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215話 新しい友達

最近少し長いお話が多くてすみません。


本日も宜しくお願いします!

 

「あらら〜おやま〜。周さんは今日も残業ですねぇ〜。本当に忙しいねぇ〜既に知っていましたよぉ〜っと♪」



 退社時間を知らせるチャイムが鳴る中で、澪桜は呑気にスマホを見ていた。


「結城さん、お仕事大変なんですか?」


「周さ……間違えた。周のなんか今繁忙期忙しいらしいよ?」



「え、待って。なんで今更呼び捨て?」


「ふふふ。大人の階段を半分登ったのだよ」


「ちょ、ちょっと待って!? それってそういう意味ですよね!? いや、流石に遅くない!? 澪桜先輩、同棲し始めてもう3か月過ぎてますけど!?」



「そう言ってやんな松井。安達も周と二人で必死に登ってんだよ。それはもう、たった半歩の階段をロッククライミングのように」


「あぁ〜。ヘタレカップルですもんねぇ〜なるほどねぇ〜」



「……なぜだ。物凄くバカにされてる気しかしない」


 不服だと言わんばかりの澪桜、渾身の変顔に、松井と山本が爆笑する。

 前よりだいぶ表情豊かに、穏やかになった澪桜。

 最近、以前より更に仲良くなった三人はそそくさと退社する人達を気にする事もなく雑談していた。



「おいお前ら、無駄話してないでさっさと帰れよ。じゃないと鍵閉められるぞ」



 篠山部長が呆れて笑う。


「はーい! お疲れ様でした!」

「お疲れ」


 澪桜達は先生のような部長の声掛けに反応し、立ち上がる。

 笑いながら出ていく篠山部長を目で見送った。



「あれ? 佐野くん、君は帰らないのかい?」


「いや、もちろん俺も出るっす」



 澪桜の声掛けに、驚いたように立ち上がって頬を染める。


 軽く雑談しながらエレベーターに向かう4人。



「じゃあその半歩の詳しい内容、聞かせて頂かないとですねぇ〜??」


 また松井が澪桜を茶化し始めた。


「なんすか? 半歩?」


 佐野が首を傾げる。

 だが山本にすかさずつっこまれる。


「お子ちゃまは気にしなくていいんだよ」


「俺、22なんスけど!? やめてください、子供扱いするの!! 山本さん、入社してからずっとじゃないっすか! 10月になったら23になるし!!」


「そうか。……じゃあまだお子ちゃまだな」


「なんでぇ!?」


 クックッと肩を揺らして笑う山本に翻弄されて、佐野は顔を真っ赤にしながら怒る。


 エントランスを抜けると、澪桜が束ねられた黒髪をサラリと揺らした。



「半歩の話はまた今度! 私は周さんを迎えに行くよ。最近、友達も出来たんだ。今から会いに行くから」


 綻ぶように頬を緩ませた澪桜は三人に長い腕を振り、颯爽とその場を後にした。


「っぷ! 澪桜先輩。呼び捨て全く出来てないし。そんなもん、無理しないで呼びやすい方で呼べばいいのに」


「……安達先輩」


 澪桜の後ろ姿を眺めながら呟く佐野の頭を撫でて、山本が言う。


「いよーし、2人とも! 給料出た事だし、焼き肉でも食いに行こうぜ!」


「イエーイ焼肉! 山本さんの奢り!」


 相変わらずテンションの高い松井はウキウキしながら肉の部位を呟いている。

 肩を落とした佐野を連れて、三人は澪桜とは反対の繁華街の方に消えて行った。




 ***



「あ、安達さん! お疲れ様でーす!」


「佐々木さんお疲れ様〜」


 クレストリンクの入口に立つ佐々木に目を細めて澪桜は手を振った。


 佐々木と会うのはこれで3回目。


 先日、偶然またクレストリンクの前で会った二人はどちらからともなく連絡先を交換していた。

 今日、周が残業する可能性がある旨は佐々木からいち早くLINUで教えて貰っていた。


 周が残業の時に、1階で佐々木とおしゃべりするのが最近の澪桜の楽しみになりつつある。

 もちろん、佐々木も。


「あ、私。安達さんに渡したいものがあって……はいコレ」


 照れくさそうに佐々木は背後から小さな可愛らしい紙袋を出す。


「……ん? ……こ、これは!?」



「この間、私の事いい匂いだって言ってたでしょう? だから私が使ってるヘアオイルとヘアスプレー、安達さんにあげようと思って……もし良かったらだけど」



「君は……なんて優しい人なんだ!! 可憐で、美しくて、心まで綺麗だなんて……天使すぎる!!」


 入口で思いっきり佐々木を抱きしめた澪桜。

 思わず佐々木は固まる。



「っ!!!! ……よ、喜んでもらえたなら良かった……」


(安達さんのがいい匂いな気がする……というか、結城マネージャーの匂いがするぅぅぅぅ! 結城マネージャーに抱きしめられてるみたいだから、やめてぇぇぇぇ!!)


 一回り大きな澪桜にすっぽり収まったまま、佐々木は虫の鳴くような声で微かに呟いた。



「死んじゃいます。色んな意味……」



 エントランスを抜けてオフィスラウンジに向かう際、受付嬢と目が合う。

 知った顔というように微笑まれ、澪桜も会釈した。


 美人に微笑まれるのは何とも心地よい。

 生まれ変わったらあんな顔になりたいものだと心の中で思う。


 今日はあいにくの天気で、少しどんよりとした館内。

 佐々木と澪桜は窓際の席に座り雑談を繰り広げ始めた。



「えー? 結城マネージャーって結構子供っぽい所があるんですね!? 意外すぎる」



「そうだよ〜拗ねるとめんどくさいしね。ずーっとグチグチグチグチ。そういう時は『これ以上宣うと、晩飯ピーマンのフルコースだからな』って言うと効果的だよ」



「キャハハ! ウケる! 可愛い!!」


「ピーマンに弱い男だからねぇ。あと幽霊」


「え!? ホラー系苦手なんですか?」


「悲鳴あげるよね。脇締めて、胸を隠すように驚くからさ。なんだそれっていつも思う。あと虫も嫌いっぽいし、蜘蛛も嫌いだね」


「ヤダぁ乙女みたい! 想像よりだいぶダサい!! もー、安達さんの話、面白すぎますよ〜!」


「案外私生活なんざそんなもん、例えアイドルでもね。……にしても虫の話、面白いのになんでかなぁ。あ、そうそう! 今の時期だとカマキリだよね! ムネアカハラビロカマキリとかね! 知ってるかい!? 特定外来種で」


「あ、虫の話はおなかいっぱいなので今日はいいです!」


「なんでだーーーーい!? 佐々木さんも虫NG!?」


 ちょっと気を抜くと変な方向に話が向かいがちだが、概ねガールズトークに花を咲かせ盛り上がる二人。


 するとそこを通りかかる人物が現れた。


 神崎だ。


(あの人はたしか佐々木さん……? なにしてるの、こんな所で)



「それでもやっぱり羨ましいなぁ。結城マネージャーとの生活なんて私には想像できませんよ! 毎日あのイケメンがいるんでしょ!? 家に」


 佐々木の言葉に神崎が一瞬肩を揺らした。

 静かに振り返り、オフィスラウンジではなく、待合用の椅子に探し物をするフリをして腰掛ける。

 佐々木からは見えない、すぐ立ち去れる絶妙な位置に。


 耳をすませばかすかに聞こえる二人の会話に集中した。


「……いるよ。付き合う前からだから、今はもう全く違和感ないけどね。でもまぁ、確かにそうだね。出会った頃はあの幻想的な顔に慣れなかった。……ちゃんとご飯食べるんだ! トイレ行くんだ! ……ってなったよね」



「え!? そこ!? キャハハハハ!」


「そこ気になるだろう!? むしろそこだけが!!」


「やめて! ダメお腹痛い!」


 爆笑する二人。

 神崎は静かに歯ぎしりをした。


 会話の内容でこの女が婚約者だと確定したからだ。


 しかも最悪な事に、周を迎えに来るほど執着し、佐々木と繋がっている事に。


 攻めの軌道修正をしないといけなくなり、神崎はオーバル型の整った爪を思い切り噛んだ。


 その上……

 澪桜に気付かれないように視線を向けて、値踏みするように観察した。



(何もかも凡人じゃない。こんな女の何がいいの……?)



 周がこの女に何か弱みを握られて付き合ってるとしか思えないほど冴えない見た目。

 普通にあの佐々木よりも下に思える。


 それに品やプライドのひとつすらない。

 笑い方もガサツ。飲み方は男みたいに大雑把で。

 多少、顔は整ってはいるものの、少年のような中性的な見た目で色気のひとつもない。


 いっそ男に生まれてくればまだマシだっただろうに。


 またいけ好かない笑みでその冴えない女は口を開く。


「……にしても君みたいな綺麗な子が毎日一緒に働いてくれているなんて、周さ……周は目のやり場にさぞ困ってることだろう。可憐で華やかすぎる」


(何!? 今この女呼び捨てにした!?)


 神崎は思わず振り返って睨みつけそうになる気持ちを必死に堪えた。皮膚に爪がめり込む。




「んもう! また褒める! どんだけ褒め殺せば気が済むんです!?」


「なに、思った事を言ったまで」



 不敵に笑うその姿は、さながら女を口説く男にしか見えないほど慣れたものだった。とうの佐々木は彼女に翻弄されまくって顔が真っ赤。


「ち、ちなみに結城マネージャーは誰一人として見てませんよ! 基本死んだ鯖の目をしてパソコンの前にいるか、どこかの会議室に呼び出されてるのでご安心ください!」


「死んだ鯖!! ダメだそれは濁ってる!! 想像出来るから余計に笑える」


(何なのこの女。結城マネージャーを呼び捨てにするだけでは飽き足らず……コケにするなんて、何様!?)


 あからさまに周より上位の態度。

 神崎が喉から手が出るほど切望する地位にいる。

 その澪桜の言葉に怒りが込み上げた。

 神崎はカバンの中でメモをする手が止まり、スマホを力いっぱい握りしめる。


(……もう少しだけ我慢よ。もう少し、情報を抜く事ができれば……)


 幸い、佐々木はこちらに背中を向けて座っていて、神崎は出入口近くだから気付かれてはいない。

 受付嬢も何か作業をしていて下を向いている。


 今のうちだと、情報を抜き出す為に神崎は聞き耳を立てて集中した。



「そういえばユリシスもお忙しい時期なんじゃないですか? 決算の時期ですし」


  「うちはもう潮時だよ。全く忙しくないとは言わないけどね」


  「またまたそんなぁ! 安達さん縁起でもない!」


 そこまで聞くと神崎は1階のトイレに向かった。

 そして出入口の角に隠れる。


 もし周が来て座っていた所を目撃されたら困る。

 怪しまれるようなことはなるべく避けておかないと。


 トイレに隠れて15分。

 高身長の男性が早足であの二人に近づく。

 色素の薄い髪色から……神崎が焦がれる男だとすぐに分かった。


「澪桜。ごめんね、待たせたね」


「おお! 周さ……周!」


「佐々木さん、いつもありがとう。澪桜の相手してくれて」


「いっいえ、私の方こそ安達さんと仲良くさせて頂けてあの」


「周さ……周! 見てみて! 佐々木さんがくれたの! いい匂いのやつ!! 彼女は本当に心の綺麗な可愛い子だよ!! 私感動してる! 友達になれて本当に良かった」


 いつまで経っても慣れない呼び捨て。

 それでも頑張る澪桜の姿に頬を綻ばせ、幸せを噛み締めるように華奢な指をなぞる。

 澪桜が嬉しそうに見せてくるオシャレな紙袋に目を落として佐々木に視線を向けた。


「え? プレゼントしてもらったの? ……佐々木さん、本当にありがとう。僕からもお礼を言わせて頂くよ」


「とっとんでもない」


 佐々木は至近距離で優しく微笑む周に耐えられなくて俯いた。

 本当はガン見したい最推しが今ここにいるのに。

 目の当たりにすると目を合わせられない。


「あ、最悪だ。雨が降ってきたね。……ねぇ周さん、佐々木さんも送って貰えないかな? 私のせいで帰るのが遅くなってしまった訳だし、彼女を濡らすわけにはいかない」


「えええ!?」


 佐々木が澪桜の顔を二度見する。

 周はクスクス笑いながら澪桜の髪を愛おしそうに撫でた。


 会社だろうが人の目を気にすることもなく周は堂々と澪桜を愛でる。

 そしてしばらく考えた後、周が首を傾げながら呟いた。


「……うーん。この間も軽く言ってしまって反省してたんだ。僕は構わないんだけど、彼女の立場になって考えたら良くないなって。僕に送られるなんて、プライバシーの観点から不安なんじゃないのかなって」


  「あぁ〜。セクハラだね! セクハラ結城マネージャー!」


「やめてよ! 俺セクハラしてないでしょうが!! しかもでかい声で言うな! ここ社内だぞ!?」


 パチン!


「あぅっ」


 デコピンされる澪桜。

 周がそんなふうに雑に人を扱う所を初めて見た佐々木は、二人の自然なやり取りに思わず吹き出してしまう。


 そんな佐々木に澪桜は首を傾げた。


「……佐々木さん。周さんの車に乗るの怖いかい? 一緒に帰るのは無理? やはりダメかい?」


 少し大きい、澪桜のひんやりとした手が佐々木の手を包んだ。

 無邪気な澪桜の問いに


 佐々木は思わず胸がトゥンクする。


 しかも周に先程から優しい瞳で微笑みかけられている。今まで向けられたことも無いほど、慈しみのある温かい表情で。


 美しすぎるその破壊力に立ち眩みがした。

 今度こそ、チャンスだけは逃すまいと必死に言葉を絞り出す。



「……是非ともお願い致しまするますです」


「「するますです!?」」


 シンクロする二人に秒でツッコまれた。



 三人が和気あいあいとエントランスを抜ける所を目で追い、トイレの入り口のあたりに隠れていた神崎は唇を噛む。


 真っ先に睨みつけた先は……やはり澪桜。


(あんなにガサツで魅力の欠片もない女が……なぜ結城マネージャーの寵愛をあれほどまでに一身に受けているのか)


 実際その光景を目の当たりにして余計に腹が立った。



 だが直ぐに神崎は不気味なほど口角を上げる。

 歪んだ笑顔がガラスに反射した。



「”あだち みお”、”ユリシス勤務”……ね」



 一旦作戦は変更。


 あの調子に乗っている女を叩き落とす。


 そして婚約者の座は私が奪う。

 私こそあの男に相応しい。


 凡人からの羨望を集めるのはいつだって私なのだから。

 邪魔な虫はすぐに排除しないとね。


 その深い憎しみを向ける、ターゲットが今決まった。


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