251話 赤裸々
『LINUで安達さんの相談に乗ってるところなんですが、あの写真、いつのものかって聞かれまして』
『あの写真は10月3日の時のものです。あの、彼女と進展は……?』
『僕のこと信用し始めてくれているようです。写真を見せた時、ありがとうと泣いていました』
『そうですか……心苦しいです』
『サキさんのせいではないですよ!』
LINUの画面を開き、薄く微笑む唇。
「ふふ」
シルクのシーツが波打ち、滑らかな衣擦れを音が響く。
電子タバコの水蒸気が、細い直線を引いた後柔らかく広がり消えた。
独特の香りが鼻を掠める。
腕枕をしていた男が口を開いた。
「……何かいい事でもあったか?」
プルンと弾むように潤いを閉じ込めた肩ほどの艶髪が靡く。
「ええ、ちょっとね」
軽くスマホを扱ったあと神崎は満足そうに、男の胸に戻った。
「……結城マネージャーの事か?」
「そうよ。7年越し、やっとの思いで入れたのに、恐ろしくガードが固くて本人に近付けないから周りから崩していったの、それでも1ヶ月以上かかったけど……何とかうまくいきそう」
「お前を持ってしてもそれだけの硬さか……流石だな、あの結城 周は」
「貴方のおかげよ。貴方が私に協力してくれなかったら今はないもの」
「……俺に利がなかったら流石に協力してないさ。あ、先生とは連絡してるか? 困ったら先生に頼れ? いいな。……くれぐれも粗相のないようにな」
「先生は今お忙しいみたいよ。まだ2回しかお会いできてないわ。……まぁ、心配しないで。気に入っていただいてるから」
「……これで俺を引き上げようとしている上層部の連中も動きやすくなっていくだろうさ……はは。にしてもお前の強かさには恐れ入るよ」
「あら、失礼ね。その体に溺れてる男は誰かしら」
また一筋、水蒸気が線を描く。
電子タバコをベッドサイドのテーブルに置き神崎に視線を移した。
腕をゆっくりと腰まで落とし、しなやかな体を引き寄せて、深いキスを重ねる。
熱を帯び始める空気の中で男が静かに呟いた。
「……俺だな」
神崎の妖艶な笑みに囚われた男はもう一度、快楽の波に身を委ねていった。
***
同日
時刻は22:00を過ぎた頃
周は三人を車で迎えに来ていた。
「皆さんお疲れ様。楽しかった?」
「それはもう! 周さん、奢ってくれてありがとう! ご馳走様!」
ハザードを付けて路肩で立って待っている周へ近付き、澪桜が笑顔を向けた。
「「ご馳走様でした!」」
助手席に澪桜を乗せ、ゆっくり松井と佐々木の方へ近付いてくる周へと頭を下げる。
「いえいえ、どういたしまして。さぁ、乗って?」
周が笑って後部座席の扉を開ける。二人はおずおずと車に乗り込む。
佐々木も松井も、もう何度目かの乗車。
だけどいつまで経ってもこの高級感漂う革張りの後部座席の乗り心地に慣れない。
松井も山本とならいくらかリラックスできるが、今日はどこかよそよそしい。
助手席の澪桜が周に話しかけた。
「周さん、やっぱりあの店めっちゃ美味しかった。事前にクチコミとか調べてくれてありがとう!」
「いやいや、俺は別に何も。あの店見つけたのは澪桜だし、俺が調べなくても美味しかったのは確実でしょ。まぁでも、予約はしといて良かったでしょ? 個室取れたしゆっくり出来たんじゃない?」
「それはもう! 予約大事ネ☆」
「……澪桜先輩、行き当たりばったりで行こうとしてたのか、あの店に」
「メニュー、全部フランス語でしたよ? ……よ、予約してもらってて良かった……」
共感し合う二人に、一瞬だけルームミラーで視線を送った周が笑う。
「澪桜、二人は仲良くなれたみたいだね」
「そう! 私の目に狂いなし! ふふ、これでまた女子会ができる。遊びに行く約束もしたんだ」
「良かったね。……本当に今日はどうもありがとう、二人とも」
「いっ……いえ」
「とんでもない」
(相変わらずこうしてると完璧な溺愛スパダリなんだよなー、結城さんって)
松井は結城に頭を下げた。
(うう。……やっぱりさっきの話、想像できない)
佐々木は先程の事を思い出し、一人俯いて悶絶する。
一瞬後ろの二人へルームミラー越しに視線を送り、信号停止中に澪桜へ顔を向ける。
さりげなく頬を撫でて微笑んだ。
「またいつでも言って、いくらでも足になってあげる。三人で遊ぶ時は必ず俺を使ってね。じゃないと不安だから」
「おうけい!」
((ああ……甘い。重い))
二人の嘆きがシンクロしたことは言うまでもない。
問題なく後部座席の彼女達を順番に家まで送り届ける。
松井がマンションの前で降りて頭を下げ、周へ話しかけた。
「……結城さん。……い、意外でした。お疲れ様でっす☆」
「え?」
「そんじゃ! また!」
意味が分からない周は、楽しそうに走り去っていく松井をポカンと見送った。
「また明日ね〜。沙也加ちゃんおやすみ〜」
松井に手を振る澪桜に目を向ける。
まぁ、松井が変なのはいつもの事だとスルーし、コンビニで飲み物を仕入れて自宅へと車を走らせた。
二人きりになった車内で普段通りの沈黙が流れる。
窓の外を眺める澪桜。
ふと後ろから声がした。
「……今日、どんな話したの?」
佐野の件があったからか……周はいつもより少しだけトーンを落として聞く。
彼女がまだ傷付いていないか、確かめるように。
「ふふふ。それを聞いちゃうのかい!? 私はね、遂にガールズトークというものをしたんだよ!」
勢いよく振り返った澪桜は平たい胸を張って自信満々に語る。
思っていた反応ではない事に安心した周は表情を柔らかくした。
「あはは。それはそれはめでたい。とうとうガールズトークデビューですか、姫」
「そうだ! 私は大人の階段を半分登っている女! エロトークも同棲あるあるも何でもござれだ!!」
ピクっ
周の笑顔が固まったまま、頬が徐々に引きつっていく……。
嫌な予感しかしない。
「……な、内容は?」
「まず同棲あるあるとして、周さんのごみ捨てのケチさとか!」
「うん!! 言わなくていいねそれ! 恥ずかしいね!! 主に俺が!」
「次にエロ話として、周さんの体に水疱瘡の激しい跡が――」
「はいっ。佐々木さん達が知る必要の無い情報ね! それ! エロでもなんでもねぇし!」
「そして練習したい日は周さんがソワソワしながらパンイチで私に勝負パンツを見せつけ――」
「もう! 全部俺の話!!! 恥ずかしいの俺だけ!! なんでそんな話すんのぉぉぉぉ!?」
「だって赤裸々――」
「うん、俺がね!? さっきからずっと俺だけがね!? 分かる!?」
周の怒涛のツッコミに、澪桜は抜けた顔で返す。
「むぁ」
「なんだその返事は」
素早く的確な周の反応に喜ぶ澪桜は、鼻歌を歌いながらコンビニで買ってもらったジャスミン茶に口を付けた。
「ううーん! テイスティ〜☆」
何を言っても暖簾に腕押し。
周はガクッと肩を落とし
「ああああ。また山本にバカにされるぅぅ。最悪だぁぁ」
抑揚を付けて嘆いた。




