↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社会不適合者の恋愛論~変人に恋は難しい~  作者: 澄泉
女郎蜘蛛編 〜動き出す蜘蛛〜
251/318

243話 涙



「はい。問題無さそうだよ、これ営業部にそのままファイル送っておいて。それと11時の打ち合わせ忘れないように」


「は……はい!」


 澪桜に返されるプリントアウトしたファイル。

 初めて一発OKを貰えた事につい、浮かれてしまい佐野は声が上擦った。


 だが必要以上褒めるということもなく、澪桜は淡々とまた仕事に戻る。


 佐野が少し寂しそうにしばらく澪桜の傍で立ちつくしていると、見上げた彼女が微笑んだ。



「何してる? ほら、さっさと次にとりかかる。これからはバンバン仕事振るからね」


 佐野はその言葉に目を開いた。



 “もう君は安心して仕事を任せられる同僚だよ”


 そんなふうにいや、そう言ってくれた。

 嬉しくて思い切り頭を縦に振る。



「はい!! 頑張ります!!」



 慌ててデスクに戻り、言われた通りにファイルを営業部に送信する。


 反対側にいる澪桜に視線を向けたら、目が合って穏やかに微笑み返された。



 ドキッ。


 佐野は思わず息が詰まった。


 心臓が簡単に翻弄される。

 澪桜の行動一つでジェットコースターのように。



 クリックしたマウスの動きを不意に止めて……


 もう一度、微かに視線だけを艶色をした黒髪に向けた。

 気付かれないように……そっと。


 キリッとしていて、幅広い凛とした瞳。

 周りからどれだけ冷遇されても

 無視されても。

 弱さを見せない強い人。


 だけど

 たまに……微かに滲む儚さが。


 恋しくて

 もどかしくて。



 守りたくてもそんな権限なんて微塵もない自分の無力さに


 佐野は唇を噛む。


 月曜日からずっと澪桜を見る度に繰り返す記憶。

 近重の店での会話がまた頭をよぎった。



『彼女は多分、彼に婚約者がいるなんて知らない被害者なんだと思う。私は彼女を傷付けたいわけじゃないのよ。ただ、私の婚約者を返して欲しい。それだけなの』


『……本当は1ctのダイヤモンドの指輪を予約してるのよ。この指輪は、それが出来上がるまでの繋ぎ。彼女も彼から貰った指輪を付けてるはずよ……同じような殺し文句に騙されてね』


 悲しみを帯びた声で震えるように呟いたサキさん。

 どれだけ辛かっただろう。

 どれだけ苦しかっただろう。


 澪桜の指に光るザラついた質感のシンプルな指輪を思い出した。


『これは”繋ぎ”なんだって。指輪が出来るまでの』


 そう言って笑っていた。


 何もかも繋がっていく……証拠。



 あの男は――



 周の顔が浮かんだ佐野はゆっくりと怒りを滲ませていった。


 二人の女性を苦しめてる。

 そのもう一人がよりによって……。



(なんで澪桜先輩なんだ。なんで婚約者がいるのに他の女性に手が出せるんだ。金さえあれば何でも許される……そう、思ってるのか)


 会社のエントランスで冷たく見下された記憶が更に黒い感情で佐野を覆い尽くしていく。


 嫉妬?

 憎しみ?

 悔しさ?


 純粋だった憧れに近い恋心は、何かに侵食されて歪んでいく。


 昼休憩のチャイムが鳴った途端、佐野は誰よりも早く席を離れ、澪桜の前に立ち塞がる。



「安達先輩」


 パラパラとオフィスを抜けていく社員達。

 周りの社員がそれぞれ昼休憩に入っていく中で、澪桜の動きだけを遮るように。


 暴れ回る心臓を必死に抑え、ありとあらゆる慰めの言葉を頭の中でシミュレーションする。

 自分の心臓の音がうるさすぎて耳が遠い。


 澄んだ声が微かに聞こえる。


「なんだい? さっきの打ち合わせで営業部から何か追加の要望?」


 佐野を見上げる優しい瞳。

 唾を飲み込み、震える手でスマホを扱った


「これを……見てください」


(目を覚ましてほしい)


(騙されないで欲しい)


(あんな男、捨てて欲しい)


(……俺がいるから)


 震える手で……あの日サキから貰った画像を表示した。

 澪桜の視線に入るようにデスクに置き

 彼女の瞳の中にスライドさせる



 薄暗くオレンジがかった照明

 生々しく乱れたシーツ

 ベッドボードに置かれた……使用済みのアルミ色の袋。

 脱ぎ散らかされた服

 腰に巻き付く腕

 勝ち誇るように微笑む女性


 そして……彼女を抱き締めたまま眠りこける周。



 澪桜はゆっくりと目を見開き、佐野のスマホを手に持つ。


 微かに指が震えているように見えた。


 佐野は息を飲み固唾を飲んで見守った。


 だが……。



「……」


「……」



 周りは雑談や、外食に向かう社員達の喧騒で賑やかなはずなのに。


 佐野は余りの緊張で、何も聞こえない。

 落ち着かない様子でソワソワと、澪桜の動向を見守る。


『これ、一体どうやって手に入れたの!? 説明して!! ……私、これからどうしたらいいの? 佐野くん』


 こんな、ごく一般的な反応を想像していた佐野は、静かに返されたスマホを受け取り、唖然とする。


「……はい。返す」


「……え」


 スっと音もなく立ち上った澪桜は、平然とした顔でその場を離れようとした。


「澪桜先輩、お弁当忘れてますよぉ?」


 澪桜の奥に座って、現状を知らない松井のあっけらかんとした声が響く。


 松井に一瞬視線を向けた澪桜は微笑んだ。


「お弁当の前に、トイレ」


 何事もなかったかのように、行き交う社員達に紛れてあっという間に消えていく。


 ただその場に残された松井と佐野は動揺して、動けなくなっていた。


 だって。



 澪桜は、目にいっぱい涙を溜めて笑っていたのだから。



次回更新は28日です!よろしくお願いします✨️

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
蜘蛛女さんの罠。 澪桜さんの涙は……どっち!? ペットカメラ導入する周さんを疑っちゃうと後が怖そう(≧∀≦) 執着系は身を引くと理性がブチ切れる修正があるとかないとか……。 澪桜さんの涙の意味が気にな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。