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220話 ホチキスの芯3500個

サブタイトル変えました。

より分かりやすくなったかなと。


引き続きよろしくお願いいたします!


 

「……あれ? 安達先輩は?」


「? ……いつもの備品整理じゃないの? あの人、週一チェックしてるから。よくやるよね」



 隣に座る女性社員が興味なさげに口を開く。

 佐野は少しイラついた。



(お前らが在庫チェックをサボるから、澪桜先輩が代わりにやってくれてるんだろ)



 相変わらず職場で浮いたままの澪桜。

 好意を持ち始めてからそれが佐野の中で浮き彫りになっていた。話す相手はいる。ただ、陰口は相変わらずだし、当たりの強い社員も少なくない。


 澪桜のためにこの現状を変えてあげたいのに、佐野にはなんの力もなかった。


 すると左の席から山本が気怠げに佐野へ指示を出した。



「佐野ぉ。お前ちょっと悪りいけど安達呼びに行ってくれねぇか? ちょっと確認したいことがあるんだよ」


「はい。わかりました」


「で、お前が備品整理変わってやれ」


「はい!」


(よし! これなら自然に澪桜先輩を助けらるぞ! 見てろ。俺は前より仕事出来るようになってきたんだ。パパっと在庫管理済ませて澪桜先輩を感動させて惚れさせるんだ! 目指せスパダリ!!)


 滅多にない二人きりになれるチャンスを貰えて、佐野は意気揚々と澪桜のいる資料庫へ向かった。



 〘 資料庫〙

 とりあえず使ってない部屋に取ってつけたように殴り書きした紙が貼ってある。


 少し建て付けの悪い扉をグッと押し込むように力を入れて開ける。

 埃っぽい空気とインクの香りが鼻についた。


 身長より高い高さの棚にビッシリと年度別で几帳面に並ぶパンフレットやPOP。

 狭い通路を迷路のように進んで行った先に、身長の高い女性の後ろ姿があった。


「み……安達先輩、山本課長がお呼びですよ」


「ん。分かった、あとここで終わりなんだ。1分だけ待ってくれるかな」


 そう言ってクリアファイルの数と、感熱紙の数を数える。カリカリとペンの滑る音と衣擦れだけが室内に響いた。


 密室に二人きり。

 佐野は妙に緊張してしまう。

 澪桜から漂う微かなアンバーと石鹸のような香りが爽やかで、色気を孕んでいて。


 こないだBARで喧嘩した佐々木って奴が言っていた友達。

 あれは彼女だった。

 女性から見ても憧れるほど魅力的な。


 どこか男っぽくて、それなのに美しい。

 その矛盾が余計、佐野を焦がす。


「これでよし、すまないね。さぁ戻ろうか」


「え? も、もしかして、もう全部終わったんですか?」


「終わったよ。鍵閉めるから出てくれる?」



(マジか!? 俺の出る幕なしじゃん!)


 カッコつけさせてもらえない事にショックを受けつつも、慌てて資料庫から出る佐野に続いて澪桜も出る。

 ドアノブを少し持ち上げて鍵を閉めた。


「ここ、もういい加減ドア交換しないとね。持ち上げて鍵穴合わせないと閉められないなんて……クセが強すぎだよ」


 呆れたように笑って、クルクルと鍵を回しながら颯爽と戻っていく。

 やっと二人きりになれたのに。めったにこんな事ないのに。


 澪桜の背中が遠くて

 その距離が佐野の胸を締め付ける。


 切なさを浮かべ無理やり喉仏を震わせた。


「あっ……安達先輩」


 前を歩く彼女は足を止めて、滑らかな髪が弧を描く。


「何?」


 宝石のように光を集める瞳孔に視線を合わせられなくて、佐野は思わず逸らした。


「……あの婚約者、モラハラとかしてないっすか?」


 あの男の欠点がどうしても欲しい。

 あの佐々木ってヤツも完璧なスパダリだと言っていた。

 そんなの、信じられない。

 ……信じたくない。


 振り返った澪桜は眉を下げる。


「モラハラぁ? もしそんな事されたら3時間説教するよ。きっと反省してチワワみたいになるだろうけどね。ププ!」


「ええ? チワワっすか!?」


 あの澄ました顔の男がチワワになる? まったり想像つかない。さらに佐野は食い下がる。


「ぼっ……暴力とか?」


「……暴力か……。こないだコブラツイストをかけたのは私だからねぇ。そうなると私の方がバイオレンスだね」


「こっコブラツイスト!?」


 その小さな唇から似つかわしくない言葉が飛び出て佐野は耳を疑った。余計に澪桜の人となりが分からなくなる。



「佐野くん」


 混乱していると不意に声をかけられた。


「はっはい!」


「備品チェックと発注、君もしてくれているようだね。ありがとう」


(えっ!? 気付いてくれてたの!?)


 嬉しくなった佐野は頬を指でかきながら視線の端で澪桜を追う。


「あ、いえ! 安達先輩しかやってなかったので、俺もお役に立ちたくて」


「……仕事に前向きで素晴らしいよ。ただね、発注の個数や備品チェックの数、よく間違えてるから気を付けて。こないだホチキスの芯、3500個発注してたからね」


「さっ3500!? マジで!?」


「……マジ。私も流石に2度見したよ。修正してFAX送信したから大丈夫だったけど、気を付けなさい」


「すっ……すみません」


 スタスタとオフィスに戻っていく澪桜の後ろ姿を見つめながら肩を落とす。


 佐野のスパダリ修行の道はまだまだ遠い。

 あのいけ好かない男を超えたいのに。

 多分足元にも及ばないのが無性にやるせなかった。


 あの男の澄ました微笑みがまた頭を過ぎり、佐々木からのトラウマとも言える怒号がこだまする。

誰もいないのに、耳元で佐々木から怒られまくってる気がして更に肩を下げた。


「あの野郎はホチキス3500個も……発注しないよな。絶対」


 自分で言ってて悲しくなる佐野だった。



 

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