248話 ネジの外れた男
「周、お前案外偉いじゃねぇか〜! 俺はてっきり、社会的に殺すか、一発殴るのどちらかだと思ってたぞ!」
「……いやー。社会的に殺せるほどまだ価値は無いでしょ、新入社員なのに。殴るのも正当防衛じゃないとねぇ。人前では殴らないよ、僕はね?」
シーンとする店内。
周が声を出して笑う。
「ふふ、ははははは。冗談だよぉ。普通に人を殴ったことなんてないよぉ」
「嘘つけお前!! 大学んとき、いっつも喧嘩売って来てた3人を路地裏に連れてってノシてたじゃえねぇか!!」
「あれは一発ずつ殴らせた後だから正当防――」
「顔の原形なくなったら過剰防衛だよ!!」
「いいじゃんか〜結局アイツら単位と素行やばくて警察にも通報しなかったんだし、ノーカンだろ?」
「それだってお前、事前に調べてから呼び出してただろうが……確信犯って言うんだよそういうの……」
「あれぇ? そうだっけぇ?」
身をかがめて楽しそうに会話をしている二人。
近重は取り残された佐野に目を向けて眉を下げた。
「なんか飲むか?」
「あ、うん……ココナッツコーク頼むよ」
話し合いの最中なのでお酒以外を頼む佐野に周が声をかけた。
「あ、佐野くん。少しお願いしたいことがあるんだけど」
その低い声に即座に反応し、姿勢を正した。
「は、はい! 何なりと!」
「お前、妙に素直になったな急に……なんだ? 周に懐いたのか?まぁ、どちらにしろ良かったじゃねぇか! 周に許して貰えて。俺も安心したよ〜。……で? 周、元ミス星和どうするつもりなの?」
「? ミス星和? ……何のこと?」
「神崎だよ。お前それすら忘れたのか?」
「……? ミスコンとかあったんだウチの大学。興味無いから知らない」
「おれぁ、若干だが神崎に同情してしまってるぞ。記憶から存在をイレースされ過ぎだ」
「……まぁ。今から覚えて嫌ってほど構ってやるんだからいいだろ。あのゴミが望むなら……思う存分相手してやるよ。俺なりにな」
ただの雑談だったはずが一気に空気が冷えていく。
まずいことになったとその場を離れようとした近重に気付いた周は、佐野に向かって穏やかに微笑んだ。
「あ、さっきの話なんだけどね。佐野くん、君にも協力して貰いたいんだけどお願い出来るかなぁ?」
「は……はい! もちろん! 重も手伝います!」
佐野は周の視線にビクつきながら何度も頷いた。
近重はギョッとする。
(ばっ……何を勝手に!?)
「本当に? 良かった。ありがとう。二人は仲良しなんだね。ふふふ」
「そうっす! だからコイツにも何でも言ってください!」
ニコニコする周に目を向け……近重は物凄く深いため息をついた。
そんな事お構いなしの周は独り言のように口を開く。
「ふふ。さてどうしようかな? 何をしたらあのゴミ、ミス星和だっけ? そのご自慢の美貌を醜悪に歪めてくれるかな? 楽しみだなぁ……早く見てみたい」
その男の、恍惚とした表情を浮かべた妖艶な笑みに、近重は静かに背筋が凍りついた。
(この手の男はネジが数本外れてるからマジで関わりたくねぇんだよ……何で俺を巻き込むかなぁ。……ああ、最悪だ……)
お前の隣に座ってるやつはただの悪魔だよ……
そう叫びたい近重だった。
***
「へぇ。先週の金曜日に俺と寝たんだ。知らなかった」
佐野から貰ったLINEのスクリーンショットを眺めながら笑う周
新しく友達追加した佐野のアイコンをタップし、早速次の指示を入力しておいた。
「佐野くん。また定期的に連絡入れるよ。佐野くんの方も何かあったらいつでもLINUして? このゴミとはそれとなくLINU続けて欲しいんだ。その為ならバイト代もはずむよ」
(サキさん……もう結城さんの中でゴミ固定なんだ……)
少し哀れに思いながら、首を振った。
「い、いえ。澪桜先輩への贖罪でもありますので!」
「わかった。じゃあ、逐一連絡来たら教えて。返信考えて君に連絡入れるよ」
「はい!」
「さてと……。お暇しますか。どうもありがとうございました。これで会計お願いします」
会計を済ませて立ち上がる。
近重が周から封筒を受け取り慌てた。
分厚い白地の封筒。
「こっ……こんなに受け取れません!! お話してた金額の倍以上入って――」
「それはチップみたいなものです。これから度々お世話になると思うから。あと今日の話は他言無用でお願いしますね?」
口止め料
そう聞こえた。
「……これでも一応接客業の端くれです。お金をわざわざ積まれなくても言ったりしませんよ」
返そうとする近重の手を止め、眉を下げて微かに首を振った。
「それは失礼。ただそのお金は飲食代と迷惑料だと思って受け取ってください。二時間も貸し切らせて頂いたんですから。ではご馳走様でした」
薄く笑みを浮かべたまま会釈し店を出ようとする周に佐野が慌てて声をかける。
「あ、あの……。もし、もしも安達先輩が誰かとお付き合いしていたら……どうしてたんですか!?」
俺と同じ状況だったとしたら貴方はどうするんだ?
好奇心か
それとも気持ちをわかって欲しかったからか。
理由は佐野にも分からないが
どうしても聞きたい質問だった。
周はゆっくり振り返り、切長の瞳を細め微笑む。
「……もちろん待つよ。想いも告げず、接触もせずに……一生ね」
パタン。
店に取り残された二人。
佐野は入口を見つめて口を開いた。
「……俺、あんなふうになれるかな」
(あの男は異常だ)
喉まで出かかった言葉を飲み込み、純粋な友達が道を踏み外さない為の否定だけ呟く。
「あれは……やめとけ」
微かに残った妖艶なアンバーの香りが、近重の心を曇らせた。




