260話 女の怨みと周の策略
「……何をしてるんだい君は」
「何ってほら、ここにおいで?」
周は期待に胸を膨らませた表情で、席に座ったままカウンターチェアを回転させ、目の前に立つ澪桜に向かって両手を伸ばす。
「早く、座って?」
「……何処に?」
自分の太ももをタシタシと叩いて催促した。
「ここ♡」
「何でだぁぁぁぁぁ!!!」
澪桜が顔を真っ赤にしてたじろぐ。
周は基本外では紳士であるものの、気を許すと配慮と言う概念がなくなる男。
「がはははは! お前思っていた以上に強烈だなぁ! 澪桜ちゃん、そんな変態ほっといて俺の隣へこい!」
バンバンと澪桜が元居た場所を豪快に叩く。
周が目を細めて冷ややかな声で罵った。
「バツイチゴリラドランカーはちょっと黙ってて貰えます?」
「ゴリラ関係ないだろうが!! ほら澪桜ちゃん、こんな変態嫉妬男やめて、俺と結婚しよう! コイツより俺の方が精神的に余裕があるぞ? 何てったって1回失敗してるからな!」
「なるほど。それは説得力がちがいますな!」
「澪桜! なんで納得してんの!? 藤堂さんより俺の方が良いって言ってよ!!」
油断した澪桜の手をかすめ取り、軽く引っ張る。勢いでよろけた彼女を上手く膝の上で受け止めた。
「うげぇ」
「はい。捕まえた」
シートベルトのようにギュッと抱きしめて離さない。
澪桜は恥ずかし過ぎて暴れる。
それはもう、漁船に打ち上げられたマグロのように。
「やっやめれぇ!」
少し前かがみになり、澪桜の顔を覗き込む。
柔らかい髪が頬をくすぐり、隙間から覗く瞳が澪桜を捕らえた。
澪桜の動きが止まる。
周の表情から冗談めいた空気が消えていた。
耳元で静かな声で呟く。
「……あのゴミの話聞いて……少しは安心できた?」
不安げな表情。
今にも泣きそうな瞳。
(ああ、君はずっと不安だったのか。あれだけ気にしなくていいって言ってたのに)
澪桜は周の頭を撫でて、膝から降りた。
藤堂の隣に置いていた飲みかけの飲み物を取りに行って周の側に座り直す。
「……元々疑ってなかったけど、彼女に対する心のモヤモヤも完全に消失したよ」
「本当に? ……良かった」
パァっと華やぐように周が微笑んだ。
その様子に一瞬呆れたまわりの男性陣。
頭をかきながら藤堂は言う。
「でもお前、何も解決せずに終わらせてどうする?あの密着写真の事も匂わせ写真も」
「ああ、それは――」
「あーーーーー!」
周の声をかき消すようにカウンターの中の佐野が大絶叫した。
びっくりして目を向けると、青ざめた顔で呟く。
「き、消えてる。俺とのやり取り消えてる!! サキさんのアカウントごと綺麗になくなってる!!」
ブー
澪桜のスマホが鳴る。
画面を確認した後、澪桜が呟いた。
「……沙也加ちゃんから。神崎さんの匂わせSNS、アカウント消えたって」
周は特に驚きもせず笑った。
「やっぱり。さっきずっとスマホ触ってたから多分そうだろうなーって思ってた」
藤堂が思わず大きな声を上げた。
「お前、なんで止めなかった!?」
周は気に留める事もなく、平然とした様子で髪をかきあげた。
「僕にそんな権限ないでしょ? それに消した所で意味はない。もう興信所から自宅と思われるIPとか色んな情報抜いて貰いましたし。それに佐野くんからもスクショ送って頂いてたので」
「それは……はい。返信どうするかって相談の度にコピペするのめんどかったので。でも写真のやりとり……残してませんでした」
「それはもういいよ。今日の最大の目的は達せられたからね」
「お前……俺を使っておいて……まさか」
藤堂が頬を引き攣らせながら変な笑みを浮かべた。
周は藤堂の方に目を向けて、涼しげに返す。
「そうですよ? 澪桜を安心させて、あのゴミに一言言いたかっただけ。お陰様でいい顔が見られました。ご協力ありがとうございました。藤堂さん」
「結城……お前なぁ……!!」
ガクッと肩を落とす藤堂。
周はクスクスと肩を揺らしながら、隣にいる澪桜の髪を愛おしそうに撫でる。
思い出したようにカウンターの中の佐野へ視線を向けた。
「佐野くんもご協力ありがとうね、はい。バイト代」
内ポケットから茶色の封筒を取り出し、佐野の前に置いた。佐野は慌てて首を振る。
「あ、いえいえ、安達先輩への贖罪っすのでお気になさらず」
「ダメだよ、僕との約束は約束。澪桜への贖罪は君の気持ち。……気にしないで取っておいて」
「すっすみません」
顔を真っ赤にして畏まる佐野。
その様子を見て不思議そうに近重が話しかけた。
「……なんで顔が赤いんだよ?」
「へっ!? そ、そう!?」
自分の顔を触って照れる佐野に笑いながら茶化した。
「おいおい、優。憧れの次はソレか? シャレにならん冗談やめてくれよ〜。節操無さすぎだぞー」
「ちっ……違!! 重、お前……結城さんの前でふざけんなっ!!」
カウンターの中の二人がアホなノリでやり合っている中、澪桜が周にコソコソと話しかける。
「周さん、びーえるも浮気だからね☆」
「……澪桜、覚えたての言葉で揶揄うのやめて。そして俺そんな趣味ないし! 天誅!」
「あう!」
周は白目をむき出してウインクする澪桜に、デコピンをかまして安堵したように笑った。
「……結城、気ぃつけろ? 女の怨みは怖いぞ?」
バーボンを口に運び、香りに酔いしれながら藤堂が呆れた口調で忠告する。
「問題ありません。むしろ正常な判断を失ってボロを出してくれた方が好都合。僕をエサにすれば少しは何かが釣れるんじゃないですか?」
周は妖しく藤堂に視線を移して微笑んだ。
***
(クソ! クソ! クソォォォ!!! なんなのあの男! 最低! この私をよくもっよくもぉぉぉ!!)
タクシーの中で爪を噛み苛立ちをスマホに叩きつける。
ものすごい速さでフリックし、誰かに送信した。
『例の、私が渋ってた件OKよ。やってやるわ』
直ぐに既読が付いて返信が来る。
『おいおい、本当か? 俺としては有難いが、どうした急に』
『気が変わったのよ。あんな男、どうなろうが知った事じゃない! とことん落ちぶれていく様を見届けてやるわ。それよりちゃんと偽造できるのよね?』
『できる。お前がやったとは誰も気付かないようになってる。報酬は20%だそうだ。と言ってもかなりデカイ額になるから安心しろ』
『わかった。やり方とか、正確に知りたいから後でDOOMに繋ぐように言っておいて』
『お前がやる気になってくれて良かったよ。璃乃』
先程まで昂っていた感情が、男とのやり取りで少しずつ落ち着きを取り戻していく。
神崎は爪を噛みながら、あの綺麗な顔を思い出した。
「私をコケにした事、絶対に許さないわ。あの時私を選ぶべきだったと泣いて後悔しなさい」
バキっ
車内に響く嫌な音。
復讐心に飲まれた神崎は外に目を向け、また人差し指の爪を噛み砕いた。




