249話 消化器官の話と女子トーク
「おおーい。智子ちゃーん」
クレストリンクの表札前で待つ佐々木に澪桜は手を振って声をかけた。
パアッと表情を明るくし、手を振り返す。
「あ、澪桜さーん! お疲れ様でーす」
後ろから付いてきていた松井は佐々木を見てギョッとした。
そしてそれは佐々木も同じ。
((こ、この人……私よりカワイイ!?))
互いに微かな対抗意識が芽生えた事は言うまでもない。
二人同じような動きで全身舐め回すように見る。
全く気づかない澪桜が楽しそうに紹介した。
「沙也加ちゃん、こちらが前から紹介したかった佐々木智子ちゃん。沙也加ちゃんの一個下だよー。
そして智子ちゃん、こちらが私の後輩の松井沙也加ちゃん。二人を会わせたかったんだ〜。
絶対気が合うから」
「初めまして、よ、よろしくお願いします……」
「初めまして、……こ、こちらこそよろしくお願いします」
「おお! 予約まであと15分! 急ごう」
微妙な空気の二人を連れて、澪桜は意気揚々とフレンチレストランへ向かった。
「うわぁ、すごぉい」
「ホントだすごぉい」
「ふふふ。でしょ!? 周さんが調べて予約してくれたとこだから間違いないよ〜。私は行き当たりばったりで行こうとしてたんだけどね……さ、入ろう」
扉を開けると、慎ましやかな男性が丁寧に出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」
「はい。3名で予約してました、結城です!」
「結城様、お待ちしておりました。どうぞこちらに……」
キラキラとした店内。
磨き上げられたフロアは歩く度に軽快な音を奏でる。
クラシックなBGMが三人の背筋を伸ばす。
店員に個室へエスコートされ、引かれた椅子にゆっくりと腰を落とした。
「こ……ここ。私の想像の3倍はしっかりしたフレンチですね……マナー大丈夫かな!?」
「なんか、創作カジュアルフレンチだから作法気にしなくていいって言ってたよ? 大丈夫じゃないかなぁ?」
「ま、前から思ってましたが……結城さんて段取り凄いですよね」
「まぁ、こーゆー時は助かるよ。普段はノープランだけどね」
「えぇ!? 想像できない!」
食前酒とアミューズが運ばれてきて、少しずつ打ち解けていく松井と佐々木。
周が準備していたらしい料理に合うワインも運ばれてきていよいよ饒舌になっていく。
グラニテ(肉料理前のシャーベット)を食す頃には完全に意気投合していた。
「そーなんです! こないだの合コンなんか最悪でしたよー? CEOだのなんだの言ってた30歳の男がなんと! 子供部屋おじさん! しかもニート」
「「うわぁ」」
澪桜と松井がゲンナリした顔で反応する。
佐々木はワイングラスを片手に更に続けた。
「良いのは顔だけ! 極めつけはマザコンっていうね……豪華なオードブル3点セットでした」
佐々木は面白おかしく自分の残念恋愛譚を語った。
松井が爆笑しながら佐々木の肩を叩く。
「わっかーーーる! 分かりみがすごいよ佐々木ちゃん! 私もさー。ちょっと前に外科医って人と合コンで知り合ったんだけどさー。ヤリ捨てされてさー。最悪だよ、久しぶりの恋だと思ってたのに」
「本当になんで男ってああなんですかねぇ……沙也加さん! 絶対いい男つかまえましょうね!」
「だよね!! 澪桜先輩に阿鼻叫喚させるんだ!」
あっという間に仲間意識が芽生えた二人は、幸せそうシャーベットを頬張り、柚の味がする舌触り滑らかな感覚に酔いしれていた澪桜に視線を向けた。
「むぐむぐ。……ん? 私!? なんでぇ」
「あんなウルトラレア捕まえててよく言う」
「ほんとですよ。うちの会社の観賞用オアシスだったのに」
嫉妬にも似た嘆きに対して、澪桜は片眉を下げ美味しく食べ終わったシャーベットのガラス容器をテーブルの端にさりげなく移動させた後、ため息をついた。
「……あのねぇ。そんな言うほどあれだよ? 昨日肘から宝毛生えてたし。あ、こないだボーリングに行ったんだけど、周さん投げる時必ず内股むぐっ」
即座に松井に阻止される。
席を立ち前のめりの状態で、澪桜の口を手で押えている。
「もごもご」
「やめてぇぇぇ! 壮絶スパダリの残念な話ぶっ込まないで!」
「ホントですよ! 会う度に私の理想ぶち壊しにくるんだから!!」
「っぷは!離せぇ〜私はワインを飲むのだよ〜」
松井の手を払い、飲みかけのボトルに手を伸ばす。
楽しそうに揺れながら自分のグラスへとワインを注いでいく澪桜。
松井は慌てて止めようとした。
「ま、マズイ! このままじゃあれが出る! 佐々木ちゃん、ワインボトル奪って!」
「へ?」
時すでに遅し、全てのボルドー色の液体が澪桜のグラスに注がれた後。
コクコクと美味しそうに味わい、薄く濡れた唇を開く。
「……いいかい? 若者諸君、この世の中に幻想的な生き物などいない! 一緒に住む事により、私は周さんが人間なんだと思い知ったんだ! ほら見ろ!」
運ばれてきた肉料理を品良くナイフでカットして、澪桜 は口に運ぶ。
話の途中なのに食べるところを見ろという意味の分からないムーブに、二人はポカンと見つめるしかなかった。
「むぐむぐ。……こんな風にね、周さんだって咀嚼し、嚥下する。何度も食事を共にし、数多の時間を共有してきたから言おう! あいつはちゃんと人間だ! しっかり消化器官があるし、正しく体内で消化吸収し、老廃物を生成――」
「いやぁぁぁぁ医学的に全部言わないでぇぇ」
「イケメンとの同棲の夢を生活感でぶん殴らないでぇぇぇ」
乙女二人は個室で仰け反った。
「ふはははは! いや、言うね! いくらでも言ってやる! 君たちは少し幻想を抱き過ぎだ! 次は周さんの指定ゴミ袋の使い方の話、あの人は変なとこケチなんだ。プレスすればまだ入るって毎回言いながら、恐ろしい量のゴミ上に乗り、必死な顔して『オラァァ』とか言いながらプレス――」
「ぎゃぁぁぁぁあ、かっこ悪ぃぃぃ」
「聞きたくない! 推しがっ壊れる!」
松井と佐々木がもん絶する中さらに続く澪桜のマシンガントーク。
よろよろと、皿の上に残る最後の一切れの肉を口に運び、意気消沈した松井の口からポロッと本音が漏れる。
「今日こそ、エロな話聞くつもりだったのにぃぃぃ」
その言葉にピクリと軽く反応し、いい感じにお酒の入った澪桜は頬を桜色に染めて揺れる。
楽しそうに口を開いた。
「エロぉ? いいよ、なんでもござれだ! 大人の階段は半分登ったからねぇ。憧れの女子トーク、ちゃんとついていけるよ!」
一瞬固まった松井、食い気味に聞き返した。
「本気で!? ガチで!? 言っても大丈夫ですか!? ゆ……結城さんとの……話」
「もちろんだ! 何でも話そう!」
自信満々に澪桜は胸を叩く。
「案外言ってみるもんですねぇ!! 私ずーっと気になってたんですよぉ! ……澪桜先輩、是非大人の階段の成果! 聞かせてください!」
佐々木は思わず顔を赤らめる。
(ゆっ……結城マネージャーとの……夜の営み……!? それはちょっと刺激がっっ)
色素の薄い肌。
見たことはないが、広い肩に引き締まった筋肉。
微かにあの香りを纏い
妖艶な低い声で囁かれる場面を……
「ま……待っ」
耐えられず思わず話題を逸らそうとした。
だがそれに気付かない澪桜は、被せるように話し始める。
「練習の前は必ずハンドクリーム入念に塗り込みがちで、痛々しいほど深爪してることとか!? あと練習したい日は意思表示なのか、勝負パンツ履いたままリビングをパンイチで彷徨きがちとかか!?」
一瞬、止まる時。
恐る恐る松井が聞く。
「え……待って。澪桜先輩、その話」
「勿論、周さんの事だがね!! あの人、脇腹にケロイド状になった水疱瘡の激しい跡が――」
「なんか違う!!! ……なんか違うんだよぉぉ澪桜先輩。エピソードに色気が無さすぎるよぉぉ。水疱瘡って何ぃぃぃ」
「ゆ……結城マネージャーのイメージがどんどん崩れていくぅ……やめてぇぇぇ。パンツ一丁でウロウロするのかっこ悪ぅぅぅ」
澪桜の独壇場はまだまだ続く。宴が続く限り……。
憐れ周、ここに居ないはずなのに一番の被害者だったという。




