252話 あいはぶあ すとまちゃちぇ
タイトルはこれ。
I have a stomachache.
訳:胃が痛いんですぅ
そのまんま読みました笑
ストマック エイクって知ってるよ!本当はね!
では本日もよろしくお願いします!
そこそこ新しめのどこにでもあるような外観のビルが街に溶け込むように佇んでいた。
8階もあるこのビルのフロアガイドには、現在4件のテナントしか入っていない。
建築関係の事務所、耳鼻科、歯医者、そして……。
4F 帝都中央興信所
「なるほど。社によってここまで価格や捜査範囲や精度が違うとは……事前に調べておいて正解でした」
差し出された煎茶に口をつけ、穏やかに頷いた。
綺麗な所作で差し出されたパンフレットに目を落としながら。
「はい。弊社は特に地下鉄や人混みなどの尾行を得意としております。そして過去の裁判資料としての実績も私とあと二人合わせた三名だけでも二万件を超えております。結城様のご相談内容向けかと」
特に特徴の無い黒縁メガネをかけた細身の男性が、丁寧に周へ会社の方針やシステムなどを分かりやすく説明する。
納得したようにパンフレットをテーブルに置き、周は男性に向けて微笑んだ。
「正直僕も色々当たってみて、そう感じています……ちなみに基本は一日5~8時間でお願いしたいのですが、動きがあった場合は調査員さんの判断で残業して頂きたいんです。可能でしょうか?」
「もちろんですよ……調査期間は……?」
「未定です……最短で2週間、最長で3ヶ月と見ています」
「それだとかなり依頼料がかかると思いますが……もう少し、時間帯や日にちに当たりをつけて絞ってみられては……」
対応してくれている男性の言葉を遮るように首を振る。
残念そうに眉をさげながら。
「日にちは絞れないんですよ。相手の動きは出退勤以外全く分かりませんから。調査費用はいくらかかっても構いませんので、確実に掴んで頂きたい」
周の鋭い視線が、男性を射抜く。
思わず動きが止まった……。
穏やかな声、柔らかく微笑んでいる周。
そのはずなのに。
圧が、強すぎて。
慌てて取り繕うようにマニュアル通りの説明を始めた。
内容自体は至って普通。
興信所にとって、このような案件は日常茶飯事だからだ。
(だか……問題はこの男が確実に被害者なのか……ということ)
男性は少しの違和感を確認するように、だが決して失礼にはならない程度に話を詰めていく。
「っ……承知しました。そ、それでは依頼を引き受けさせて頂くまえにまず、皆さんに必ず確認している内容についてご説明をさせて頂きますね。事実確認ですので、もし気分を――」
「それはそうですね。まずは僕が加害者ではないか。確認しないとね、それとここにはいない彼女の被害内容も一緒に見ていただきましょう」
笑みを崩す事なく、ビジネスバッグからファイルを取り出した。
バサッ
目の前にどこかの会議で使う資料のように、被害報告を簡潔にまとめた文面と、時系列順にファイリングされた写真。全てに投稿された日時、コメントが付与され、盗撮と疑われる箇所をピックアップしている。
男性は思わず目を疑った。
「こ……れをご自分で!?」
周はにこやかに口を開いた。
「書類は作成なんてパソコンですぐですから。写真は、婚約者の会社の後輩から譲って頂いたものから作りました。僕の作った資料にある松井という女性です。詳しくは3ページ目に記載されています」
男性は周の作った資料を読み進め、現状を正しく把握していく。
周は首を傾げた。
「如何でしょう? 証拠として不十分でしたでしょうか? 不備があるようであればすぐにまた準備して参りますが」
「い、いえ。充分すぎる内容です」
「それは良かった」
嬉しそうにお茶を飲む周。
男性は写真をゆっくり確認していく。
「にしても、どれもかなり悪質な投稿ですね……。加害者は結城さんの同僚ですよね……? これだけ投稿しているなら、風評被害もあったでしょうに。このベッド写真は特に酷い。この写真の出処も調べますか? どこの会社に頼んだコラ画像か……とか」
「いえ、それには及びません。コラ画像は加害者自身か……うちの社員を使って作った物でしょうから。まぁ、そこ以外にもつつく所はありますのでね……」
「なるほど……」
自分の風評被害は全く気にしてない様子の、感情が読めない周に男性の違和感はさらに大きくなっていく。
それに気付かない周は更に淡々と続けた。
「それより一番今知りたいのは、加害者の神崎璃乃が何故、僕の婚約者の会社、人間関係ま故把握していたのか」
「……興信所を使った可能性を考えておられるんですね?」
「そう。だから東京都内にある興信所を調べて頂きたい。もう支払いが終わっていたら……民間人の僕では、為す術なしですが……」
男性に向けて眉を下げ微笑む。
だが少しも困っているように見えない……。
周の意図が読めた男性は背筋がヒヤリと冷たくなった。
「それは……僕らに……法律をチラつかせて炙りだせと仰っているのですね……?」
「ふふ。話が早くて助かる。この加害者の行動と関わった全ての人間と会社を片っ端から調べあげてください。この写真よりも……丸裸にね」
殺気を帯びた鋭い視線。
男性は確信する。
この違和感は、気のせいでは無いと。
(……この男は被害者じゃない。これは……捕食者の目だ。相手を潰す事しか考えていない)
「……分かりました。では正式な手続きを」
「良かった。僕一人では婚約者の依頼を受けて頂けないのではと」
「元は結城さんのストーカーがターゲットを変えた事による二次被害ですからね」
「……僕のせいで。……だからこそ彼女を傷付ける者はなるべく早く、静かに駆逐しなくては……ね」
「……こちらが控えとなります」
「ありがとうございます」
このタイプとは決して深く関わらない事こそ安寧の秘訣だと長年の経験で知っている男性は、終始事務的にかつ無駄を極限まで省き迅速に対応した。
それでは宜しくお願いいたしますね。
と、丁寧に頭を下げて、そう言い残した周は音もなく去っていった。
周の前に置かれていた湯呑みを片付けながら事務員が笑って言う。
「モデルさんみたいな方でしたね〜。ストーカーなんて可哀想に」
呑気な声に呆れるように、男性は周が置いていった書類をまとめ、窓を眺める。
ふと、階下を見下ろした。
黒や茶色、いろんな色の頭が行き交う。
「あれが可哀想? ……俺は少しストーカーの女に同情したよ。あの依頼人が何をする気なのか……考えたくもない。だからこそ……俺たちはただ何も考えずに確実に仕事をするだけだ」
いつも部下に口を酸っぱくして言い聞かせているセリフを、自分にも呟く。
ただ、それでも。
しばらくあの男と顔を合わせないといけないのかと思うと気が重い。
「胃薬無かったかな……」
胃のあたりに手を当てて、男性は静かに深いため息をついた。




