226話 結城マネージャーの質疑
ごめんなさい!
今日長いです!!
ごめんなさい!!!
『それでは1つ目の質問をさせて頂きます。本企画のターゲット市場は国内のスマートフォン向けですか? ……当初の企画書にはしっかりと世界進出を明記しておられましたが』
柔らかな笑みの奥に滲む冷たさが司会進行をしていた男性社員を包む。
先程までの饒舌さは影を潜め……周の顔もまともに見ることが出来ず、誤魔化すようにモニターに視線を向けた。
『えー……それはですね。勿論、世界進出を目指す意図は変わらずです。ですがまず、日本国内のスマートフォン市場を網羅してから段階的に進出をというリスク回避も兼ねた我が社の利益を第一に考えた現実的な案に変更致しました』
『……なるほど。ですが僕からすると……この程度の内容で日本のスマートフォン市場を網羅できるとは到底思えない。何か他に特別な……このアプリにしかない魅力を教えて頂きたい。誰もがこのアプリを欲するような何かを』
『……先程もご説明致しました初期のキャラクター達。今はAI画像をベースにしておりますが、人気のイラストレーターに発注し、より魅力的なデザインにする予定です。マーケティング市場のアンケートを元に個性豊かな性格を採用しました。この6人がそれぞれユーザーに応え、手とり足とり健康管理をしてくれる。寄り添ってくれる。画面の中で動くキャラクターが対応すること自体世界初なので、かなり強い魅力となっているはずですが……』
モニターに改めてもう一度映し出される6人のモデリング。
じっくり確認するが確かに、澪桜から見せてもらった漫画のイラストもこんな感じだったし、恋愛シミュレーションゲーム市場を調べても似たようなものだった。
今の流行りなのだろう。
少し目を細めたあと、首を傾げて口を開く。
『確かに、彼らがユーザーに確実に刺されば……ね』
一瞬どよめく会議室。
思わず神崎も周に振り返る。
『それは一体……どういう意味でしょうか? 結城マネージャー』
『まず、この6パターンのモデリング。1ユーザー視点で言わせて頂くと……申し訳ないが僕に刺さるモデルは一人もいない。何故なら代わり映えしないキャラクターに見えるから。まぁ、イラストレーターに発注をかければデザインに関しては向上するかもしれませんが、最近の日本の流行りのモデルと、テンプレな性格だと言うことに変わりない。ようはそこに突出した新しい何かは無い』
『お言葉ですが、ここで万人受けするキャラクターを起用しておかないと多くの方に刺さらない可能性も』
『だが、そのなかなか刺さらないユーザーこそが、ヘビーユーザーになる。それは今までのアプリ開発でよくご存知なのでは? 言いたい事は分かる。だからと言って全てを万人受けに寄せるのは日本のユーザーを馬鹿にしすぎです。まして、これでいずれ世界進出を目指すなど到底考えられない』
ザワつく会場。
冴木と岡本は静かにモニターを見ながら周の声に耳を傾けたまま微動だにしない。
更に続ける。
『もちろん、テンプレを否定はしない。イラストレーターを起用することで海外にもある程度は通用するでしょう。でも世界でより多くの人間にダウンロードして貰えるかどうかは話が別……キャラクターの性格も含めてね。確率でお話すると、日本のスマートフォン市場よりも更にダウンロード率は下がると僕は予測します』
『……』
進行役が何も言い返せないまま固まっていると、容赦なく周の質問が続いた。
『では続いて2つ目の質問です。健康管理アプリとしてAIのキャラクターがユーザーに寄り添うとのことですが、一体どのように?』
『はい。えー、まずユーザーの基本情報を入力し、それに合わせた食事の提案、写真を見せるだけのカロリー計算、ウォーキングの歩数カウント、消費カロリーの計算、そしてプライベートトレーナーとしてアドバイスやトレーニングを提案し、常に正しい道を啓示する存在として、ユーザーを支えるアプリになると考えています』
『……つまり、ダイエットサポートや病気を患う人に寄り添って適切なアドバイスを施したり計算したりもすると。確かに既存の健康管理アプリやダイエットサポートアプリなどの使用率は年々増加傾向にありますが継続率が低いのも現実。だからこそ、具体的な差別化要素が知りたいです』
『……ですから……キャラクターの』
『それは先程伺いました。他の訴求点を教えて頂きたい』
変わらない、作り物じみた微笑みが針のように男性社員の全身に刺さる。
思わずモニターから視線を外し、進行役の社員は神崎を見つめた。
ギリっ
顔を崩さない程度に神崎は爪を噛む。
(何やってんのよこのクズ。私の方なんか見なくていいからさっさと答えなさいよ! この流れで絶対大丈夫だって言ったのはあんたでしょ!?)
いつまで経っても答えられない男性社員に代わり、神崎が駆け寄ってマイクを掠め取った。
色気のある独特な声が室内に広がる。
『神崎です。よろしくお願いいたします。では結城マネージャーのご質問に返答させて頂きます。訴求点ですね? ……そこで我々独自のSNS機能です。人々は日々、誰かに聞いて欲しい、繋がりたいという思いを募らせています。ダイエットや美容、健康管理の為に禁煙を考えた方、その誰しもが』
『……なるほど。ですがSNSも既に普及している。このアプリ内のSNSを利用せずとも、他のSNSアプリで繋がればいいのでは?』
『他のSNSの世界はそんなに優しい世界ではありません。炎上や批判、詐欺に個人情報漏洩。そんな一歩間違えたら危ない世界です。ですが我々のアプリ内は匿名制で完全にアカウントは保護されます。表現のセキュリティも高めに設定し、出会い目的の男性から女性も守る、優しい世界なのです』
『なるほど。……匿名で表現NGも多いと。民度は上がるかも知れないが……ユーザーが増える要素ではないですね。少なからず僕はダウンロードしたいとは思わない』
スパッと切り捨てる周に神崎は奥歯を噛み締めた。
悔しさが質問に変わる。
『……なぜでしょうか? 失礼ですがそれは結城マネージャーがダイエットや病の辛さが分からないからではございませんか?』
神崎の言葉に少しだけ目を丸め、直ぐに先程の笑みに戻る。
『いえ? そういう意味ではありません。まず、表現NGが多いと、例えば出会いの意図でないのにその文字の羅列が偶然並んだ場合もカウントされ弾かれてしまう。何度も弾かれる事により、利用自体がユーザーのストレスになりかねない。……ちなみに僕ならストレスです』
(それは貴方がSNSが嫌いだからでしょう?)
喉まで出かかるがグッと飲み込んだ。
ここで自分が周のSNSが無いか、調べ回っている事を知られるのは非常にマズイから。
周は低く通る声で続ける。
『次に、承認欲求の強い人間からすると人口の少ないSNSは魅力が無い。確かに内々のコミュニティで仲良くなって励まし合うのは良い事かもしれない。ですがその心を利用した外部誘導などはどう対処なさるおつもりで? 僕ならそんなメンタルの時に優しい言葉をかけられたらきっと信じてしまう。騙された場合、ユーザーはきっと間接的にクレストリンクを恨むでしょうね』
『でもそれは、その業者が悪いのであって我々に責任は……! 現存のSNSでも横行してるではありませんか! 乗っ取りや送金詐欺など!!』
『……意味が違う。僕が言っているのはクレストリンクの名前に傷が付く可能性の話です。法的被害の話ではない』
ヒートアップした神崎は言葉に気を付けつつも、少しずつ声量が上がり、首元の髪の毛が張り付くのを感じる。
『ご心配なく! 我々はパトロール事務局を設置して、スタッフを雇うつもりなので外部誘導など一切許しません。よって他のSNSより安全です』
周の目を真っ直ぐ見て言い放った神崎に、穏やかな視線を向けたまま、周はマイクを口に近づける。
『その経費はどこから捻出する予定で? ……収益も出ていない初期段階からは流石にそんな経費は落とせません。始めのうちは神崎チームが交代制で運営されるのですか? 業務と並行して……?』
『それは……』
言葉に詰まっていると、周は『続けていいですか?』と優しく神崎に問う。
頷くしか出来ないまま、手元の資料を握りしめた。
『最後に僕が気になっていたのはその収益の話。先程フィットネス動画を増やすためにはCMを視聴する必要があると仰っていた。それは一度解放すれば観なくていいというものですか?』
『それでは収益が稼げません。無料解放以外の動画を見る時は都度、ユーザーにCM視聴させる予定です』
『一本のトレーニング動画の長さは? その際の、CM視聴時間は?』
『一本のトレーニング動画は30秒ほどです。CMはスポンサーによりますが30秒から1分程と仮定しています』
『ということは、プレイリストのように好きな動画を連続で流すことも出来ないということですか?』
『それは、選びながら楽しんで運動して頂き……』
呆れたような顔で周は神崎を見る。
その顔があまりに冷たくて、神崎は目を疑った。
微笑んでいるはずなのに、優しさなんて微塵も感じられなくて。
『大変失礼ですが、貴女方は自宅トレーニングについて調べられましたか? 実際のテストは何回ほどされましたか?』
神崎達は目を見合わせ、分からないというように周にまた視線を戻す。
『……まぁ、調査していればこのような仕組みを構築するわけないですね。自宅トレーニングだと……例えば僕が好んでよくやる、HIITトレーニング(高強度インターバルトレーニング)ですが、30秒に一度10秒のインターバル、これを4分〜10分間続けます。好みのトレーニング動画があったとしても視聴の度に30秒以上のCMを毎回視聴させられたら……正直アンインストールですね』
『それでしたらプレイリスト機能を追加して……』
『いや、それでも毎回CM挟むんでしょう? そしてその間休んでいないといけない。せっかく上がった心拍は下がり、温まった身体は冷えて発汗する事も出来ないまま乳酸だけが溜まる。……何もかもストレスでしかない』
『で、では課金制にして解放を』
『MeTubeを見てやれば無料でできますよね?』
正論を突き付けられて神崎はもう、ぐうの音も出なくなった。
『それとランダム要素や着せ替えですが、どのくらいのパターンを準備されていて、1回の金額はいくらを想定していますか?』
『まだ検討中ですが、モーションは20種類、着せ替えは基本が30種類。期間限定やコラボなども取り入れてより購買欲を高める仕様にする予定です。1回あたり300円を想定しております』
『実装するまでに日にちも経費もかかりそうですね。今のところ現実的ではなさそうだ』
『……では、どうやって即座に収益化に繋げろと……?』
『それを考えるのが開発チームであるあなた達の仕事では?』
「ですがっ……ちょ何するの?」
『仰る通りです。申し訳ございません』
普段周は同じ部署の上司という立場だが、この会議では違う。
これ以上、上層部にむかって歯向かうような態度は心象が悪いと判断した男性社員が神崎からマイクを受け取り、深々と周に頭を下げた。
微かにため息をつき、周は最後に締め括った。
『……本来ならばアプリ開発における運用コスト、統計データ、利益率のシミュレーションなども確認しようかと考えていましたが、ユーザー目線の質問だけで満足致しましたので僕からは以上です。ありがとうございました』
静かに腰を落とす周。
優雅に見えるその仕草が余計に言葉の辛辣さを浮き立たせた。
先程まで納得していた上層部達の空気が冷めていくのがあからさまに伝わってきた神崎と司会進行をしていた男性社員。
座っていたチームのメンバーも一様に肩を落としている。
嫌でも伝わってくる、
あの空気。
周の質疑応答の後、手を挙げる上層部は一人もなく、モニターに映し出されたままのAIキャラクター達だけが虚しく笑みを浮かべていた。
男性社員達に席に戻るように促された神崎は、口の中に広がる鉄の味の不快感を味わうことしか出来なかった。
慌ただしくモニターに映し出すはずだった統計データの資料を選び、残りのプレゼンタイムで挽回するべく、次の戦略に移行しようとしていたその時。
岡本の声が響いた。
『この”MIRA CARE/ミラケア”だったか、とてもいい案だと当初思っていたが私も今日のプレゼンを聞いて結城と同じ部分が引っかかっていた。……企画立案までは良かったが少し性急すぎたな。次回からはもう少し練り込んでからカンファレンスに挑むことを勧める』
重々しく厳しい言葉。
たった今、この立案の棄却が正式に下された。




