239話 個別面談と香水
238話が抜けていたのでアップし直しております。いきなりこの話に飛ぶので少し急に見えたと思います。すみません。
もし宜しければ、238話を補填して頂けたら幸いです。
小池や伊藤などが在籍する神崎のアプリ企画開発チーム、及び神崎と最近仲良くしすぎているとされる社員を1人ずつ呼び出し、面談を行っていく周。
周のデスクに呼び出される、特別面談。
前は後ろのガラス張りの部屋を使っていたが、周はコンプラを徹底的に意識し、一切使っていない。
プライバシーの観点から。
「……では、引き続き期待しております。伊藤さん」
「……はい。この度は自分の軽率な行動のせいで結城マネージャーの顔に泥を塗ってしまって大変申し訳ございませんでした。……なぜ気付かなかったんだろう。最低だ」
「……ご理解頂けたらいいですよ。人に関心を持つ事自体は悪いことではありませんから。……僕も経験ありますし、あまり気落ちしないでください。ただ、次からは業務外にして下さいね」
「お優しい言葉……痛み入ります。ちなみにあの、経験って……?」
「婚約者と、付き合う前に少しね。あ、他の会社の方ですし、僕は業務中にコンプラ違反などしていませんよ」
冗談を言って場の空気を和ませた。
ただ評価は覆さない。
それは社員の為でもある。
これ以上、この部署を腐らせる訳にはいかない。
だがこの程度で完全に修復するとも思っていない。
依然部署の雰囲気は悪いままだ。
(……ある程度は意識改革ができていればいいんだが。……さて。最後は)
ヒールをこれみよがしに鳴らし近付いてくる足音。
そして籠ったような甘ったるい匂い。
神崎だ。
「失礼します。お呼びでしょうか」
ブワッと鼻につく芳香。
思わずその強烈な匂いに周は顔をしかめそうになる。
一つ咳払いをして、微笑んだ周は、神崎に目の前の椅子へ座るよう促した。
堂々と主役でもあるかのように足を組んで座る神崎に、周の眉が少しだけ反応する。
「さて。神崎さん。先程のコンプラミーティングはいかがでしたか?」
「素晴らしい内容でした!結城マネージャーの有能さが滲み出ていたというか、こないだの会議の時も―――」
嬉々として話し出す神崎の言葉を止めるように柔らかな低い声が響く。
「……本当に、内容全てを把握されたんですね?」
一瞬止まる空気。
大きく見開く神崎の瞳を鋭い周の視線が縛り付けた。
「あ……えっと」
「素晴らしい。ご理解頂けているならそれでいい。……もう業務に戻っていただいて結構です」
滑らかに椅子を滑らせ
周はパソコンの方に戻ってしまった。
……たったの一分。
会話はそれだけ。
“早く立ち去れ”
あからさますぎる周の態度に、神崎は顔を歪める。
(な……何なの!? 何が言いたかったのよ!? ……あのコンプラミーティング、私が原因だったとでも言いたいの!?)
せっかく周をこれでもかと褒めて、いい気分にさせ株を上げようと思っていたのに。
何も上手くいかない。
周への直接的な手段は何も。
ここまで男の心に引っかからなかったのは初めてで、神崎からすれば到底理解出来なかった。
髪を払い腰を振るように戻っていく神崎に視線を向ける事なく、溜まっていた本社への報告書を片付ける事に専念する。
(……分かっているなら、コンプラをしっかり守って下さいね、神崎さん。まだうちの部署に居たければの話だけど)
そう、心の中で呟いた。
***
昼休憩を取る為に財布をカバンから出し、一度周のデスクを確認した。
いない。
探してもいいが……いや。
あまりしつこくすると男は離れてしまう。
今は近付き過ぎず、あの女の方から叩いて結城マネージャーの精神にダメージを与えるべき。
そう自分の気持ちに蓋をする。
神崎は3階のいちばん広い休憩スペースに向かった。
すると向かう途中、女子トイレの方から声が漏れていた。
「えー!? そうだったの? 私はてっきり……」
「そっかぁ。勘違いだったんだ……だよねぇ。あの結城マネージャーがあんなの選ぶわけないか」
(彼が何……?)
周の噂話のようだ。
神崎はスマホを弄るフリをして、入口の近くに立ち止まった。
聞こえてくるパウダールームからの声。
「私、結城マネージャーのご婚約者さんとお友達なんですが、本当にラブラブで! 優しいし美人だしカッコイイし。素敵な方です」
(あの声は……佐々木さん?)
高くて可愛いらしい声とその内容に、神崎は眉をひそめた。
「でもさ、もしかしたらその人が浮気相手で……って可能性も」
「ないないない! ないです!! すんごいですよ。結城マネージャーのベタ惚れ具合。誰かが入る隙なんて皆無だと思います!」
「……ふーん。でもなぁんだ、神崎さんも言ってたけど、本当に関係なかったんだ。たまたまか……」
「絶対匂わせだと思ったのにな。あの縦書きも偶然かぁ……」
「ですよ〜! 我が部署の猛毒の貴公子……もとい、あのコンプラの鬼がそんな真似すると思いますか?入社後、3桁もフッててきてるのに!?」
「……まぁ。そうだね。それは無いか」
「……たしかにね」
ギリ……
(……余計なマネを)
前からいけ好かないと思っていた、ぶりっ子女。
せっかく人が広げた噂を。
(まずいわね。あの女の方が女性社員の好感度は高い。もうあのSNSは使えないじゃない! せっかくユリシスの松井と繋がれたのに。これ以上続けたら私の方が嫌な噂に塗れてしまうわ)
思考を巡らせ、大勢が待つエレベーターの前に向かう。
せっかく直した人差し指の爪がまたガタガタになり始めていた。
ドアが開き、人々が一切にエレベーターに入る。
その勢いに押され奥に追いやられた神崎。
据えた汗の臭い、化粧品の匂い、生乾きの臭い。
その不快な臭いの中に、ほのかに立ち上るアンバー。
誰かがバランスを崩し、押された神崎が背後の人にぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい」
「いえ、お怪我は?」
その柔らかな声。
見上げると周だった。
穏やかに降りる視線。
目が合った瞬間。
思わず……ときめく胸。
「だっ……大丈夫です」
つい、柄にもなく視線を逸らしてしまった。
(私ったら何を今更意識しているの……)
何年も前から欲しかった男。
狙って動いていたはず
それなのに。
高鳴り、止められない鼓動。
そのせいで、余計に彼が欲しくなってしまった。
今こんなことやるべきではないのに。
先程の計画の頓挫と、芽生えてしまった新しい感情が、神崎をつき動かす。
さりげなくポケットから取り出し、押す。
プシュ
すぐ後ろにいる周の足に向けて液体をかけた。
気付かれないように。
周へは目を向けず、暴れる心臓を必死で抑え平然とアトマイザー戻す。
こんな不確実で直接的な手。
効果はないかもしれないのに。
それでも僅かな可能性にかけた。
少しでもあの女が不安になるように。
(……SNSはもう諦めるわ。さっき小池から手に入れた動画を使って……最後の手にでるしかないわね)
「お疲れ様です」
周に頭を下げてエレベーターを先に降りる神崎は、いつもとは違う、鋭い眼光で休憩スペースに向かった。




