250話 トマト、再び
「は〜美味しかったぁ」
「私も〜」
満足そうな二人を眺めながら、澪桜も微笑んだ。
少し丸みを帯びたお腹を摩る。
「だねぇ、大満足だしおなかいっぱい」
「にしても良かったんですか!? わ、私まで結城マネージャーに奢って貰っちゃって……」
「本当に! なんか申し訳ないです」
既に会計が終わり、二本目のワインを愉しんでいた三人。澪桜へ頭を下げる。
「んー? 私も要らんって言ったんだけど、ゴリ押しされたからねぇ。本当は私が奢るつもりだったのに。……まぁ、後でお礼言っとくよ。ここのお店、凄く美味しかったしね!」
いつもの事だよ。
と、軽く笑う澪桜。
そこに、食後のコーヒーが運ばれてくる。ゆらゆらと上品に湯気が登る、芳醇な香りが部屋を埋めていく。
宴の終わりを告げる雰囲気に、つい松井が声を漏らした。
「でもまぁ。いつもの澪桜先輩に戻ってくれて良かった。今日は本気で心配しましたから」
ピタッとワイングラスを傾ける手を止め、澪桜が気まずそうに慌てた。
「さ、沙也加ちゃん、その話はもう。……恥ずかしいよ」
「……ん? 今日何かあったんですか?」
佐々木が松井の真面目な声に反応し、ナイフの動きを止めた。
「それがさ〜、今日休憩中に澪桜先輩が泣いちゃって」
「や、やめ――」
「えっ!? どうして!? パワハラ!?」
「……だとしたら良かったんだけど。その場合、澪桜先輩は鉛の女だから泣くどころか、返り討ちにしてたと思うし」
「失礼な! 私は放射線通すぞ!?」
「澪桜先輩、それ、ツッコミズレてますから」
二人のやり取りについていけない佐々木が唖然としていると、松井が彼女に目を向けて何かを思い出したかのように手を叩いた。
「あ。そうか、佐々木ちゃん、結城さんのとこの部署だったっよね? そこにさぁ〜、神崎って人いる?」
「え。神崎……さん?何でお二人が彼女をご存知で……?」
一気に曇る佐々木の表情を見逃さなかった松井は、ここぞとばかりに事の顛末を掻い摘んで聞かせた。
SNSや佐野からむしり取った画像を見せながら。
佐々木も驚きの余り開いた口が塞がらないというように、最近あった事を話し始めた。
「わ、私の部署もそれで少し雰囲気悪くなってて! 結城マネージャーの誤った噂を聞く度に訂正して回ってたとこです!
……ただのストーカーじゃないですかっ怖っ! しかもこの匂わせ、あからさまにデスクで撮ったっぽい写真もあるし!」
「まだその匂わせまで神崎って人か確定ではないんだけどさ。爪とかほぼ同じだから7割クロだよねぇ〜」
「ですね。しかもその生々しいベッド・イン。偽物だとは思いますけど。澪桜さんの立場なら……一瞬ショック受けるのは無理ないです。……まぁ、あのコンプラ査定機が職場恋愛、しかも浮気なんてありえないけど」
「コンプラ査定機……ぶふ」
ものすごいあだ名につい、笑ってしまう澪桜。
「ひ……被害者の澪桜先輩が笑っちゃダメですよ……ひひ」
松井もつられて肩を揺らす。
「……そういえばどうやってその性悪写真を見せられたんですか? 神崎さんが直接出向いてきて?」
「いやいや、うちの部署にさー。佐野って後輩がいるんだけど、ソイツが持ってたんだよ。
なんか変に正義のヒーローぶってさー。『安達先輩を助けたかったんですぅ〜』とか言っちゃって。最悪だよ」
「も、もういいって沙也加ちゃん。私、周さんのこと疑ってないし、佐野くん謝ってくれたし!」
佐々木はBARウルグスのことを思い出す。
「え? ……待って。佐野って人、女性じゃないんですか?」
「男だよ男。今年入ってきた新入社員」
「まさか……佐野心優って人……?」
松井が首を傾げた。
「そうだけど、なんで佐々木ちゃんが知っ――」
ダァァァァァン!!!!
ビクッ!
二人は物凄い轟音に肩を揺らした。
何事かと目の前のテーブルに目を向けると、か細い佐々木の拳から鳴った音だった。
「あの野郎……あれだけ言っても分かんなかったのかぁぁぁぁぁ!!! 上等だぁぁぁぁ! 久々にアタシ直々に焼き入れてやらァァァァ!!」
怒号が個室内にこだまする。
「さ、沙也加ちゃん。目の前にスケバンがいるよ。スケバン……」
「澪桜先輩。それ昭和です」
今ので一気に酔いが覚め、妙に冷静になった松井が静かにツッコんだ。




