244話 佐野の自覚
「さぁぁぁぁのぉぉぉぉ!!!!!」
松井の怒号が響き、佐野がビクッと反応した。
それはまるで一等兵のように。
「ひいいい! な、何すか!?」
「お前澪桜先輩になぁに見せたぁぁぁ!?」
「お、俺は別に悪いことしてないっすよ!!騙されてる安達先輩を助けようとしただけで……」
「はぁ? 助ける?? 見せてよ私にも」
「えっ……いやまぁ……いいのかな?俺はいいんすけど」
「ごちゃごちゃ抜かすな! 早く見せる!!」
「はっはい!!」
仕事を終えた山本が気怠げに声を出した。
「おい、そこの姉弟。うるせーぞー」
「「姉弟じゃない!!」」
「って……あーーーーーーーー!!!!」
「だから。昼休憩だからってはしゃぎ過ぎだ。ここは会社だぞお前ら」
佐野のスマホと山本の顔を何度も行き来しながら口をパクパクさせる松井。
「やまっ……山本さ……これ。ちょ! これ!!」
忙しなく手招きをしている。
山本は面倒くさそうに頭を掻きながら近づいた。
差し出されたスマホを覗き込み、やる気のないいつものタレ目が見開く。
「……お前、これどこで手に入れた?」
佐野の方に勢いよく目を向け問いただしたが、当の本人はずっと落ち着き無い様子で出入口を見つめている。
澪桜が戻って来ないかと気にしながら。
「佐野!!」
山本のしゃがれ気味の大声に現実へ引き戻された佐野は慌てて反応した。
「えっ……あ、はい! これは俺の友達のBARにたまたま来たそいつの婚約者さんが持ってた写真で。安達先輩はそいつに騙されて遊ばれてるだけだから、この写真見せて、諦めて貰えるように話つけてくれないかって頼まれて」
「え? その人、佐野の知り合いだったの?」
松井が首を傾げながらスマホを佐野に返した。
「あ、いや……その日が初対面だったっす。てか店に来たのも初めてだったんじゃないかな」
山本と松井は顔を見合せ、佐野の方を向いてため息を付いた。
「その初対面の得体もしれない女を信じたんだ……美人だったから?」
松井の呆れた声が響く。
子供扱いされ、安い男だと侮辱された気がして、体に熱を覚えていく佐野は反射的に反抗した。
「い、いや俺はそんなつもりじゃないっす!! ただアイツの魔の手から安達先輩を守りたくて!! 絶対浮気野郎ですもん!!」
「魔の手って……お前なぁ。……もし浮気野郎じゃなかったらどうするんだよ」
「こ、この画像が証拠じゃないっすか!?」
「……はあ。安達が泣かされただなんて知ったら……周のやつブチ切れるだろうなぁ……お前、仕事失って再就職見つからなくても観念しろよ。生命までは取られねぇだろ」
山本が額に手を当て肩を落としたまま首を振った。
慰めるように佐野の肩を叩き、本気で項垂れている。
松井も顔を真っ青にして山本に進言した。
「わ、私は欠席で。こないだ同じことしてめっちゃ怖い思いしましたから。多分そのコラも、あの匂わせ女でしょ? ……よく見たらネイルも同じだし。結城さんに喧嘩売ってますね完全に」
「やっぱりか……神崎だったんだな。あの匂わせも……大学ん時からホント懲りねぇな〜」
「え? 山本さん、この写真の女の人知ってるんですか!?」
「……ああ。神崎璃乃つってな。大学時代の同期で周のストーカーだよ。だからこいつとの浮気は絶対有り得ねぇんだよ。当時だけでもアイツ3回フッてるし。毎回、顔覚えてねぇし」
「あははははは! ヤバい! 結城さん最低だ」
「しかもアイツなんて言ってフッたと思う? 『面識もないのに告ってくるその神経疑うよ。気持ち悪いからやめてください』だぞ」
「正論!! だけど辛辣ぅぅう」
ほとんどの社員が各々昼休憩に出て、ガランとした社内で松井の爆笑だけが響き、佐野を置いてけぼりのまま談笑が続く。
佐野は慌てて確認した。
「ちょ、待ってください! に、匂わせ? ……というか山本課長……あ、周って……?」
状況が理解できず聞き返す佐野に目を向け、キョトンとする二人。
思い出したように山本は眉を下げて笑った。
「ああ。そういえば言ってなかったなぁ。安達の彼氏は俺の大学時代からの友達だ。そして俺が紹介した。……3年前から安達に惚れててな、うるさかったから」
「そうそう! しかもあの顔で童貞らしいよ!」
どうでもいい情報をぶっ込む松井。
混乱した佐野が口を開いた。
「情報量が多すぎる……」
山本が自分と同じくらいの背丈の佐野の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。しかも両手で豪快に力いっぱい。
思わず佐野は情けない声を漏らした。
「うわぁ」
「まぁ、謝罪の場だけは設けてやる! この優しい山本課長に感謝しろ! なるべくアイツが裏で動かないように一緒に謝ってやるから土下座の練習だけしとけ! くっくっくっ。さて俺は怒られないようにアイツに報連相してくるか」
ただ面白がっているだけなように見える山本。
スマホを片手に出入口まで歩き出した。
ちょうど目を擦りながら戻ってきた澪桜の方に近付き、しばらく何か立ち話をしたあと、軽く頭を撫でて立ち去る。
戻ってきた澪桜は安堵の表現を浮かべ、弁当を取って松井と休憩室に行ってしまった。
一人取り残された佐野は複雑な心境になった。
(……なんで俺……がっかりしてんだよ)
あわよくば
相談乗って、その流れで俺を好きになって欲しい。
そんな浅はかな本心を、山本に見透かされ。
美しい神崎の色香に惑わされた事を松井に見抜かれ。
どうしようもなく
カッコ悪くて。
情けなくて。
なにより人から略奪しようとしていた卑怯な自分が許せなくて。
俯いた。
「最低だ……俺……」
次回31日20:00更新です!!
神崎はストーカーしている意識も、告白してフラれた過去も。自分に都合の悪い事は覚えてません。(覚えてるけど意識していない)
プライドの高さゆえか……。




