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217話 休日のウェブ会議

ああ、すみません。

今日も文字量多いです。


よろしくお願いします


 

 日曜日の午前中。


 最近のハードスケジュールで少し目が疲れていた周は、久しぶりにベッドサイドのキャビネットから眼鏡を取り出した。


 目薬を差しても霞み気味だった視界がクリアになり、少しだけ、目と肩の力が少し抜けた。



 細いフレームのお気に入りの眼鏡。軽く指で押さえ、位置を調整する。


 コーヒーを持って書斎のドアに手を掛けたまま、周はクイックルワイパーをしている澪桜に話しかけた。


「あのさ澪桜、ちょっと俺、今からウェブ会議してくる。ごめんね、すぐ終わると思うけど」


「ん、全然いいよ。休みなのにお仕事大変だ―――ぐっはぁ!!!」


「え!? な、何!? どうしたの??」


 慌ててこっちに来ようとする周に手を振って、澪桜は瀕死の状態で見送った。


「な、なんでもない……ただ、何か新しいフェチの扉をひらいてしまっただけだよ……お仕事頑張って……うぐふぅ」


「??」


 周は首を傾げる。何かにダメージを受け続ける澪桜に促されるまま書斎に入って行った。



 コーヒーを飲みながらパソコンを起動する。

 DOOM(ドゥーム)のアカウントを開き時間を確認した。

 数分程でウェブ会議にぽつぽつと人が入ってきた。

 椅子に座り直し、周の方から挨拶をする。



「おはようございます」


『おはようございます』


『遅くなりました。おはようございます』



 画面に続々と集まる社員達。


 実は昨日、出発前に周のパソコンに、部下たちから数件のメールが来ていた。


 今日の午前中に、取り急ぎで会議がしたいという周への緊急連絡だった。

 思い当たる節がある周は怪訝な顔で画面に映る7人の主任(リーダー)達に視線を向けた。


 全員集まった所で早速周は口を開く。


「……それで? 要件というのは」


『はい、じつは……黒瀬誠についてなのですが』


 ピクっと眉毛が動く。


(予期していたが……かなり早いな)


 左手の親指を唇に這わせ爪を軽く噛んだ。


 左上の画面の男性社員が代表で口を開く。


『かなり頭角を表してます、悪い意味で。大変申し上げにくいのですが、あれで本社に本当に在籍していたのか? 甚だ怪しいというのが今のところの我々の評価ですね」


 それから教育担当にあたったそれぞれが感想を述べていった。


『口だけ達者で仕事は出来ない』

『言い訳がましい』

『少しでも優秀な社員がいると、すぐに張り合って学歴で見下す』

『叱られるとすぐパワハラだなんだと逆ギレし、聞く耳を持たない』

『そのせいで教える方にかなり負荷がかかる』



 そこまで社員達が話した所で、代表の主任が補足する。



『……それと、仕事と関係なく、気に入った女性社員へ近付こうとする雰囲気も見て取れます。業務中に、仕事を放棄して。本人曰くたまたまそこに居たから分からなかった所を聞いただけだと。……幸い女性社員達から話を聞いても内容が一致していますがトラブルになりかねないので常に見張っております。権力や訴訟で脅す、金を匂わす、仕事はしない。……人間性はかなり悪質ですね』



「…………なるほど」


 想像以上の状況に周は言葉を失った。

 逐一報告は受けていたが、情報共有のみで社員からの評価は聞いていなかったから。最近会議やミーティングが埋まっていて殆どデスクに居なかった為、部下に任せっきりになっていた事に後悔した。



(藤堂の頼みを聞くと本当にロクなことが起きない……少し早いが人事異動を頼んでみるか?)


 両手を顔の前で組み、俯く。

 いや、さすがに理由が弱いすぎて断られるだろうと考えを改める。


 部下達は気を使って色んな提案を周に進言するが、周はそれらを全て制止した。



「今日は皆さんの率直なご意見をありがとうございました。そしてその機転の利く対応のお陰で被害が食い止められていると思います……ですがもう、明日からは、僕が直接指導に当たりましょう。これ以上皆さんの業務に支障をきたさせる訳にはいきませんからね」


『いや、ですが……それは無理があるんじゃ。結城マネージャー、今月物凄く過密スケジュールになっておられますよね?』


『そうですよ! 流石に厳しいですよ』


 社員達が周を心配する。

 後輩でもあり、上司でもある周を助けようとしてくれる部下たちに頭を下げた。


「上からの指示とはいえ、やはり断るべきでした。判断を見誤ったのは僕。本来ならあのような人間達はうちに入れるべきではなかった」



『……自分達がしっかり指導出来なかったせいで申し訳ないです』


 苦虫を噛み潰したような顔で黙り込むベテラン男性社員7人。

 そこに佐々木の先輩の桐島と田辺が途中から参加する。

 ゴージャスな雰囲気の煌びやかな女性と、専業主婦のパート社員だ。


 周は入ってきた田辺と桐島に挨拶をした後、確認した。


「……まず単刀直入にお聞きしたいんですが、神崎さんが立ち上げた企画。あれは本当は田辺さんの案ですよね?」


『っ!?』


 桐島と田辺の反応で周は確信に至る。

 他の社員達も動揺した。


「やっぱりですか。企画書を見た時少し違和感があったんですよね」


 周はメガネを少し指で押さえてまた続ける。


「あの細やかな部分まで気が利く内容と、多少編集されていましたが、癖のある言い回し。あれは田辺さんしかいない。確証がなかったから公の場で言えませんでした。神崎さんと田辺さんは席が近いから、下手に会社ではメッセージも出来ない。だからね、お二人にも今日DOOMに来て頂きました」



『じゃあどうして!? 神崎さんの案として通したのですか!?』


 俯く田辺の代わりに桐島が食ってかかった。



「まず、僕一人の独断で決まった事ではありません。何度か本人にも確認しましたが、『前から考えていた企画』と仰ってましたしね。一応システム管理部に問い合わせて、監視カメラの画像も確認しましたが、ちょうど田辺さんのデスク近くにコーヒーを渡しに行く神崎さんの背中しか写ってなくて、データを盗んでいる証拠も撮れてない」


 監視カメラ映像は事前にシステム管理部から許可を得てるので周側で確認出来る。


 だがややこしくなるのでそこは伏せて説明した。

 周の言葉を黙って聞く社員達。



「公の場で問い詰めたとして、彼女なら言い逃れる事はいくらでもできたでしょう。例えば田辺さんと共同でとか、私の方が盗まれた側だとかね。互いの証言に証拠がなければ言った言わないの水掛け論。……だからこそ、彼女の矛盾を炙り出す為に泳がせました。会社でその話をする訳にもいかなくて。そのせいで田辺さんに嫌な思いをさせてしまって本当に申し訳ありませんでした」




『と、とんでもない。本当の事を分かって頂けているだけで……ありがたいというか……グズ……』


 辛かったのか、涙声になり小さくなる田辺。

 すると左上のリーダー格の男性社員が口を開いた。


『確かに神崎さんは……マズイと思います。うちの部署でも中心的な人物になりつつあるので。田辺さんの件も、言わなくて正解だったと思います。表の顔しか知らない人間からしたら、彼女の不正などはきっと信じられないと思いますし』


 想像通りの結果に周は眉ひとつ動かさずに頷いた。


「人の好意は止める事は出来ませんからね……。こうなることは想定済み。ただ、田辺さんの件は想定外でしたが。周りを使って仕事をさせるだけではなく、平気で人の成果を盗む人間に、後ろ盾の権力に溺れ脅す人間。たった二人しかいないのに濃い過ぎる。……さっさと追い出したいのにあと1ヶ月もあるのか」


『え? それってどういう―――』


「2ヶ月置いて、使い物にならない場合、藤堂マネージャーに進言し、あの二人にはうちから出ていってもらう話になってたんですよ。まあ、まわりから僕がヘイトを買う分には問題ないので」


『いや、結城マネージャー、それもだいぶ危ない気が……既に何人か神崎さんの下僕と化してるやつも出てきてるので』


『本当に魔性ですよ。あの人』


『僕らは既婚ですし、今更スキャンダルやコンプラで仕事失うのは考えられないので一切引っかかりませんが……独身男性だとひとたまりもないだろうなと言う気も……』


 言いにくそうに弱音を吐く男性社員達に、色気のある独特な声が割って入る。


『いや、あんな安っぽい誘惑に惑わされる、騙される男性陣が馬鹿なだけでは? 女性社員はほぼ総スカンですよ? 上辺では普通に接していますが。大前提に公私混同するなんて社会人としてあるまじき行為です』


 フン! と鼻を鳴らし桐島が男性社員達に苦言を呈した。


『仰る通りです。……返す言葉もない』


 小さくなって声も震える。

 桐島の軽蔑の言葉に男性社員達は改めて反省したようだ。


「とりあえず、田辺さんが提出するはずだった企画書、ここで共有していただけますか?原本を確認したい」


『わ、わかりました。……こちらです』


 確認していく社員達。次々と声を上げる。


『こ、これは!?』


『神崎さんのとニュアンスが……違う』


 さすがに企画書のPDFには日付などの証拠はない。だが一通り読み終わった後、周が口角を上げた。



「あの企画書、若干ですがニュアンスに破綻があったんですよね。……なるほど、実際はこういう意図があったのか。さすが原本。これは素晴らしい企画書だ、方向性や目的がしっかり確立されている」



『結城マネージャー、これからどうするおつもりで?』



「そうですね。売られた喧嘩はちゃんと買ってあげないとね」


 微笑んでいるのに、目の奥が全く笑っていない。

 社員達が一様に固まる。



「当面の間、田辺さんのアプリ開発は秘密裏にこのメンバーで進めます。どうせあちらは開発中止になるでしょう、スポンサーが付く前に。だからそれまでは、このアプリ開発プロジェクトはなるべくリモートでお願いします。会議はこの形態で田辺さんは明後日より在宅に切り替えてください。会社のパソコンにデータを残さないように。予備のバックアップデータは僕に渡してください」


『あの、神崎さんのプロジェクトに関わった社員達には―――』


「もちろん、内密に。漏洩厳禁です。我が部署存続に関わると思ってください。下手したら僕、諸共クビです。なにせ裏で会社の経費を使ってアプリ開発するんですからね。ふふふ」


 肩を揺らし、唇を指でなぞりながら妖しく口角を上げる周に社員達は驚愕した。



『えええ!?』


「現状が続けば……の話です。もちろん続けるつもりも無い。一つ一つ片付けますよ」


 一呼吸おいて、口を開く。

 先程とは違う氷のような冷たさとナイフのような鋭さを纏い、低い声を響かせた。



「田辺さんのアプリ開発は必ず我々の手で完成させましょう。まずは、木曜日から始まるアプリ開発検討会議ですね。神崎さんが盗用した証拠か証言でも掴めれば僥倖ですが……彼女はとても隠すのが上手い。そこまで上手くはいかないでしょうが、不正を行った側の企画を本格始動など絶対にさせない」



 その迫力に息を飲む社員。

 周が静かに激昂していることが見てとれる。


 初めて見る怒気をまとった周。

 それは当たり前だ、この部署に盗用をする。そんな悪質な社員など今まで一人もいなかったのだから。


 だがこの空気を田辺の独り言がゆるめた。


『……結城マネージャー。でもどうしてそこまで私のアプリを……?』


 周から怒りの空気が消え、画面に向かって薄く微笑んで首を傾げる。



「どうしてって……一人のユーザーとして、このアプリが欲しいから。かな?」


『ええええ!? なんで!?』



 社員達は何度も仰天した。クスクスと笑う周に向かって、代表の社員が口を開く。


『僕からの進言なのですが、結城マネージャーは神崎さんと黒瀬さんに集中して頂きたいです。僕らが結城マネージャーの抱えてる案件、出来る限り引き受けますので』


『すみませんがよろしくお願いします! サポートはお任せを!』


『任せてください!!』


 気合いの入る声が次々と上がる。

 周は頷き改めて頭を下げた。


「……そうして頂けると助かります。皆さん、力を合わせて頑張りましょう。何かトラブルや気になることがあったらいつでも、このパソコンに連絡してください。スマホと同期してあるので。それでは、お疲れ様でした」


 挨拶もそこそこに、ウェブ会議は終了した。



 ふう……


 ため息をついてコーヒーを口に含む。

 冷めてぬるくなった液体が苦味と不快感を広げた。


(明日から本格的にアプリ開発、そして黒瀬の指導か……)


 会議を閉じて周は視線を鋭く目を細めて画面を見据えた。


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