236話 周の誤解の解き方
山本が追加注文したアイスティーを受け取り、ストローを刺しながら周は思考していた。
「おい周、何難しい顔してんだ?……ははーん? さてはお前、本当は――」
「どうしようかな……リモートだから大したアリバイはないし、スマホ見せてもいいけど、社用メールは極秘だから見せられないし。こんなことならペットカメラでも仕込むべきだったか……」
「え? 結城さん……」
松井の視線に気づいた周は、思いついたと言うようにポケットからスマホを取りだした。
「そうだ松井さん、俺のクレカ履歴でも見る? もし本当にその写真にある店に行ってデートしてるなら、流石に俺が払ってるだろうし。……現在俺が契約してるカードは全部で4枚。それぞれアプリに連携してるから履歴は見れるよ? 写真全てを照らし合わせてみよう」
さっさとロックを解除し、松井の画像に記載されてる日付と照らし合わせていった。
……1つ目、家賃や公共料金、駐車場代に共益費。
2つ目、スマホ代、ガソリン代、スーパーや薬局の支払い。
3つ目、ETC、通信回線費、サブスク、ネット注文品、クラウドサービス料……
4つ目、タクシー代、化粧品、衣服代。
どのカードにも画像に該当するような店の飲食代も、ホテル代も含まれていなかった。
だが周の顔は曇ったまま。
「……でもこれじゃ、現金払いの可能性があるから、証拠としては弱いか……うーん。じゃあLINU見る? ついでに通話履歴もみていいけど」
LINUを開いてアカウントをみせる。
女性は澪桜と母親のみ。
通話履歴は澪桜と職場のみ。
ブロックや非表示はゼロ。
出来る限り松井の誤解を溶かすために思考を続ける。
まだ涙が止まらない松井に、周は店員から受け取ったおしぼりを渡した。
「……あと出来ること……あ、そうだ。今から二人とも俺の家に来る? パソコンのスクリーンタイムと出退勤ログイン履歴だけなら見せられるよ……それでも全て開示するのは仕事の関係があるから無理なんだよな……他に出来る事は……」
「……どっどうして、そこまで出来るんですか!?」
周の思考と、画面を開示しながらスマホを操る手を、か細い声が止めた。
松井は涙を拭いながら、混乱した心のままに質問する。
今まで出会ってきた、どの男とも違う反応の周が分からなさすぎて。
一瞬目を見開いた周は、俯いたままの松井へ、子供に向けるような笑みを浮かべて口を開いた。
「どうしてって、当然でしょう? 松井さんが俺を疑ったまま傷付けば、それを知った澪桜が悲しむ。俺は澪桜が大切にしている人は可能な限り大切にしたい。……でもごめんね? この程度では疑いを消せないね」
どこまでも誠実な周の対応に言葉を失う。
抜き打ちで呼び出し、動揺する周に白状させて説得しようとしたのに、何一つ当てはまらない写真とクレカ履歴。
そして、さっき見た待ち受けの澪桜。
その全てが――
「はい。一応、これが出退勤ね。今スマホに落とした。その写真の日時と照らしあわせてみて? でもこれ位置情報ログとか無いからな……」
(失礼な事をしている自覚はある。澪桜先輩の恋愛に首を突っ込んでいるのだから。それでも助けたかった。でもきっと、結城さんは無実……)
松井の心を後悔と罪悪感が埋めつくしていった。
彼女の視線に気づいた周が、申し訳なさそうに眉を下げて見守る。
その表情に酷く胸を締め付けられた松井は、また肩を揺らして、深く頭を下げた。
「……結城さん。なんの根拠もないのに、たかがこの程度の写真だけで……疑って、暴言まで浴びせてしまって本当に……ごめんなさい。何とお詫びしたらいいか」
震える声。
再び涙が頬を伝う。
今度は苦しさからではなく、自責の念と安堵から。
「おい。松井、泣くな」
「松井さん。顔を上げて?」
優しい、深い声。
ゆっくりと顔を上げた松井に、周は柔らかく笑みを深めた。
「泣かないで? 怒ってないから」
長いまつ毛を揺らしながら。
久しぶりに目の当たりにした……
いや、初めて微笑みかけられたその破壊力に、松井の頭の中は真っ白になって、
今までのやり取り全てが吹っ飛んだ。
「ぐっはぁぁぁぁ!! や……山本さ……ん。やばいです、私また結城さんに落と……」
「き、気を確かに、しっかりするんだ!! ほら、俺を見ろ! こんなヤツよりいい男がここにいるぞ!?」
松井の肩をガクガク揺らし、渾身のキメ顔で山本は懸命にアピールした。
松井が薄目で山本を眺める。
「ぐふぅ……そ、そうでも……ない」
松井、こんな時も辛辣。
「やめろぉ傷付くだろうが!!! 周、お前この野郎!! どこでもここでも簡単に女落とすな! どうしてくれるんだ!? この天然女磁石がぁぁぁ!!」
周を視界に入れさせない為に必死でガードして、瀕死の松井を守る。
「え? だってアリバイ……」
「うるせぇ! もう疑いは晴れたんだよ! というか他人にここまで開示してくる奴がいるかぁ! ぼけぇ!!」
「何でだよ、誠実に対応しただけなのに理不尽すぎる。今日は特に失礼だな山本のクソ」
納得がいかない周は一言だけ毒をついた。
松井を完全にガードしながら山本も噛み付く。
「誰がクソだ誰が! いつまでもグチグチ言ってねぇでさっさと安達呼べ!! 肉食いに行くぞ! シャトーブリアンを!!」
「や、山本さん。いきなり呼びつけた挙句、それはちょっと」
いつものテンションでガサツに命令する山本。
申し訳なさそうにそれを止める松井。
二人の絶妙に近付いた距離感を眺めながら残りのアイスティーを飲み干した。
グラスをテーブルに置き、周はスマホに目を落とす。
「……いきなり肉ってお前、相変わらず唐突だな。まぁ澪桜も好きだし、全然いいけど。あ、念の為言っとくけど、山本に気分を害してるから、お前だけは絶対に奢らないからな? 高いだの何だの泣きつくなよ?」
「誰が奢れとか言ったんだよ! 肉食う金くらいあるわ!」
「……"俺に重課金しろ"とか宣のたまってたのはどこのどいつだよ。勘違いで人を猿呼ばわりしやがって。猿はお前だろうが」
「それいつの話だよ! そして猿って言ったことずっと根に持つなぁお前は! あーもー悪かったって! すんませんでした!」
「うわ、山本さん、社会人として謝り方までダサい。しかも結城さんのお金宛にしてたんですか? パチンカスすぎる やば」
「松井! お前笑ってんじゃねぇぞ! あんなこの世の終わりみたいな顔で、あたかも事実のように相談してきやがって! それ信じたせいで今こうなってんだぞ!? 俺可哀想!」
「そんな顔してません!! そして物凄く反省してます! 結城さん、本当ごめんなさい!」
「いいって、別に謝らなくても。ちゃんと誤解が解けて良かった。……それより早く澪桜に連絡して迎えに行かないと。きっとお腹空かせて待ってるから。……あ、でも澪桜に嘘ついた責任は山本、お前が取れよ」
「な、何で俺が!?」
慌てる山本を他所に、すぐに澪桜へ連絡する。
二人を連れて澪桜を迎えに行く途中、
周は後部座席の松井に話しかけた。
「あ、松井さんさっきのアカウント、山本経由で送っておいてくれないかな?写真はエアドロで共有させて欲しい」
「分かりました!!」
「……ありがとう。助かるよ」
「全然! 結城さん、この写真で何かする気ですか?」
「いや? 何もしないよ。……まだね」
ルームミラー越しに松井と目が合った周は、悪魔のような妖しい笑みを浮かべた。
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