258話 最高にダサい男
(ど、どうしよう……思っていた以上の事故物件かもしれないわ)
神崎の動揺を知らない周はポツポツと独り言のように打ち明けていく。
「まわりに話したらクズだって言われちゃって。だから婚約破棄されたとしても仕方ないのかなって。……神崎さんはどう思います?」
「えっと、それは……」
思わず言葉が詰まる。
だってこのようなわかりやす過ぎるクズ男なかなかいない。
(まわりがって何!? 悪くないって本気で思ってるの? 嘘でしょ!? この男正気で言ってるの!? どう思いますかですって!? なんて言って欲しいのよ!!)
周は悲痛な表情を浮かべ、神崎の返しを待たずに更に続けた。
「でも僕は浮気なんてしてない。世の中、浮気する人間の方がよっぽど悪くないです? そりゃ、ちょっと殴ったり、外食はファミレスの一番安いものしか食べさせなかったりするけど。僕って他の人より優しい方だと思うんです。しかもエリートだし。僕より下の人間である婚約者に文句言われる筋合いありませんよね……。ママもそう言ってましたし」
「そ……そうですね」
(ま……ママ)
最高にダサい。
顔がいいだけで中身は最低でしかない。
どれだけ顔を確認しても……
本気で言っているとしか思えない周の表情に
自分が本当にこんな男が欲しかったのか分からなくなってきた神崎は焦る。
(落ち着け……落ち着くのよ。このままじゃ彼のペースに飲まれてしまうわ。正直……心底幻滅だけど……形だけでも彼は欲しい)
落胆していく気持ちとは裏腹に、執着だけが残った神崎の心は矛盾の中で荒れ狂う。
何か言わないとと、言葉を探していた神崎が目を向けた。
すると周が涙を浮かべている。
流石の神崎もいきなりの事にギョッとした。
「グズっ……何でこうなったのかな……僕は何も間違ってないはずなのに……。すみません、神崎さんにこんな愚痴ばかり」
綺麗な泣き顔。
涙を拭いながら周は眉を下げた。
メソメソとずっと何か愚痴っている周の姿があまりにも情けなくて、一気に心が冷えていく。
(な……なんてかっこ悪いの……でも多分落とすなら…本気で弱ってる今しかない)
長年の執着を拗らせてきた神崎は、先を見据える。
何もかもが手に入った後の嫉妬や羨望。
神崎との肉欲に溺れ、神崎の言いなりになっていく周。
歪んだ妄想が爆発し
今、恩を売ることを決めた。
「結城さん。私は貴方は素晴らしい人だって思ってます。今もずっと」
「え……でも。僕は……」
得意のキメ顔でここまでハッキリ言っても、モジモジと煮え切らない態度の周に、イラつきが増す。
「ほ、ほら。お母様だって心配しますよ?それに今は彼女の事どう思ってるんです? 毎日在宅ワークなのに送り迎えするくらい尽くしてた彼女に裏切られて、傷付かない訳ない。飲みに行くのだって、知らされてなかったわけですから」
「はい。あんなの知りませんでした……ぐすっ」
「さっきは飲みに行くくらい良いって仰ってましたが、本当は嫌なんでしょう? 隠し事されたら誰だって嫌に決まってますよ」
慈悲深い声で更に詰め寄る。
席は遠いまま。だが確実に男心を掴むセリフで周との心の距離を埋めていく。
俯いていた周が顔を上げ、神崎に頭を下げた。
「ありがとうございます。慰めてくださって。神崎さんって……優しいですね。でもどうして僕の事なんかに?」
(来た)
「僕のことなんかって、卑下しないでください。もう、ここまで言わないと分かって頂けませんか? 私が……貴方を心からお慕いしてること」
「えっ!? それ、ほ、本気だったんですか!?」
「もちろん。ずっと前から好きでしたから」
「神崎さん……」
ブー
神崎のスマホが鳴る。
周は頬を伝う涙を拭い、鼻を啜りながらどうぞと優しく促す。
先程より親密さか増した事に内心嬉々として浮かれる神崎が、届いたメッセージに動きを止めた。
(これは……使えるわ。さすがね。にしてもあの坊や、まだまだガキね……家まで待てないなんて)
届いた画像を周からは見えない角度で眺め、コーヒーを一口含んだ。
芳醇な香りが広がり心地よく鼻から抜ける。
最高の切り札を手に入れた神崎はこの後の展開を想像し
リラックスしすぎてつい笑いそうになる口元を必死で抑える。
周との妄想で体が熱を持つ。
悶えそうになる肩を抑え
相談に乗りつつ、愛を囁き始めた。
婚約者より私の方がいい女。
そう比較させるように。
否定しすぎず、相手を下げて……
「彼女はきっとマリッジブルーになっていたのかもしれませんね。婚約者になってしがらみが増えて。私からしたら羨ましいでしかないけど。皮肉なものです」
「……やっぱりそうなのかな。今日はわざわざ知らせに来てくださってありがとうございました。でもこのせいでまた噂が立ったら……神崎さんに申し訳ないな」
「いえ、私の勝手なお節介ですから……って噂?」
「ご存知ありませんでしたか?……僕達がそういう関係だって噂」
困ったように笑う周。
計画が順調である事に満足な神崎は、演技を続ける。
自然に見えるように、頬を赤く染めて慌てた。
「えっそんなの知らない。……や、やだ。私、結城さんと会社以外でお会いしたことなんて一度もありませんでしたのに!」
「……そうですよね。また噂が広がったら……神崎さんにご迷惑がかかってしまいますね」
「あ……でも私……その噂。本当になったらいいのにって、今思ってしまってます」
「え、それって……」
神崎の視線と周の視線が交差した。
とびきり悩ましげな眼差しで色気を振りまく。
困惑した周の顔が……静かに、そして確実に紅潮していった。
「ダメですよそんな事言ったら。流石の僕も本気にしてしまいそうだ」
(それでいいのよ。本気にしなさい。ここまでダサいのは減点だけど、……大学で初めて貴方を見たあの日から私に跪かせたかったんだから)
「私、本気ですから。結城さん」
だが周は神崎に微笑んで首を振った。
困ったように眉を下げて。
「でも僕は……彼女をもう少し信じてみないと。もしかしたら許してくれるかもしれない、婚約破棄されないかもしれない。今日だって、男の人と飲みに行っただけだろうから」
(しぶといわね。でも……これならどうかしら)
神崎は深いため息をついて、悲しげな顔を見せた。
周が不思議そうにまだ赤みを帯びたままの瞳を向ける。
「……? 神崎さん?」
「本当は……言いたくなかった。見せたくなかった」
「え……? な、何? 何ですか?」
「……ごめんなさい。いけない事だと分かってたのに居てもたってもいられなくて。……実は先程の写真の後私、後を追いかけたんです。そしたら……これ……」
コト。
腕を伸ばし、スマホを周に向けた。
彼の不安そうな表情が……固まる。
神崎の画面には黒髪の男女が親密な様子で寄り添い、繁華街のラブホテルに入っていく写真が表示されていた。
ガタッ
余りの動揺に
周の椅子が鳴った。
「そ……んな」
一言だけ
漏れる本音。
神崎はここぞとばかりに畳み掛ける。
肩を竦めて絶望の表情を浮かべる周の元へと
椅子から降りてゆっくりと近付きながら……
「結城さん、可哀想。彼女の事一途に思っていたのに。こんな仕打ちあんまりですよね……。きっと彼女も限界だったんでしょうね……だからもう苦しまないで」
肩を震わせ、俯く周の腕に手を伸ばした。
「だから、ね? 結城さ――」
だが次の瞬間
怒号のような野太い声が響く。
「みーーーーーーおーーーーーー? 俺こんなの聞いてないんだけど、どういう事?」
周の手に重ねようとした煌びやかな指の動きが止まる。
(え……今なんて……?)
周の方へと目を向けると
彼の視線は何故か一番奥に座るカップルに向かっている。
すると大きな男性の背中で隠れていた女性がひょこっとこちらに顔を見せた。
見覚えのある中性的な顔……。
真っ直ぐ艶やかな黒髪を揺らして。
「ははは! 周さん! 私は初めてラブホなるものの入口に入ったよ! 中は無人でね、キラキラしてた!」
「はっはっは。なあ。澪桜ちゃん。面白かったよなぁ? 結城よ。この程度の事で、怒るな。俺の提案だ、やはりこういう事はリアリティを追求せねばな」
茶髪の髪をズルりと外し、振り返った男性。
見間違う訳がないゴリラ。
……藤堂だった。




