エレベーターに乗り込む周は眉を下げて微笑む。
「このプロジェクトはかなり大規模なものです。人生でも一、二を争う程の。決して失敗は許されませんからね。しっかりフェアで確認しないと」
「お腹がはち切れそうになったらどう致しましょう!?」
澪桜は嬉しそうにお腹を擦りながら2Fで降りる周に続いた。
「ふふ。午前中と20時だから、多分大丈夫じゃないです? 太りはするかもしれませんが」
「ガッデム!」
「大丈夫、二人で運動すればいいですよ」
「ふっ……!?」
ピタッと道端で足を止め、顔を真っ赤にする澪桜。
鼻歌をうたいながら、サクサク歩いていく周は5mほど離れた所で澪桜が居ないことにやっと気付いた。
「? どうしました?」
振り返って首を傾げる。
「なっ……なんでもない……です」
慌てる澪桜の様子に意味がわかった周は、妖艶に微笑んだ。
「僕はウォーキングとかの意味で言ったんですが……業務中に何を想像したんです? 安達さん?」
「なんでもないですってば!!」
「嘘はよくないな。上司としてしっかり部下の思想は把握しておかないとね」
「もう終わり! オフィスごっこ終わりぃ! 周さんがドSになっていってるから!」
競歩かというほどの速さで周を抜き去っていく澪桜に小走りでついて行く周。
「ふふ。ごめんってば。もう言わない。可愛いからつい虐めたくなるの」
「ムキィ! 早く水族館行くぞお! 魚が逃げる」
「魚、何処に逃げるの? 海?」
「うるさいアホぉ!」
照れを隠しながら、ガサツに歩く澪桜の様子がおかしくて、つい綻んでしまう。
プラプラと揺れる細い指を捕らえて絡める。
「ねぇ、澪桜」
「な、なんだい!? またさっきの話!?」
静かに首を振った。
微かにまつ毛を揺らし、目を細めて澪桜を見つめる。
「違うよ。俺さ、今信じられないくらい幸せ。怖いくらい幸せなの」
「っそれは……私もだよ」
「籍を入れる日とか、指輪出来上がる日とか、式挙げる日とか。何もかも、楽しみで待ち遠しくてしかたないんだよ」
「それも……私もだよ」
澪桜はそう呟いて、周を見上げた。
一瞬
目を見開く。
周の笑みがあまりにも綺麗で。
儚くて。
「ずっと一緒にいようね。澪桜、約束だよ」
さわさわと風に揺れる街路樹が音を鳴らす。
秋だからだろうか。
それとも感傷に浸ってるせいだろうか。
何故かこの涼しい空気が切なくて。
この一瞬が過ぎ去っていく事が物悲しくて。
澪桜は胸が苦しくなった。




