235話 浮気疑惑と周の狂気
また長くなってしまった……。
いつもすみません。
この度もどうかよろしくお願いいたします。
目の前の汗をかき始めるアイスティーで軽く喉を潤した。
ワナワナと肩を震わせる松井、何故こんなに怒っているのか全く見当もつかない周は、素知らぬ顔で乾いた身体に染み渡る冷たい感覚を楽しんだ。
(というか、申し訳ないが澪桜以外に興味はない。だから怒らせたところで、別に何とも思わないんだよな。理由も知りたくないし)
香りの良いアイスティー。
病み上がりの喉にも優しく、気に入った周はもう一杯頼もうと一気に飲んでいた。
「なんでそんな余裕でいられるんですか!? 澪桜先輩の事、本当は遊びだからですか!?」
「ぶほぉ!?」
余裕、すぐ消えた。
「あははははは! 図星かお前!」
「げっほっ!ゲホゲホ!!……あ、遊び!?どういう意ゴホッ!」
陸で溺れる周。
一人パニックに陥る。
だが松井は容赦なく続けた。
「そのままの意味です!本命の婚約者がいるのに、よくも!! よくも!!」
「いやぁ、俺もお前はてっきり3年前から安達にゾッコン片思いだと思ってたから正直ガッカリだよ。まさかあの安達で遊ぶとはなぁ。この外道が!! 猿!!」
「そうです!! 外道! 極めロマンス詐欺師!!」
身に覚えの罵倒。
極めってなんだ。極めって。
まるでロマンス詐欺1本で飯を食ってるような物言い。
一会社員として、ちゃんと過重労働でハゲそうだというのに。
(俺は澪桜にロマンス詐欺されて、破産して巨額の借金と共に、人生詰んでもいいくらいに貢ぎたいのに何を言ってる)
何度『君に貢がさせてほしい』と打診しても澪桜からストップをかけられている周。
毎日の150万円送金すら最近は譲歩して週1に留めている。
そして何故か高みの見物と言わんばかりに勝ち誇り、調子に乗る山本に無性に腹が立った。
呼吸を整える為に、もう一度アイスティーに手を伸ばし、今度はちゃんと嚥下する。
突き刺すような視線。
そして僅かな好奇心と同情心、微かな幻滅を帯びた視線。
その二つに晒されながらも、現状が一向に理解出来ない周は、ゆっくりと息を吐いて二人に向き直った。
「一体何を言っているのか分からないし、そんな風に罵られる覚えは無い。そもそも真剣に交際する事しか術を知らないのに。遊びって何?」
切長の緩やかに弧を描く瞳が鋭く松井を捕える。
一瞬怯むが必死で言い返す。
「ぐっ!! 壮絶なイケメンの癖に、ここまで言っても自白せず、遊び方を知らないキャラで貫こうというんですね……それならば仕方ない、これを見てください!」
周の前に差し出す、スマホ。
とあるSNSの画像が写っている。
それは、女性の手。
『彼からの贈り物、私の世界一の宝物。これからたくさん思い出作ろうね。#愛され女子 #婚約指輪 #幸せのおすそ分け』
「これが何?」
周は自分の薬指を見る。
確かに似たような指輪。
でもこれはただのファッションリング。
大量生産物ではないが、オーダーメイドでもないから、付けている奴がいても不思議はない。
「結城さんとお揃いの指輪、クレストリンクで働いているっぽい女性の鍵アカです。最近何故かフォローされたんですよ。そしたら出るわ出るわ。澪桜先輩にあげた指輪、本当はこの人にもあげてたんですね!!」
「……こんな既製品、ただの既製品。俺以外が買っててもおかしくないと思うけど。何を無理やりこじつけようとしてるんです? 意味が分からない」
「じゃあ、これは!? これでも言い逃れできますか!?」
次の画像、
そこにはピンぼけした、周に似た髪色の人物が映るディナーの風景。
意味の分からない書き込み。
『あいしてる。
また二人でここに来れてうれしい。
ねぇ、覚えてる?
スープ、美味しくてテンション上がったよね。
キレイな景色と貴方が最高のご褒美だよ
#ディナーデート #最愛の彼と #フレンチfleur銀座店』
「……この薄ら寒いポエムが何です?」
更に冷えていく低い声。
松井は微かに震える指で、画面を指す。
「これ、縦読みしてください」
(あ・ま・ね・ス・キ)
「……何だこれ。ダサ」
自分だって過去に縦読みした事ある癖に、周は素知らぬ顔で平然とツッコんだ。
「あははは。お前も往生際悪りいなぁ。さっさと認めろ。安達には一緒に土下座して謝ってやるから。ワンチャン許してくれるかも知れねぇだろ?」
山本は半ば憐れむように諭す。
上から目線で同情される感じが余計に腹が立った。
「……さっきから黙って聞いてれば、調子に乗りやがって。お前と一緒にすんな、この歩く下半身」
「だっ誰が歩く下半身だ!? てめ」
「山本さん、うるさい。じゃあ、この写真は?結城さんの車ですよね!? 言い逃れできますか?」
会社の駐車場に停めている周の車の写真。
そこには
『今から彼の車でドライブデート♡ その後はホテルで……♡ たくさん愛し合おうねダーリン★ #ときめく今どきOL』
と書かれていた。
「これだけじゃないんですよ? ほかにもほら! いい加減認めてください!!」
大量のスクショ。
全て確認していく。
手を繋ぐ指。
ベッドで見切れる腕時計と腕。
周のお気に入りのブランドのジャケットを着ている男性の後ろ姿。
証拠というには弱い。
だがそれでも……澪桜がもし知ったら。
傷付くには十分な内容の文面と写真の数々。
松井の言わんとする事は何となく分かった。
「お願いです! いい加減認めてください!! こんなの、澪桜先輩が可哀想すぎます。遊びなら別れてあげてください。違うならこの女と今すぐ別れてください! この事は絶対黙ってますから」
画面に落としていた周の視線がゆっくりと鋭さを失っていく。
目の前の松井に目を向けると、強張った表情のまま、微かに肩が揺れていた。
(……純粋に、澪桜を守ろうとしているのか)
ただの職場の後輩でありながら、澪桜の為に周へ噛みつき必死で認めさせようとしている松井。
誤解され、睨みつけられている現状で、それでも周はゆっくりと心に熱が戻っていくのを感じていた。
「まず、順番に説明させて。松井さん、この写真確認してほしい」
先程とは違い、周は柔らかな低い声で話しかける。
松井が見せた写真と同じアングルになるように、自身の長くて白い指を動かした。
彫刻のようにしなやかに真似る。
「……ほら見て、俺の手は体毛目立たないし、ここまで節はゴツくない。それにこの腕時計も違う。俺のは数字入ってないから」
「でもっ……でも!!」
松井にそっと、静かにスマホを返す。
不安や悲しみが混ざったような松井の引き攣った顔に、周はつい眉を下げた。
震えながらも必死に食ってかかる彼女に対して、慈しみと感謝の気持ちが溢れてしまう。
優しく目を細めて微笑んだ。
澪桜に向けるような、柔らかな低い声が響く。
「澪桜を想って、澪桜を傷付けない為に内緒で俺を呼び出したんですね? 松井さんは」
「っ! ……そ、そうです!! だから――」
「ありがとう。俺の澪桜をこんなに大切にしてくれて」
フワッと目を細め、切長な瞳が、唇が柔らかく弧を描く。
穏やかで美しい笑顔。
心から幸せそうに微笑む周に、今まで彼を糾弾していたはずの二人は言葉を失う。
深く深く、感謝の気持ちを伝える為に周は頭を下げた。
松井は目の前の信じられない光景に目を見開く。
肩の揺れが少しずつ大きくなり唇を震わせて、とうとう泣き出してしまった。
浮気した男がする行動だとしたら、周の行動はあまりにも残酷だから。
「そう……思うならなんで!? どうして!? 浮気なんかするんですか!? 澪桜先輩がいるのに、なんで他の人とこんな酷いことっ」
「おいおい周! ……ったく、松井を泣かすなよ」
優しく松井の頭を撫でる山本、周は首を振った。
「悪い、泣かせるつもりは無かったんだが。松井さん、ごめんなさい。……でも俺、本当に浮気なんて一切していないんだ。そんな愚かな真似をするくらいなら死を選ぶし」
「え……死?」
至って真面目に、というかそれが当たり前と言うように、怖いことを平然と言う周。
一瞬固まった二人を放置し、更に続ける。
「いや、ただの死では足りないな。ごめん、撤回するよ……そんな愚かな真似をするくらいなら、自ら眼を抉り、耳を削いで舌を抜き、最後に四肢を切断する。そして俺は永遠に澪桜だけを思い、ゆっくりと地獄に堕ちて逝ける。……うん、素晴らしい」
「俺は最近、お前の言動に恐怖を覚えるときがあるぞ……」
山本は顔色を真っ青に染めて、呟いた。




