256話 クッサイラーメンと、クッサイ演技
(にしても……信じられないわ。ラーメン食べてる……本当に。あのクッサイラーメン……)
神崎は呆然と眺めるしかなかった。
周と藤堂は目の前で物凄いボリュームの二郎系ラーメンをどんどん食べ進めていく。
顔こそ儚いが、食べ方は完全に男。
それが余計に違和感で……視線に気付いた周が神崎に視線を向けた。
「ごめんなさい。やっぱり他所で食べましょうか? 臭いですよねぇ。主に藤堂さんが」
眉を下げる周に慌てて首を振る。
「い、いえ、全然大丈夫です」
「お前だって同じラーメン食ってるだろうが」
「いやいや。僕、今日はこの後色々詰まってるので流石にニンニクなんて入れてませんから。藤堂さんも会議色々入ってるでしょう? よくマシマシにしましたね」
「がはははは! ついうっかりな!」
「あ、藤堂さん。今日の会議の議題確認しました?藤堂さん忙しそうな内容でしたけど」
「んぶぅ!? そ、そうだったか!?」
上機嫌で食べていた藤堂が周へと目を向け慌てる。
「だと思った。後で確認しとかないと知りませんよ?」
「わ……わかった……」
長いまつ毛を伏せてラーメンを食べていく周。
藤堂が不意に聞く。
「そういえばお前、婚約者とは上手くいってんのか?」
「……」
コト。
箸を置く。
神崎は見逃さなかった。
周の寂しげな表情を。
そして知っている。
先程、佐野からまたLINUが入っていたから。
しばらくの沈黙の後、周はポツリと弱々しい声で呟いた。
「このままだと僕は、婚約破棄されてしまうのかもしれませんね」
藤堂が呆れたように笑う。
「お前、この間まで惚気に惚気てただろう!? 一体何があったんだ? 三行半か?」
「……まぁ、詳しい事はいいじゃないですか。ようは僕がダメな男だからじゃないですかね?」
また箸を持ち、ラーメンを食べ始める周の耳に、か細い声が届いた。
「そんなわけないです。結城マネージャーがダメな男なんて、有り得ません。……私は素敵だと思います」
一瞬、呆気にとられたような表情を浮かべた周は、嬉しそうに微笑む。
「神崎さん……。ありがとう」
「いえ、とんでもない」
それでも、どこか常に壁がある周。
踏み込みすぎるとあっという間にゲームオーバーになりそうな程繊細で。
ここまで自分が男の前で神経を使うとは思わなかったが……。
「はあ……」
肩を落とし、重いため息をつく周。
(ここだわ)
神崎は健気さを浮かべ、上目遣いで呟く。
「……結城マネージャーをこんな風に悲しませるなんて。私なら絶対しないのに」
周の眉が少しだけ反応する。
咀嚼を止め、視線がゆっくりと神崎に向かった。
切れ長の瞳が、微かに揺れ
捕らえる。
低い声が響いた。
「神崎さん……それってどういう……?」
少しの困惑と、動揺。
薄く頬を紅潮させ、熱を帯びた眼差しで潤んだ神崎を見つめる。
神崎がずっと欲しかった表情。
緩みそうな口元を抑えた。
神崎は完璧な演技で慌てたように振る舞い、そそくさとその場を後にする。
「ごっごめんなさい! 私ったら……なにを!? 失礼します!」
「かっ神崎さん!?」
後ろからかけられる周の声に反応せずに、完璧なタイミングで離れていく。
さりげなくスマホを確認した。
以前依頼した興信所からだ。
『神崎様、お問い合わせありがとうございます。再依頼の件、承りました。ご来所いただく必要はございません。URLをお送りしますので、必要事項をご入力の上、お手続きをお願いいたします。確認が取れ次第、本日より調査を開始します』
口元が……緩む。
(ふふ。一度利用してるからかしら?案外スムーズなのね、便利だわ)
今頃自分の後ろ姿に釘付けになっている周の顔を想像しながら歩く。
(いよいよね。……今日は結城マネージャー、残業だから少し待ち伏せして……手に入れた写真を見せたらチェックメイトね)
ふとフロアに映る自分の姿に目を向けた。
さっきの二人はああ言っていたが
やはり
(私はあんなカス共とは格が違うわ……。ガキ共、後悔しなさい)
もう一度、佐野からのLINUを開いた。
『今まで色々相談乗って下さってありがとうございました。もう家を出る期日が決まったみたいです。今日会うことになりました。サキさんのおっしゃる通り、俺の家に来ないか誘ってみる事にします』
男と女が仕事以外で会う。
何があるかなんて決まってる。
興信所も頼んだ。
もう抜かりはない。
(あとは……なんと言って結城マネージャーに写真を見せるか。
元々佐野と知り合いで?
いや、わざとらしいわ。
婚約者さんと何度か顔を合わせた事があったのですが、たまたま帰りに見かけてしまって……?)
ショックを受けるであろう周をどう慰め、どう近付くかまでシミュレートした。
甲斐甲斐しく周をサポートし、距離を詰めていく。
会話から彼好みの女を演じて、彼の心を癒し
最後には、新しい婚約者になる未来。
あの女から最高の男を奪う。
そして。
先程侮辱した二人、そして新規事業開発部の女性社員全てを跪かせる未来がもう少しで手に入る。
全身がゾクゾクと粟立っていく。
神崎は今までに感じたことも無い愉悦に浸り、顔を歪めた。
「……良かったのか?」
ずるる。
美味しそうにラーメンを啜る周が藤堂に目を向けた。
「何がです?」
「何がって……、こんな公の場であんなこと言って。婚約者が聞いたらショック受けるぞ?」
まわりにもう人がいない事を確認し、周はボイスメモを止めた。スマホの通知を確認しながら笑う。
「あんなゴミにいいようにされて、もし俺がこれ以上彼女を傷つけたら婚約破棄されかねないって意味なので問題ないですよ」
「……お前……やっぱ相当性格悪いな」
「失礼ですね! まぁ、否定はしませんが。おっと……興信所から連絡が来てる……」
食べ終えたお盆を少し自分から離し、メールを確認しながら不敵な笑みを浮かべた。
「興信所ってお前……職場で物騒なこと呟くな。……で? なんて来てるんだ?」
「藤堂さん」
鋭い視線とハッキリと響く声に嫌な予感がした。
「な……なんだ?」
「前に言った件、今日早速よろしくお願いいたします。あれだけ分かりやすく匂わせてあげたんだから、何かしらモーションかけてくるんじゃないかなぁと思いますが……もしもの場合は協力者を使ってゴミを呼び出しますので」
「えええ。……お前、何する気なんだ……」
「何って……あのゴミがさっき言ってたでしょう? 私ならって。だからどれだけ俺を愛しているのか、試してやるんですよ……ふふふ」
誰にも聞き取れない程度の声で、悪魔のように笑う周に藤堂はもう反応するのはやめて残りのスープを一気に飲み干した。




