185話 シガレット
本日より、少しの間山本のお話になります。
お付き合い頂けましたら幸いです
旅行から数日後。
澪桜は休憩中に職場で九州のお土産を配っていた。
お菓子と、小物の袋。
「山本さん。どうぞ」
「ん。親御さん元気だったか?」
「はい。お陰様で……あ、それと帰りにお渡しするものが。周さんからです」
「周も付いてったのか?」
「はい。うちの親と親戚から呼び出されたのは周さんなので」
「なんだお前の親戚は。どっかのヤンキーか。……にしても……へぇ、あいつちゃんと挨拶しに行ったのか」
ペコッと頭を下げて松井の所に向かい、ランチから帰ってきた松井に何か渡している。
仲良さそうに話す二人に目を細めた後、山本は残り少ない時間でタバコを吸いに喫煙所に向かう。
(あいつが土産……? 珍しいこともあるもんだな)
休憩室の先にある喫煙室。人気の無いささやかな山本のオアシスだ。
全面がスモークがかった黒っぽいすりガラスで出来ている。音のしないスライドドアを開いて中に入った。
残り6本とライターの入ったタバコの箱を取り出し1本咥えて前髪をかき分ける。
天井に回るファンの音だけが響く室内でライターの火をつけた。
心許なく揺れる小さな火。
室内で一切風もないのに、つい癖で守るように囲ってしまう手。
ジジ……
タバコの先が朱色に染まる。
ゆっくりと口から白い煙を吐き出した。
タバコの先からゆらゆらと揺れる薄紫色の煙に視線を向けた。
ただ、ただ。
天井に登っていくその無作為な1本の糸を眺めながら物思いに耽る。
(周が……結婚か)
つい数ヶ月前まで女の影すらなかった男が、拗らせていた片思いを実らせ、付き合った途端にプロポーズし、紆余曲折の後今は同棲中。
……そして親に挨拶に向かった。
自分の信念を持ってまっすぐ突き進む周が未だに信じられなくて、すりガラス越しに通り過ぎていく人影を眺めながら呟いた。
「やっぱすげぇな、お前は……安達と幸せになれよ周」
鼻を掠めるキャラメルマキアートのような甘い香り。
その香りとは全く違う、口の中に残ったタールの苦味だけを飲み込みタバコを消した。
***
「ううう〜何でなんですかねぇ〜」
「だから、お前ペースが早えんだよ。ほら、刺身食え」
「ありがとございます……美味い」
小料理屋のカウンターで管を巻く松井に眉を下げた。
周に出会いより人間性を見抜ける目を養えとお説教をされてから、少し変わった。
見た目も、中身も。
最近他部署の男性から声をかけられ、ひとまずLINUから始めましょうと連絡先を交換したばかりだった。
メッセージからゆっくりと距離を縮めようとしたらしい。
だがその男性は、あまりメッセージを返して来ず、そのまま自然消滅という形で終わってしまったのだと。
全く上手くいかない事に、すっかり自信を無くした松井は情けない声で嘆く。
「山本さんんんん。私、男の人の考えてる事が未だによく分かりません……」
少し考えた後に山本は口を開いた。
「そりゃ他人を100%理解するのは誰だって無理だろ。まぁ、今回のそいつはただ単にお前に興味なくなっただけじゃねぇの?他に女が出来たとかな?」
「えええ!? なんでですかそれ!? 酷い!!」
「あくまで可能性だよ。俺に突っかかっても仕方ねえだろうが」
「そりゃそうだけど。……はぁ」
「……なんだよ。歯切れ悪ぃな」
「澪桜先輩が羨ましい。あんなに惚れられて、溺愛されて」
「え!? ……お前も周みたいな奴がいいの?」
チャンジャを口に入れた後、山本はびっくりしたように松井に聞いた。
「そうじゃなくてなんというか……ああいう関係性が羨ましいんですよ! 誰だってそうでしょ!? どうやったらあんなに愛してくれる人と出会えるんだろうなぁ……」
つぶらな瞳でカウンターの先に並ぶ地酒を眺める松井の小さな横顔に目を向けた山本は、軽く視線を逸らしてまたビールを口にした。
「さぁなぁ……」
「それに、結城さんは怖いから私なら絶対嫌ですけどね!」
「怖い……あははははは。お前めっちゃ言われてたもんな」
「笑い事じゃないですよ! ……はぁ。なんで私はいい男と出会えないんだろう」
一瞬、止まる山本。
手元のツマミに目を落とした後、軽く口に運びイタズラに笑って見せた。
「……まぁ、頑張れ」
いつもと変わらない雑な慰めに、松井は文句をいいながらまた酒を煽る。
「……なんですかそれ! もっとしっかり相談に乗ってくださいよ!! ……ったく本当に役に立たないなぁ。……まぁモテないから仕方ないか!」
「はぁ!? 勝手に決めつけてんじゃねぇぞ!! モテモテだ俺は!! 今だって部下の愚痴を聞いてやるような良い上司じゃねぇかっ! むしろ褒めろ!」
「いやいや、タバコにお酒にギャンブルまでするし。その時点でアウトです! まともに仕事してて女性トラブルが無い事以外、なんの取り柄もないじゃないですか〜」
少し考えた後、山本はピッチをあげようとする松井を制止して、代わりにウーロン茶を頼み料理の追加注文をする。
メニューを閉じた後、少し寂しそうに答えた。
「……まあ、昔飲んだ勢いで1回だけ浮気した事あるから女関係は問題無いこともねぇけどな」
「山本さん、マジで救いようのないカスじゃないですか!」
「うるせぇよ!! ほっとけ!!」
しょうもない話で盛り上がる。
数ヶ月前、澪桜の残念会から飲みに行く頻度があがった二人。
記憶を無くすほどには飲ませないように、ある程度松井の限度が分かった山本は潰れさせる事なく今日も愚痴を聞いて小料理屋を後にする。
「ふぁー! お腹いっぱい! 山本さん、ご馳走様でしたぁ」
「はいはい。ほらタクシー来たぞ」
「え? いや、今日は電車で帰り――」
問答無用でタクシーを呼び止め松井を車に乗せた。
まだ何か言っている松井を遮ってお金を渡す。
「いいから、ほら。しっかり家の前まで乗せてもらえよ。じゃあお願いします」
運転手に挨拶した後、松井を乗せたタクシーを見送った。
小料理屋の空調で冷えた体には今の気温が心地いい。
暖かな風が山本を通り過ぎていく。
しばらくして家の方向に歩き始めた。
ポケットの中のタバコを握りしめて。
「『俺にしとけよ』……なんて言えるわけねぇか」
誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた後、自分を嘲笑った。




