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221話 ストレスでハゲそう。

 


「……これではクライアントに送信することはできませんね。やり直して頂けますか?」


 冷ややかな声が響く。


 チッ!


 苛立ちを隠すことなく舌打ちを返す。こともなげに仕事をこなす周に書類を見せて黒瀬は口を開いた。


「どこがダメだったのでしょうか? 十分過ぎるほどの内容だと僕は思いますが。大体、コンサル業も含まれてるなんて聞いていませんでしたし。入りたてなのにここまで対応出来ているだけでも十分ではありませんか?」


「……どこが? それも分からないようでは申し訳ないのですが、話にならない。まず指摘として言葉の運びがダメなのと、何より内容が薄い。抽象的な話など、お金を払ってまで誰も聞きたくないんですよ。目標までの道筋とノウハウ、数字が知りたいんです。貴方が書いた物はただの理想論。妄想です」


 スパッと周に論破された。

 他の社員には言い返せた黒瀬。


 だが何故か……この男の圧は。


 喉の奥が詰まったように開かなくなる。


「……!!!」


 冷たい視線。薄く微笑む唇。

 作り物のように整ったその男は、自身の仕事の手を止めることもなく黒瀬に指摘だけする。


「もしコンサル系が苦手であれば違う内容に変えましょう。得意なことから覚えていく方が早いですからね。何がいいかなぁ? この資料作成なんかいかがです?」


 軽く首を傾げ、優しげに聞いてくる。

 まるで子供に話しかけるように。


 ギリっ


 黒瀬は眉間に皺を寄せた。


(コイツ……舐めやがって!!)


 アメリカで何度も社員から噂を聞かされていた、この日本支社のエース。


 歴代最年少幹部候補。

 結城 周。


 日本人とは思えない圧倒的な実行力と正確性。自己主張もしっかりできて仕事も早い。そしてなにより細やかな気配りと柔らかな物腰が、アメリカ本社の人間達の好感度を総なめにしていた。


 誰もが口を揃えて言う。


 “周をリスペクト”してると。それを聞くたびに腹が立ち日本支社に行けば絶対俺の方ができると言い返した。


 だって俺は特別なんだから。


 実際日本に来て上層部と話してみると案の定だった。俺は次期結城ポストだと口々にそう言っていた。


 正直悪い気はしない。


 やつのポストを奪うのは時間の問題だと思った。

 実際そいつの部署に来てみれば……皆仕事が出来ると聞いていたのに、大したことがないやつばかりだった。


  言い返せば口を(つぐ)む、訴訟すると脅せば(へつら)う。そんな雑魚どもばかり。

 この部署はそこそこいい女もいるし、ぬるいヤツらばかりだから昇進も楽勝だと思っていたのに。


  それなのに……!


 楽勝だと思っていた環境が今日から一変した。

 教育係が……その噂に名高かった結城本人に変わったのだ。


 4歳も年下のクセにコイツは堂々としていて、何を言っても響かない。苦し紛れにコンプラを盾にする。



「これはパワハラでは? 僕、物凄く傷付いたんですけど」


「うーん。事実を言ったまでですし、代案を立ててますよ? それと、まだ質問に答えて頂いておりませんがいかがですか?」


 ニコニコと笑顔のまま、目は決して笑っていない。


「……資料作成ですよね? そんなもの簡単ですよ。前の職場でもやっていた!」


「それは良かった。溜まってたんです。じゃあ、お願いしようかな」


 そう言って周は資料を持ってきた。

 3冊程のファイル。

 これを入力しろと言われた。


 簡単すぎて笑いが出そうになる。

 余裕を浮かべた笑みで自慢げに黒瀬は口を開いた。


「こんなの秒ですよ。僕の作業スピードを舐めないで頂きたい」


 周は少しだけ立ちすくんだ後、ファイルを開いて指をさす。


「あ、勘違いなさってるとは思っておりませんが念の為。この資料作成はこのままパソコンに写すだけではありません。例えばこれ。15枚ありますよね?これを2枚程に簡潔に纏め、マーケティング戦略を具体化。そのリスク対策、そして収支計画とKPI(重要業績評価指標)を出す。これが今から黒瀬さんにして頂く作業ですね。とりあえずこのファイル3冊。……多めに見て6時間……といったところですかね?エリートの貴方なら秒で終わらせられますよね」


「はっ!?」


 ただ写すだけだと思っていた黒瀬は表情が引き攣った。

 出来て当たり前。そんな態度の周に腹が立った。

 もしこれに言い返す、もしくは捌けない場合。


 即座にこの男から


 “無能”


 そう評価されるだけだから。

 何を言ってもきっと通じない。


 どうしたものかと悩んでいたらひとつだけ、思いつく。黒瀬は口角を微かに上げた。


「……ところで結城マネージャー、貴方はどこの大学出身で?」


「……星和せいわ大学ですが」


「っぶ!! なんですかそれ? 聞いたこともない。まわりからこれだけエリートだとか持て囃されて、どこぞの無名大学出身? 僕はハーバード大」


「知ってますデータは頂いてるので。おしゃべりもいいですが、今は手を動かしましょう。当然マルチタスクですよね? 黒瀬さんは」


 そう軽く流し、黒瀬に穏やかな視線を向けた周は、それでも作業の手を止めない。


 綺麗な指の動き、余裕のある横顔に苛立ちがピークに達した黒瀬は更に悪態をついた。


「あーあ。これだから日本人は、ただ意見を言うだけで無駄口だと叱られる。時間ギリギリまで強制労働。縛られ過ぎて息が詰まる国だ! しかもこの資料、こんな分かりにくい日本語使って。僕はずっとアメリカで生活してたんだ、君たちの言葉も遠回しで嫌味っぽいし、こんな回りくどい文章、どう処理しろって言うんだよ。アメリカは良かった、自己主張や指示がハッキリ簡潔で」


 ピタッと止まるタイピング。

 流石に論破出来たと黒瀬は嫌な笑みを浮かべた。

 周からは表情が読み取れない。

 貼り付けた笑顔のままこちらを向く。


「……この資料ではやりにくい。そういう事ですね?」


「そうだ。ちなみにアンタのその話し方、それも癇に障るね」


「そうですか。それは失礼しました」


 スッと席を立ち、先程の資料を持ってどこかに向かう周に、してやったとニヤニヤが止まらない黒瀬は目の前の社員達からチラチラと視線を向けられ、勝ち誇ったようにふんぞり返っていた。


 だが、その余裕は一瞬で終わる。


 バサッ


 目の前に置かれた新たなファイル。

 しかも5冊。

 思わず見上げた。


「っ!?」


 一瞬目を疑う。


(……? なんだ? ……気のせいか)


 目の前の男に物凄い殺意を向けられた気がしたが、周は変わらず笑顔のまま。

 今見たものを疑うように、いけ好かない目の前の男の顔を凝視してしまう。


「? 何か?」


「別に。……ところでこれは何です? さっきより増えていますが」


  周はファイルに視線を落として撫でる。


「これは本社から来た企画書。先程の物とやることは同じです。英文だから、こちらの方がやりやすいでしょ?あなたのお好きな()()()()()()()ですよ」


「っ!? ……はぁ!?」


 驚き過ぎて声が裏返る。こいつ、どんだけ仕事溜めたままなんだと腹が立った。


「そうだ、今から話し方も変えないと。僕の話し方お好きじゃないんですよね?黒瀬さんを不快にする訳にはいかない。んー、どうしようかな。あ、そうだ!」


 いちいち動きが絵になる男。余計に気に食わない、分かってやってる。そんな気がして。


「何ですか?」


 周に興味がないという風に、話半分で軽く資料を捲った。

大まかに読めはするが……所々スペルが難しくて読み取れない。よく分からないフローチャートをやる気なく眺めていると、低く柔らかな声で今までと違う言語が流れてきた。


「How about we make it a rule that I’m not allowed to use anything but English from now on? Would that finally satisfy you?

  今から英語以外使っちゃだめってことにしようか。そうしたら君も満足だろ?」


「はっ……?」


 余りのネイティブな発音と速さに一瞬聞き取れない。

 あんぐりした顔の黒瀬に向かい、涼しい顔で周はなおも続けた。


「Wait… don’t tell me you can’t understand me. That wouldn’t be possible, right? Since you grew up in America and all.

 あれ? もしかして聞き取れない……なんて事はないよね? だってアメリカ育ち。なんでしょ?」


 イタズラに笑う。


 何も返せなくて思わず目が泳いだ。


 黒瀬は富裕層向けのジャパニーズタウンに住んでいた。

実際のところ、日本の別荘にいることも多かった為、簡単な日常会話はできる程度の語学力しかない。会社には名前だけ在籍していただけだし、友達は日本人ばかりだった。


 本社からも「日常英語が出来れば問題なく仕事できる」そう言われていたのに。


 だが、今のはギリギリ聞き取れた。


 バカにされたことは分かる。

 ムカついて得意げに捲し立てた。


「Don’t make a fool with me! I can speak English good than you guys! You decided to speak English, not me. Don’t regret it later!

 バカにするな! お前らより出来るに決まってるだろ! 英語で話すって決めたのはお前だ。後悔するなよ?」


 すると周が目を見開く。

 勝った!

 そう黒瀬が確信していると、薄い唇が残念そうに動く。


「あれ? ……黒瀬さん、前置詞と比較表現が少し怪しいですねぇ。"good"じゃなくて"better"の方が自然ですよ? 残念ながらイントネーションも聞き取りにくいです。大変失礼ですがTOEICは受けられたことありますか? うちの部署、最低でも720点以上ないと入れない部署なんですよね。本社では実施してなかったのかなぁ……」


 不思議そうに首を傾げる周。


(バカにしやがって!!!)


 ワナワナと震える肩。今にも殴り掛かりそうな腕を抑えるように力を入れた。


 ガン!!


 黒瀬は顔を真っ赤にして立ち上がり椅子を蹴飛ばして立ち去る。


 遠ざかっていく黒瀬の背中を見つめながら周は前髪をかきあげて呟いた。


「……あらら、怒らせてしまった。可能な限り彼のレベルに合わせてあげたのに、この程度でキレるなんて。本当にうちの会社で上に上がるつもりあるのかな」


 ハラリ。


  一本髪の毛が抜けた。


「!!!!?」


 余りのショックにパソコンのキーボードに落ちた髪の毛を二度見する周。慌てて傍にある窓ガラスに目を向ける。


「ど、どうしよう!? このままじゃ俺、本当にストレスでハゲるかも。……ああ、助けて澪桜」


 一人、ガラスに映る自分を見て分け目を気にした。



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― 新着の感想 ―
毎日少しずつ読み進め、追いつきました! もうずっと面白くて、周と澪桜の可愛いやりとりに、にまにましながら読み進めさせていただきました。とても応援したくなる二人です。 引き続き応援しています!執筆、頑張…
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