229話 絡み始める糸
会議が終わり、フロアを歩きながら会話をする神崎チーム。
「今回は残念だったけど、岡本VPも評価してくれていたし。結城マネージャーも言い方はキツイけど改善点を上げてくれていたし、相談すればきっと新たに期間を設けさせてくれると思うよ」
優しく伊藤が神崎に話しかけた。
寂しそうに笑顔を作って返す。
「……そうですね。落ち込んでばかりいられないですよね」
神崎のプライドは今回の会議でズタズタにされた。
上層部からの期待も。
周へのアピールも。
田辺への仕返しも。
何もかも失敗に終わり、評価すら下がってしまったのだから。
心から慰めようとする伊藤には分からないように、奥歯を噛み締めた。
盗用したのはこちら側だ。
あんなにすごいアプリを見せられた後に、一体何を捻りだせと言うのだろうかと、苛立った。
だが何も知らないチームには、口が裂けても言えない。
「そうだよ! ベースはいいって言って貰えたんだ。神崎さんのアイデアならきっと大丈夫! もう一度練り直していこう」
司会をしていた男性、小池が自信満々に言う様が余計に神崎の神経を逆撫でする。
企画ミーティングが始まった頃からリーダーぶって、カンファレンスの日にちまで勝手に決め、任せておけとあれだけ豪語していた張本人の癖にと喉まで出かかった。
(バカが何言ってんの! あのベースこそがババアのものなのよ!? しかも司会進行すらグダグダで何の役にも立たなかった癖に!!)
小太りで油っこい小池に目を細め、先程の周の姿と比較してしまう。
情けないくも醜い、ただの負け犬。
他の男達も似たようなものだと神崎は塵芥を見るように、白けた目で追った。
やはりそこら辺の男では敵わないと、改めて痛感し余計に乾く。
(しかもあの時の視線……)
一瞬冷や汗をかくほど鋭いものだった。
知っていて泳がしてるような。
掴めそうな距離にいるはずなのに何も掴めない。乾けば乾くほど遠くなる、幻のような男。
また静かに……欲が湧く。
ガリ
神崎は爪を噛んだ。
サロンに行ったばかりの美しい爪に微かな傷を残して――
「皆さん、カンファレンスお疲れ様でした」
背後から声がかかる。
あの柔らかくて魅力的な声が。
神崎が振り向くと、距離1m程後ろに周がいた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。先程は大変申し訳ございませんでした。信頼して神崎さんの企画を我々に任せて下さったのに」
伊藤が丁寧に周へ頭を下げる。
微笑んで首を振った。
「こちらこそ。少し質問が厳し過ぎたと反省しています。ただ、先程も言いましたがベースは良いので是非、もう一度方向性を見直してみてください」
「ありがとうございます! ……チーム一丸となって次こそ頑張ります」
やる気に満ちる伊藤に向けて穏やかに微笑む周。
ゆっくり頷いた。
「期待しています」
ただ、小池は違った。
少し嫌味な声を乗せて周に話しかけた。
「にしてもズルいです。なんであんな企画隠していたんですか? まして同じ日にプレゼンしなくてもいいのに」
小池に反応し、視線を向けた。
微かに困惑した表情を浮かべる。
「それは本当に申し訳ない。言い訳のしようもありませんね。……神崎さん」
「は、はい」
「すみません。似たようなアプリ企画を同じ日にプレゼンしてしまって。あなた方からしたら不快でしたよね。配慮が足りなかった」
「……いえ」
何も言い返せない。
こんな風に直球の会話を不意打ちさせると思ってなかった。
神崎は静かに俯いた。
「そうですよ! 結城マネージャー、あなたは前からむぐ!」
自分の醜態に対する腹いせか、それとも嫉妬か。
小池が更に食ってかかろうとするのを抑えたチームのメンバー。伊藤が小池の口を覆いながら謝る。
「すみません。それに結城マネージャーが謝ることでもないと思います。同じジャンルのアプリ開発なんて珍しくないですし、それにオシメイトは既にベータ版もあるではないですか」
伊藤の言葉に同意し、そうそう、と相槌を打つ社員達。
「もし真似をしたと言われるとしたら僕らのほうですよ」
「あはははは! たしかに」
「それはまぁ……そうか。すみません、熱くなりすぎました」
小池も腑に落ちない顔のままだが周に頭を下げる。
“謝罪は要らない”
というように手で制止して周が微笑んだ。
「こちらこそ。事前にお伝えするべきでした。あなた達には」
視線を滑らせるように神崎を捕らえる。
ゾクっ
先程向けられた冷たく鋭い眼差し。
逃げられもせず神崎は目を見開き、視線を微かに揺らした。
(やっぱり……バレてる)
どこまでも上位な存在というように。
詰問も追求もしない。
ただ、彼の視線だけが
“知っている”
と告げていた。
近いのに遠い周の笑顔があまりにも美しくて。
神崎は感情を置き去りにして、思わず息を飲んだ。
だが余韻など残してくれる訳もなく、直ぐにその場を離れていく周に、伊藤は一つだけ質問をする。
「そういえば、マネージャーのオシメイト、どんなキャラクターを作ったんですか?」
「あ、確かに!」
他の社員達も興味津々だ。
オフィスの入口に一旦入った周は、顔だけフロアにひょこっと出して一言呟いた。
「……僕の女神様です」
「め、女神!?」
困惑し固まる社員を他所に、不敵な微笑みを浮かべたあと、周は仕事に戻っていった。
(とりあえず仕事の評価は仕切り直しね。それとは別に……あちらにもモーションをかけさせてもらうわ)
肩に触れる髪を手で払い、妖しい笑みを浮かべて颯爽と歩き出した。先程までの苛立ちと悔しさの熱を別の狙いに向けて……。
神崎の後ろ姿を目で追う。
彼女の甘ったるい籠った香りが小池の鼻を掠めた。
その中に混ざる……微かなアンバー。結城マネージャーの香り。同じ男とは思えない美貌、そして神崎の香りと混ざっても違和感のない残り香に胸がザラつく。
他のメンバーがそれぞれデスクに戻る中で、小池だけはその場から動かない――




