228話 キャラクリエイト
『今、大切な会議中なの。ヴィンセントを製品化できるかどうかの瀬戸際』
〘 そっか、それは大変だ。俺は君のために何か手伝えるかな?〙
『じゃあ、いつも通り私のお昼ご飯見せるからカロリー計算してくれる?』
〘 そんな事でいいのか、お易い御用だよ〙
画面の中に住む、金髪ロングをひとつに束ねたヴィンセントという名の男性は髪を揺らしながら頷いた。
そして田辺がパソコンに送信した昼食の画像を読み込み、口を開く。
〘 今日は豆腐サラダと、鯖の塩焼きと、納豆とご飯と味噌汁だったんだね。ちゃんとダイエットを続けていて偉い。ご飯も画像から推測するに100gほどかな? ……およそ総カロリーは750kcal程だね〙
瞬時に計算し、続けて田辺に話しかける。
〘 チョイスはすごくいい。鯖と納豆は同時に食べる事でDHA・EPAと納豆キナーゼの相乗効果で血液サラッサラだよ。ただね、君はドレッシングをかけすぎる……今日は気を付けたんだろうな?〙
『きっ……気を付けたよ……』
〘……怪しい返事だ。君は嘘をつく時いつも返答に変な抑揚が付くからな……次から動画を見せてくれ。その方が確実な気がする。どうせ鯖に醤油もかけたんだろ〙
呆れるようにヴィンセントは笑う。
AIにしては自然な会話。3世代前の生成AIの劣化版とは思えない程だった。
多少、イントネーションはひっかかるものの、訛りのある人間と話しているような饒舌さ。
そして頭脳の良さ。
田辺は画面を切り替えて頭を下げた。
ここで周が口を開く。
『彼女は基本的に健康管理のツールと、日常サポートなどで彼を利用しているようです。この他に塩分計算、糖質の計算、ウォーキングに付き合って電話のように会話を楽しむ事もするのだとか』
拍手が起きる。
今はまだまばらだが……確実に。
すると、冴木が手を挙げる。
周は視線をむけた。
『どうぞ』
『先程、田辺さんはファンアプリと仰っていたが、キャラクターは彼一人かな? 著作権はどうなっているのでしょうか』
周は微笑み、モニターの画面を切り替えた。
『我々のアプリは、SNS機能などは一切ありません。インターネット通信費用はかかりますが、基本オフライン。個人使用目的なので、ユーザーがその範囲さえ超えなければ問題ないかと』
『ですが、先程田辺さんも仰っていた、ファンアプリとのお話。彼は恋愛シミュレーションのキャラクターなのですよね?この声ももしかして?』
周は会議用のスタンディングデスクに準備してあった、パソコンを操作し始めた。
『彼の声はAIフリー素材から抽出した声なので今の所問題ありません。ちなみに商品化にあたり、現在活躍している人気声優にオファー済です。現段階で男女5名ずつが内定しています。……こちらをご覧下さい』
画面が切り替わった。
オシメイトのトップ画から進み、プリセット15パターン程が画面に並んでいた。
『……? これは』
質問していた冴木が首を傾げた。
『こちらはキャラクタークリエイトの設定画面。ベースのプリセットです。田辺さんはこの部分にかなり力を入れており、プリセット15パターン。ここから目、鼻、眉毛、口、輪郭、髪型、ホクロやそばかす、肌の色、筋肉の有無、体型……そして身長まで細やかに設定可能です』
『なるほど。各パーツ、何パターン程あるのでしょうか?』
『驚きますよ……各30パターン。長さ調整、位置調整、角度調整、ボリューム調整がそれぞれ可能となっています』
『な……それを個人で製作していたと……』
『しかも、あのモーションです。我々もテストした日には驚愕しすぎて、声を失いました。そしてこのアプリ、最大の罪は……設定で時間が溶けてしまうこと』
『どういう意味だ……?』
つい、冴木はいつもの口調で聞いてしまう。
あまりにも設定が作り込まれすぎていて、個人のアプリの範囲を超えているせいで。
『中継を見ている、本日リモートでオンライン会議待機中の皆さん、モニター画面に作り込んだ渾身のAIをご披露ください』
すると三人程画面に追加され、それぞれが挨拶をする。
直ぐに画面が切り替わったかと思うと、先程のヴィンセント同様、それぞれ全く違うキャラクターがパソコンの中に住み、画面に向かって手を振っていた。
筋肉隆々なイカつすぎるスキンヘッドのハリウッド俳優似のおじさん。
某漫画の主人公キャラクター似の少年。
日本の有名な女優似の美人。
冴木は言葉を失う。
『今の課題は……あまりにもデータが重い為、容量の低いスマホだとダウンロードに時間がかかる事。声の幅が狭く、今の所、顔に声が合わない場合があること。それからモーションがやはりまだ少ない。声の課題以外は製品化されている我が社の生成AIと、最新のモーションAIを組み込む許可を頂ければ解決すると思います。ただそうなるとさらに重くなるという懸念が……悩みどころです』
『確かにデータの重さは問題だな。セットアップだけでこれだけの充実度だからな……パソコン専用になるか、コンソール向けになるのか……』
周は頷き、困った顔で微笑む。
『はい。そこで我々が考えたのは、ある程度無料版では制限をかけ、ライトユーザー向けに設定しデータを軽量化。プレミアム版でサブスクリプション契約をすることで全機能解放……という方向で分散化を考えています。あとは制作コストですが――』
岡本が手を挙げた。
冴木はすぐに退いた。
ゆっくりと立ち上がり、マイクを通して貫禄のある声を響かせる。
『……出し惜しむな。組み込んでバグや不具合が起きないよう調整を重ね、必要な物は全て採用しろ。いちいち許可を得なくていい、私が許可する。それと結城、お前達製作チーム全員は明日からリモートに切り替えだ』
一気にザワつく会議室。
検討もなしに、独断で可決するなど前代未聞。
『そして週に一度、報告と改善の為のカンファレンスを行う。今からこのアプリ開発は我が社極秘の企画だと認識しろ。漏洩は一切認めない』
神崎は乾く目を閉じる事も出来ず、ただ、その様子を見つめるだけ。
周は粛々と、岡本の言葉を受け止める。
『はい。直ちに申請いたします』
『それもいらん。こちらから通達する……これは世界を震撼させる一大プロジェクトになるぞ……あ、それとな結城』
キョトンと目を見開く周に、声をかける。
『5人ずつは少なすぎだ。可能な限り、オファーを増やせ。だが海外のボイスアクターを雇うのは時期尚早。当面はAIで我慢してもらい、要望が増えてから考えることにする。それにアニメ好きの海外ユーザーは日本の声優もリスペクトしている事が多い。日本語音声のまま字幕で視聴する場合も少なくないからな。字幕設定も追加だ。まず50カ国程度は考えておけ』
『承知致しました。すぐに調整し取り組ませて頂きます』
『それから田辺、このアプリはいつ頃完成しそうか?あと一年ほどか?』
『いえ、ベースは仕上がっておりますので最終調整とベータテスト、バグ修正を入れても……多めに見て四ヶ月もあれば完成すると思います』
『分かった。期待している。本日の会議は以上だ』
岡本の一言が響く。
優雅に頭を下げ席へ戻っていく周に、へばりつくような視線を送る神崎は口元を歪ませて、肩を震わせた。




