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社会不適合者の恋愛論~変人に恋は難しい~  作者: 澄泉
女郎蜘蛛編 〜動き出す蜘蛛〜
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231話 ある朝の出来事

前話、230話の冒頭、アップロードのタイミングで抜けておりました。

会議の翌週、リモートワーク中に周が風邪を引いたお話です。


昨日慌てて直しましたが既に30PV程後だったので……こちらに追記です。

すみません。

今日も前書き遅れてしまったので明日まで追記させていただきます!


申し訳ないです。

 


 週明け、月曜日


 PCR検査も陰性だった澪桜、普段通りメイクを済ませ玄関に向かう。


 パンプスの踵を確認してバッグを手に取り、玄関先で振り返る。


 ゴホッゴホッと重い咳をする周が肩で息をしながら澪桜を寂しそうに見つめた。



「じゃあ、行ってくるよ」


「み……澪桜ゴホッゴホッ! ……ヒューヒュー」


「無理に話さなくていいって。熱と鼻は治ったのに、咳が酷いままだねぇ」


「送……送るからゲホッゲホゲホッ!! ……車でっゴホ!!!」


「あーもー! いいって。そんな肩で息して咳する度に身体が激しく揺れる状況でどうやって運転する気なんだよ」


「なるべくっ……息しなければ咳でないゴホッゴホッ!!」


「やめろぉ!!! 狂気的な優しさを向けてくるな!!」


「だって……ゴッホぉ!!!」


 咳が止まらない周は、肩を揺らして苦しそうにマスクの上から手で押さえる。


 こんな時でもエチケットを守る男。

 澪桜に飛沫をかけたくないらしい。


 今更なのに。



「じゃあ、もう本当に行くね! 歩いていくから少しかかるし」


「せめて……タクシー使って。歩きはだめだ……よ」


 頑張って咳を堪え、必死に代案を立てる。だが澪桜は首を振った。



「帰りは乗るよ。あんま便利な生活してると太るからね。たまには歩かないと。朝日を浴びてセロトニン生成したいし」


「……うう、くれぐれも気を、つけて……変な人、いたらすぐコンビニに……」


「大袈裟なんだよ君は……たかが徒歩10分程度しかかからない距離を」


「10分も! だよ……ああ、心配だ。ゴホッゴホッ!!!」



「過保護が過ぎる。大丈夫だから、咳止めシロップ飲んでおきなよ?じゃあ、行ってくるから」



「ちゃんと飲むよ……行ってらっしゃい……ゴホッゴホッ……くれぐれも気を、つけて……」


 エレベーターまでついてくる過保護ぶり。

 さっさと家に入れと言いながら手を振った。



 11階に置き去りにされた周の寂しそうな顔がエレベーターのガラス越しに上へ上がっていく。


 下階に降りながら溜息をついた。


「……ったく。私を子供とでも思ってるのか周さんは……」


 過保護になった理由は分かる。

 あの事件があったせいで彼も変わってしまったから。

 より安全な所へ囲おうとする意識が高まったんだろう。


(だからって大袈裟すぎる……だって朝だよ? 何が起きるというんだい)


 澪桜も、あれから夜は独りでコンビニに行ったりなどは出来なくなっていた。


 だが朝や昼は問題ない。



 先程の、瞳を潤ませた周を思い出して眉を下げた。

 だが口元は少しだけ綻んでしまう。

 緩む唇を手で押さえた。


 周の感情は人からすれば息苦しい、ドン引きするほど重いモノなのだろう。


 コラムや動画から色んな知識を得た今の澪桜は、世間一般の感覚を知ったからよく分かる。

 周のあれは……


 “執着”や”依存”


 そう呼ばれるものだって。

 でも……


(私には周さんからの愛しか感じない。……この考えってやはりおかしいのか?)


「世論は世論。私たちが幸せならそれでいいか。周さんは人畜無害だし……キレない限り」



 そうエレベーター内で一人考えをまとめた。


 静かに開く扉。


 いつも通り、ダークトーンのラグジュアリーなエントランスを抜けて外に出た。


 まだ蒸し暑さの残る外気。

 10月に入ったからといってさほど下がらない気温。


 眩しい太陽に視界を細め、なるべく街路樹の影の下を歩く。


 コツコツと、ヒールを鳴らし広めの歩幅で颯爽と歩く澪桜は凛としていて涼しげだ。


 規則正しく揺れる、一纏めにされた黒髪が光を浴びて多色に輝く。


 信号を渡り、周の会社と反対方向の道に曲がろうとした時。


 ドン!!!


 後ろから衝撃を感じた。

 思わずよろけ、鞄を手放す。


「ごっ……ごめんなさい。大丈夫ですか!?」


 とても甘く、色気のある声が澪桜の耳を過ぎる。


 辛うじてコケなかった澪桜は鞄を取ろうとしたが、すかさず声の主が拾い、汚れを払ってくれた。


「いえ、ありがとうございます」


 鞄を受け取り、ゆっくりと視線を上げる。

 澪桜は目を見開いた。


 少し眉を下げ申し訳なさそうに微笑む女性。


 小柄でグラマラスと言うしかない、完璧なプロポーション。

 そして女優並の美しい、人形のように整った顔。

 こぼれ落ちそうな程の大きな瞳が澪桜を見つめる。


「本当にごめんなさい、急いでいたもので」


「いやいや、こちらこそ、ボケっと歩いていたせいで気づかなくてすみません」



「……お怪我は無かっ――キャッ」


 澪桜が怪我をしてないか確認しようとした女性は、小脇に抱えていた封筒を落としてしまった。


 バサッ!!


 アスファルトに落ちてバラける書類。

 封はしていなかったようだ。


 すかさず拾おうとする澪桜。


  「ああ、もう。私ったら……本当にごめんなさい!」


「おやおや、大変だ。それに怪我なんかしてないからお気になさらず……拾いますよ」


「そんな! 大丈夫ですから!!」


 困惑する女性を他所に、澪桜は当たり前のようにしゃがんでバラけた書類を手に取る。


 書類に並ぶ文字を無意識に目で追ってしまった。

 そこには”新規事業開発部 アプリ企画案 ”という文字が書いてあった。


(……周さんが今抱えてる主な案件と、似たような案件だなぁ)


 タイムリーだと思ったが、盗み見は良くないと反省して視線を外した。

 全て元に戻してから女性に向けて微笑み、封筒を渡す。


 その書類を受け取る小柄で柔らかそうな、白い手。

 特にネイルが見事だった。


 女性はまるでバラのような美しい笑みを浮かべ、澪桜にお礼を言う。


「ご親切にありがとうございました。先程は本当にごめんなさい、お怪我がなくて良かったです」


「いえ、書類破れてなくて良かった。それでは」


 頭を下げて立ち去ろうとする澪桜。

 間近な彼女から、ふわっと舞う甘ったるい風が鼻につく。

 グルマン系の香りの強い香水。


 顔には出さない程度に眉をひそめながら、澪桜はその場を離れていく。


「神崎さん!! おはようございます! 奇遇ですね」


 ビクッ!!

 声のボリュームにびっくりした澪桜が振り返ると、先程の女性に向かって男性が歩み寄る。


「おはようございます。小池さんも、ご自宅こちらの方なの?」


「実は最近引っ越して。はは」


「……そうなんですね。ふふ」


 必死に話しかける男性。

 それを軽くいなし、余裕のある笑みを浮かべる。


 色気を纏い、澪桜とは反対方向を歩いていく女性の後ろ姿に大人の女だなぁと感心した。


 未だに澪桜のまわりを強めの残り香。彼女は綺麗な人だったが……。


 薄く口を開き、一言だけ言葉を漏らす。


「バニラと……ジャスミンが強すぎる」


 そんなの、余計なお世話か。と自重して眉を下げた澪桜は、スマホで時間を気にしながらその場を後にした。


 職場の100mほど手前の信号で引っかかる。

 スマホを確認したが、まだ10分ほど余裕がありそうなのでそんなにもう焦りはしない。


 だが、ここの信号はとても長い。


 青に変わるまでの空虚ともいえる時間。


 つい、先程の事を反芻する。

 思い出すつもりも無かったのに―――


 緩やかなウェーブがかったセミロングの艶やかな髪。

 人形のように美しい女性。

 あんな、2次元から飛び出たような絶世の美女を見たのは初めてだった。


 自分とは住む世界が違う、そんな人。


 周と出会った時に感じた感覚に似ていた。


 落としたあの書類。


 周と同じ名前の部署、同じような企画……。



 そしてなにより……



 信号が青になり、人々が歩きだす。

 澪桜も流れにそって歩き始めたが、もう回想は止められない。


 つい、見てしまった封筒の社名。


 “Crest Link Japan, Inc.”


 よりによって、周の部下にあんな綺麗な人がいるとは思っていなかった澪桜。


 嫉妬など男性から一番嫌われる行為だとコラムにもあった。

 問い詰めればヤンデレやメンヘラ認定されたり、酷い時は浮気をされ捨てられるというのも読んだ。


 だけど……。


 堂々巡りする思考。

 

 確定でもないのに、モヤモヤが広がり、人生一番の不快感が澪桜を襲う。


「しかも周さんの好きな瓢箪体型だった!! 神崎さんとやら、周さんの企画チームなのかいいいいいいい!? 気になるゥゥゥゥゥゥ!! だが聞けないいいいいい!!! だが聞きたいいいいいい!!!」


 あらぬ疑いと性的志向を改ざんされた可哀想な周。


 モヤモヤがピークに達した澪桜は人目もはばからず、ユリシスのエントランス前でせっかくセットした髪を掻きむしってボサボサにした。




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