237話 小さじ1のスパダリとシャトーブリアン
「本当にいいの? 松井さん」
「もちろんですよ。結城さん! 澪桜先輩の為ですから!! むしろ私に任せてください!! 山本さん経由で写真は更新される度にお渡しします!」
ステーキを幸せそうに頬張りながら、松井は自信満々に言う。
「更新される度って、大変じゃない?」
周が申し訳なさそうに眉を下げた。
澪桜も周と同じような表情を浮かべる。
「……沙也加ちゃん。私の為を思ってくれる気持ちは嬉しいよ。でもそれでは負担かけてしまうから、無理しないで」
「とんでもなーーーい! こういう虚言匂わせクソ女はさっさと撲滅するべきです! そのためなら、がんがんスクショしますよぉ! おのれ待っていろ乞食女が!!(人の彼氏を狙うから)」
覇気を感じる程の物凄い気合と、周並に悪いお口。
澪桜と周は何となくその言葉に背景を察した。
同情とありがとう、という複雑な表情で見守る。
そこに、空気の読めない男が口を挟んだ。
「……え? 松井お前、過去になんかあったの? 寝盗られたとかか?」
バシッ!!!
「痛ってえ!!」
隣の松井に激しく肩を叩かれ、フォークで持ち上げたステーキが皿の上に落ちて空を噛む。
……かっこ悪い。
「……今のは山本が悪い」
「そうだね、ノンデリです山本さん。いずれ訴えられますよ?」
うんうんと、周と澪桜が揃って頷いた。
思いっきり噛んだせいで歯が鳴った山本は顎を擦りながら松井を指さして眉を動かす。
「何でだよ。上司を叩くこいつの方がノンデリだろ?」
「今はオフ! 無礼講だから問題ないんです!」
「お前が言うな! それは本来俺が言うセリフなんだよ!!」
いつも通り騒がしいやり取りを繰り返す松井と山本。
久しぶりに集まった四人は仲良く並んで食事を楽しむ。
鈍い銀色の広い鉄板の向こうにいる、長い帽子のシェフ。
フランベしながらまた新たに肉を焼いていた。
澪桜は柔らかなステーキを口に運び、花開くような笑みを浮かべて周に話しかけた。
「しゃとーぶりあんという肉は美味しいねぇ!! 柔らかい! 周さん、ここにまた連れてきてほしい! 次は私が奢るよ」
「……そうだね、食べたくなったらいつでも言って? また連れてきてあげる。でもね澪桜、奢るのは俺の楽しみなの。だからそれはダメ」
後れ毛を耳にかけながら周は甘く囁く。
「おお!周さんがまた私を甘やかす!アレだねぇ?どこぞのボインちゃんにもそうやって優しくするから群がるわけだね!?そう、*正の走光性のように!」光に集まる虫のこと
「また何言ってんの。俺がそんな事する人間だと思う? 何より……俺の気持ちと好みは澪桜が一番分かってるクセに。これ以上溺れさせてどうする気なの?」
二人のはちみつのような雰囲気に当てられた松井は、嘆きながら頬張った。
「ぐぅぅぅ! 甘いいいいいいい!スパダリ羨ましい!! 私もあんな彼氏欲しい!!」
松井の欲しい言葉を与えようと、山本はフッと笑いながら周を真似て囁く。
「……松井、牛丼大盛りなら、いくらでも食べていいぜ」
一瞬の間。
そして全力の否定。
「……ない。ないない、山本さん、ないないない。牛丼好きですけど、それはない!」
ブンブンと音が聞こえてきそうなほど、松井は思いっきり手を振った。
「何でだよ! お前この間俺が連れてったら、めちゃくちゃ美味い、毎日食いたいって言ってただろうが!」
二人の痴話喧嘩のようなやり取りに、目を見開いた澪桜が口を開いた。
「……知らなかった。二人は付き合って――」
「「ない!!!」」
「おお、シンクロ」
パチパチと手を叩く澪桜の前にカットされたステーキが差し出された。
レアに仕上がった上質な肉にまた舌鼓を打つ澪桜。
「美味しい?」
「うん! 美味しいねぇ! ああ、幸せだねぇこんなに良い肉を見るとアレだねぇ……狂ぎゅむぐっ!!……美味しい!」
「ふふ。沢山食べてね」
何かを言いかける澪桜の口に慣れた手つきで肉を詰め込み、穏やかな表情で眺める周に、山本は目を向けてため息をついた。
美味しそうに肉を頬張っている松井へと、自然に視線を滑らせる。必死に食べているせいか松井の頬が微かに汚れていた。
「ったく、頬に塩ついてんぞ。どう食ったら頬に付くんだよ。……美味いか?そんなに気に入ったなら今度は給料日な。それでいいなら連れてきてやるよ」
松井の頬に付いた塩を払いながら山本は柔らかく微笑んだ。
思わず肉を喉に詰まらせる松井。
「んぐっ!? ……ごほっゲホッゲホッ!!!!」
「おいおい、大丈夫か?……ったく、そんな頬張って食うから。急いで食わなくてもお前の肉なんか取って食ったりしねぇよ」
軽い力で背中を叩く。
「ちっちが……バカにしないでくださっゴホッ!! ……何か幻覚が見えた気が……? いや、そんなハズはないこれは気の迷いだ!!」
耳や頬が一気に紅潮する松井、誤魔化すように水を飲んだ。
「……お? ……やっと俺のジャブが効いてきたか?」
「効いてません!! 山本さんのアホぉ」
ニヤニヤと口元を緩めながら松井を覗き込む山本。何とも言い難いイラつきが押し寄せ、顔が熱くなった松井は山本の足を何度も蹴った。
「そおいえば周さんに山本さん」
澪桜がフォークを持ったまま何気なく横に並んで座る二人に視線を向ける。
「なぁに?澪桜♡」
「……何だよ」
「君たち、普通に戻ったんだねぇ?てっきりあれからずっと気にしてるのかと思ったよ。さすが親友だね☆」
イタズラにウインクした。
白目で。
「「…………うおええええええええええええええ」」
「止めてよ忘れてたのに!!」
「バカお前、松井の前で!!」
「え!?何の話ですか?!教えて澪桜先輩!」
この後再び、澪桜によってあの日のトラウマが呼び起こされ、松井が爆笑して死にそうになったという。
***
松井と山本をいつも通り送ったあと、静かな車内で澪桜は周のスマホをスワイプしていた。
先程の画像十数枚。
気まずい沈黙のなかで周は信号停止の度に澪桜へ視線を向ける。
真剣にスワイプしたり、ピンチアウトしたり。
呼び出された理由は説明したし、山本も松井も勘違いだと必死に説明していた。
『そりゃ災難だったねぇ』
そう、笑って澪桜は軽く流した。
(だけど……)
「……ごめん。やっぱ信じられないよね」
低く落ちたトーンで周は呟いた。
「んー?そうじゃないよ。なんかこの人、めちゃくちゃ周さんが好きなんだなぁって。顔は見えないけど」
「ええ? 違うでしょ。やめてよ気持ち悪い」
「でもだって、こんなドラマみたいな匂わせ初めて見たよ!?」
「流石に俺もこんな知らない所で事実無根な匂わせされたのは初めてだからさ……。悪質な嫌がらせだよ。正直今すぐ見つけ出して捻り潰したいよね」
「捻って潰すのかい!?」
思わず運転する周の顔を二度見した。
平然とした表情と滑らかな手つきでハンドルを操作している。
「……多分うちの社員なんだろうけど、開示請求をしてたっぷりお礼を言わないとね♡ もしこれが原因で澪桜から別れ切り出される様なことになったら俺、マジで何するか分からないよね♡」
「うん! 怖い!! 周さん目が笑ってない!! そして倫理観と法に触れることは――」
「それは澪桜が別れないで居てくれることが前提の約束だから。フラれたら無効だよ♡」
「フラないよ!! 浮気された訳でもないのに」
「……ほんとにぃ?」
「本当だって!!ったくもう。心配しなくても信じてるから安心しなよ。ただ手が込んでるなって思って見てただけだよ。まあ少しヤキモチ妬いた部分はあるけどね」
「……澪桜を不快に……やっぱり、Gはちゃんと見つけ出して駆除――」
「周さん!!」
犬を叱りつけるように澪桜は声を荒らげた。
即反省して縮こまる周。
だがすぐに何かを閃く。
「うう。……あ、澪桜、俺いい事考えた」
「? なんだい?」
「家にペットカメラを沢山置こう! 仕事中、もし俺の事気になったらいつでも確認して♡ 後でネットで買っとこ〜死角を無くすように10台はいるよね!?」
こうなると何を言ってももう周は止まらない。
「……狂気が凄い」
ネオンが輝く夜景に目を向け、澪桜は独特の語彙を呟いた。




