247話 共感
「っくう〜うめぇ!! 人の金で飲む酒はうめぇな〜」
「……相変わらずいい性格してるよお前。まぁ別にいいけど」
アイスコーヒーを口に運び、喉を潤す周。
山本は隣に座り俯いたままの佐野に声をかけた。
「……で? お前何か言いたいことあったんじゃねぇのか? その為に周、呼び出してやったのに」
「あ、……えっと。その……勝手にあのような写真を安達先輩に見せてしまってすみませんでした」
「そんな謝罪はいいよ。要らない。意味が無いからね」
(うわぁ……この人キッついな)
近重は顔に出さないように下を向き、オーダーされた生ハムとチーズの盛り合わせを作る。
周は続けた。
「そんな事より、澪桜に見せたっていう写真、エアドロで僕に送ってくれる? あと、いつ撮られた物か本人から聞いてくれるかな? 今ゴミと連絡取れる?」
「え? ……ご、ゴミ」
「"神崎"省略されちゃったよ!」
山本が一人爆笑する中、佐野は言われた通り、周へとあの画像を転送した。そして……LINUを交換していた神崎へとメッセージを考えていると、右側から低い声がする。
「あ、待って。『今相談に乗ってる最中なんですが、安達さんに聞かれたので』とか一言入れておいたほうがいい。疑われても面倒だからね」
佐野の鼻を微かに掠める大人の男の匂い。
思わずドキッとした。
上擦った声で返事をする。
「はぃ」
佐野が文章を送信した事を確認した後、自分のスマホに目を向けて周はため息をついた。
「にしても……この顔、いつ盗撮されたのかな。会社にいる時しか考えられない……予めコラ画をAIで画像生成し直して合成レイヤー隠してるね。しかも複数のAI使ってる、これじゃ流石に元画像辿れないか」
ペラペラと独り言を呟きながら、顔の継ぎ目を探すように、あられもない画像を淡々と解析する。
自身の浮気の証拠写真なはずなのに。
異様な光景に佐野と近重が固まっていると、周は二人に目を向けて事も無げに笑う。
「ああ。ごめんね……反応間違えたかな? けど身に覚えは無いし、仕事柄ここまで巧みに仕上げるのはすごいなと、そっちに感心してしまってね」
クックックッと、佐野の左側から余裕めいた笑い声が響いた。
「ま、普通に考えて、本当に周の婚約者の立場ならこんなバカな真似しないわな。そんなの必要ねぇし、周に直接言えよ自力でさ。同じ職場なんだろ?」
美味しそうに生ハムチーズを頬張る山本の言葉に、佐野はハッと我に返った。
「……確かにそうですよね。あの日泣きながら『彼女を傷付けるつもりはないの』って何度も言ってたけど、被害者って立場を俺達に印象付けるためだったのかも」
近重が眉を下げて言う。
佐野はバツが悪そうに俯いた。
周は笑みを浮かべたまま、顎をさする。
「……もし僕に問い詰められたら『それは嫌がらせで……私、誰かからストーカーされてるんです。この写真も知らない間にばら撒かれてて』とでも言って佐野くんを切り捨てるつもりだったのかな? 会社で触れ回ってるってよく聞くから。それでまた僕に相談でもして既成事実に持ち込む算段だったのかもね」
「ええ!?」
「ま、会社も違うし。通報したとしても一回じゃ警察も動かねぇし。でも周へは信用して貰えるからな。あの女ならやりかねねぇなぁ〜」
リンゴと生ハムを食べて、ビールで流し込みながら山本は笑う。
自分の立場をやっと理解した佐野は、顔を真っ青にして否定した。
「お、俺……誰のストーカーもしてません! 安達……先輩には……酷いことしてしまったけど……」
周は微かに微笑んでコーヒーに口を付けた。
「知ってるよ。君にそんな器用な真似できると思ってない」
あっさりと言ってのけた。
その言葉に佐野は目を見開く。
少し、言い方に棘はあるが……それよりも。
まともに今まで話した事もないはずの、隣に座る男は自分を信じてくれる。
写真一枚で……
勝手に先入観膨らませて、疑った挙句、別れさせようとしていたのに。一気に後悔が押し寄せてきた佐野は俯き、消え入りそうな声で呟いた。
「馬鹿だ俺、都合のいい方に流されて、騙されて。好きになった人傷付けて。あわよくば別れて自分のとこ来て欲しいなんて思って。卑怯なだけだった。本当に想うなら結城さんに直接聞けばよかっただけなのに」
静かにコーヒーを嗜んでいた周は一瞬目を見開く。
隣に座る佐野へと視線を滑らせ、微かにまつ毛を揺らし目を細めた。
「……それはそう。好きな人の為にも変われるように努力しないとね」
先程よりも穏やかな声で話しかけた。佐野はその僅かな変化に気付かないまま、深く頭を下げる。
「はい。本当に申し訳ございませんでした」
「謝らなくていいよ。澪桜には謝ったんでしょ? 僕の事はもう気にしなくていいから」
「……え?」
「……僕も君と同じ。澪桜にただの友達になって欲しいなんて嘘をついて近付き、告白すら恐れてた。 彼女を騙したまま、他の男を寄せ付けないようにしていた、ただの卑怯者だ。告白しないで傷付けて泣かせてしまった事、未だに後悔してる」
カラン……
氷が踊るグラスに視線を落とし、また音を鳴らした。
ただコーヒーを飲んでるはずの仕草がとても儚く見えて、寂しそうで。
近重も佐野も言葉を失う。
(……俺は……一体何を見ていたんだろう。何を疑って……何を信じていたんだろう)
敵だと思っていた男の、自分にも似た悲しい独白を聞いて。佐野はただ、目の前の儚い男の表情に胸を締め付けられた。




