241話 訳ありの女……?
カラランカラン
流木が心地よい音色を奏でて、客が来たことを優しく店主に知らせる。
「おー。優、いらっしゃーい」
近重はヒラヒラと軽く手を振って、佐野の定位置に手際よくコースターとおしぼりを準備した。
荷物を置き、座ると少し足が浮くカウンターチェアに腰を沈める。柔らかにカーブを描く背もたれが佐野の体重を分散した。
おしぼりで手を拭きながら眉をひそめる。
「重の店。日曜日まで暇とかやばくね?」
「ヤバくねぇよ!! やめろよ! なんかフラグみたいに聞こえるわ!」
「いや、ホントのこと言っただけだよ。てか日曜日まで呼び出すなよ……せっかく良いところだったのに」
佐野は軽く口を尖らせて頬杖をついた。
冷蔵庫からグリーンオリーブのパウチを取り出し、皿に盛り付けながら近重は嬉しそうに返す。
「え、何? とうとう何とか先輩諦めて女作ったの?」
「違うわ! 人がゾンビハザード9やってたのに! お前良いとこで電話してくるから」
「相変わらず枯れてんなー。お前。分かるよ、ゾンビハザードが面白いのは。……でもそれで休み潰すなよ」
ため息をひとつ落として、その皿に皮ごと食べれるブドウを盛り付けた。
「じゃあ、いつやるんだよ!! ああ。もうちょいで中ボス戦だったのに! テメェのせいでオートセーブじゃなくインクリボンの無駄消費だよ……」
「はいはい。仕方ねぇな。最初の一杯は特別に奢ってやるよ」
黄金色のキンキンに冷えたビールと、美しい盛り付けの付け合せをカウンターに差し出し、近重は呆れたように微笑む。
「……今日はあのヤンキー女来ないの?」
「佐々木ちゃん? あの子は土曜日しか来ないよ」
「そーなんだ、知らなかった。……ぷは! 生き返る」
「相変わらずいい飲みっぷりだな。あ、そうそう。これ招待状な、彼女から渡しとけって」
中世ヨーロッパを思わせるような透かしの入ったゴージャスな封筒。裏はしっかり赤い封蝋で留められていた。
「お〜それっぽい」
そっと優しく、せっかくのデザインが壊れないように開封し、封筒と揃いの手紙と招待状を確認した。
「式は半年後。仕事しながら、席次表とか引き出物の準備もあるから忙しいったらねぇよ」
「あはは。まぁ頑張れよ、俺お前の晴れの日楽しみにしとくわ」
「おう! 飯は保証する。俺の彼女が綺麗すぎて腰抜かすなよ!!」
幸せそうに笑う友達の姿に目を細めて、佐野はまたビールを喉に流し込んだ。
カランカラン……
また、流木の重なる音が店内に響いた。
「いらっしゃいませ」
近重の顔と声が友達から店主に変わる。
「あの、一人でも宜しいかしら?」
品のある艶めいた声が弱々しく尋ねる。
「ええ、もちろんですよ。お好きなお席にどうぞ」
「そう、ありがとう」
安堵したような柔らかな声を響かせて、女性が店内に入ってきた。
自然とそちらの方に視線を向ける二人は思わず固まる。
緩やかなウェーブがかった髪を揺らし、隠しているはずの緩やかな曲線が抜群のプロポーションを滲ませる。
作り物のように綺麗な顔で微笑んだ。
「お隣に座っても?」
ふわっと香る妖艶な甘い香り。
佐野は思わず自分の荷物を反対側の席に置き直す。
「も、もちろんです。どうぞ」
「ありがとう。お優しいのね」
佐野を映した大きな瞳がゆっくりと弧を描いた。
しっとりと座り、近重から柔らかな手がおしぼりを受け取る。
その仕草一つ一つに見入ってしまう佐野。
気付かれて目が合う。
「……? 何か?」
「あっ……いえ、すみません」
慌ててカウンターに向き直り、ビールを飲み干した。
「……何にしようかしら。マティーニ下さる?」
「ま……かなり強いですけど大丈夫ですか?」
「問題ないわ。強いものが飲みたい気分なの」
少しだけ表情に影を落とす。
その様子がやけに色っぽくて、佐野は目が離せない。
近重は香りの良いジンをグラスに注ぎ、ドライ・ベルモットを測って注ぐ。そこに凍らしておいたレモンピールを飾った。
ひんやりと上品で、シャープな味のする一杯を完成させた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ぽってりとした唇を薄く開き、マティーニを注いでいく。
半分ほど飲んでコースターに戻した。
「……美味しい。嫌な事も忘れさせてくれそうな味ね」
「な、何かあったんですか?」
佐野はつい、寂しけな様子の彼女に質問してしまった。
驚いた女性は佐野に視線を向ける。
佐野は自分の口から出た言葉に慌てて前を向いた。
「ええ、ちょっとね。……せっかく楽しい話をしていたのでしょうに、嫌な空気にしてしまってごめんなさいね、お二人のお話続けてくださる?私も楽しい雰囲気に浸りたいわ」
「あはは。大した話してませんよ、それに嫌な空気なんて滅相もない」
近重が首を振って軽く答えた。
佐野も愛想笑いをする。
「そーですよ。お気になさらず! 嫌な事があったなら酒に飲まれて忘れましょう!」
「優! お前のやけ酒の仕方進めんじゃねぇよ!」
「うるせぇな! 俺はやけ酒なんかしてない」
「してるだろ! いっつも」
テンポよく繰り広げられる二人の会話。
女性はその光景に目を細める。
「ふふ、お二人は仲がいいのね。気の置けない関係って羨ましいわ」
またマティーニを口に運んで、ため息をついた。
佐野は心配そうに口を開いた。
「……大丈夫っすか?」
「大丈夫、ではないわね。よし、私も今日はとことん飲むわ! お兄さん付き合ってくれる? ……ぷは! ジンライムくださいな!」
タン!
勢いよくマティーニを飲み干し、近重に次の注文をした女性。ブラックオリーブを軽く口に運んで佐野に微笑みかけた。
屈託のない笑顔で佐野は空いたグラスを持って返す。
「いいですよっ付き合います! 俺そんな強くないからハイボール!」
近重も楽しそうに二人からグラスを受け取って笑った。
「お前、いくらお姉さんが超絶美人だからって、もう乗り換えか? なんとか先輩はもういいのかよ。浮気者だなぁ〜」
「違う!! そんなんじゃねぇよ殺すぞ!?」
また始まる二人のじゃれ合いを横目に、女性の口元が歪に歪んでいくのを誰も見ていなかった。




