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186話 キャラメルマキアートの香り

山本の過去編です。


よろしくお願いいたします!!

 


『ねぇ、分かってやってるの?』




 絞り出すような

 悲しみを帯びた声が聞こえた気がして目が覚める。




「っ……クソ……またか」




 暗闇の中、冷蔵庫とエアコンの音だけが響いていた。



 ソファに沈んでいた体を無理やり起こす。

 変な体勢で寝ていたせいで身体中が軋んだ。


 スマホを確認すると……時刻は1時を回った所だった。



 グシャ……


 イラついたようにローテブルに置かれたタバコを手に取って、火をつけた。




 夢で聴いた彼女の声が耳から離れない。



 あの日から俺はずっと……過去に生きている。


 自分が許せなくて。




 ***




 由佳との出会いは高2の時。

 同じクラスで文化祭の係が一緒になったことで仲良くなり気が付いたらクラス公認のカップルになっていた。


 順調に付き合い続け、何のトラブルも無くお互い東京にある志望校に進学した。


 大学に入るタイミングで一人暮らしを始めると、学生同士助け合うように自然と同棲するようになった。



 短大卒業後、保育士になった由佳は楽しそうに子供の話をよくしていたが、職場の人間関係は大変なようでよくボヤいていた。


 まだ学生だった俺からしたら、先に社会人になった由佳がものすごく大人に見えた。



 でも、そのストレスは俺の想像より大きかったみたいで……気付いたらアイツはタバコを吸うようなっていた。

 俺がタバコ嫌いなのを知ってて。



『ごめんね、拓。これだけ許して? いい匂いのやつにしといたから』



『そう言う問題じゃねぇよ! 身体に悪いだろ!? 止めろよ』



『……外で吸うからさぁ〜。でもこれ、タバコとは思えないくらい美味しそうな匂いでしょ!? これなら拓、気に入るかなって』



『たしかにいい匂いだけど……そういう事じゃねぇだろ!?』



『えへへ、ごめんごめん』



 申し訳なさそうにしながらも、約束通りベランダでタバコを吸う姿がかっこよくて好きだった。

 見たこともないパッケージの、茶色い葉巻みたいなタバコ。


 同い年なのに俺より大人で、甘えてくる時のギャップが可愛くて。

 愛情はいつもまっすぐ伝えてくれる……そんなやつだった。


 毎日一緒に過ごして、飯食って、喧嘩もあったけど楽しくて。


 こんな日がいつまでも続くって、その為に就職して安定したらプロポーズとかして、自然と結婚に向かうんだろうななんて


 そう……思っていた。



 それなのに。



 大学卒業後、俺はユリシスに就職した。

 同期から久しぶりに連絡が来て、人数合わせで呼ばれた合コンに軽いノリで行ったのがマズかった。


 しかも、彼女に内緒で。



 合コンが始まると、俺に気がありそうな女が谷間を見せたり腕に擦り寄ったりしてくる。正直好みでもなかったが久しぶりの感覚に悪い気はしなかった。


 飲み会の終わり頃に女が甘い猫なで声で俺に耳打ちする。



『ここ抜け出して……いいことしよ?』


『ぶっちゃけ俺彼女いるんだよ』


『別に言わなきゃバレないし、いいじゃん♡』



 若かった俺は……いや、違うな。

 バカだった俺はそんな安い誘惑にすら抗えなくて、そのままホテルに行ってしまった。


 虚しいだけのなんの意味もない行為。

 溺れることもなく作業のように。

 終わった後は満足感も何もなく。

 ただ罪悪感と後悔だけが残った。


 夜中家に帰ると椅子に座ったまま、由佳が待っていた。



『おかえり、遅かったね』



  そう言う彼女の横をそそくさと通り過ぎた俺に向かって背後から、一言言った。



『……シャンプーと香水の匂いさせて帰ってくるって……どういう事?』



 ドキッと心臓が跳ね上がった俺は、必死で取り繕う。



『いや、これは違うんだって!』


『何が違うの?』



『そっ……それは』



 まっすぐな由佳の目に見つめられて観念した俺は、隠していた事、今日あった事全てを洗いざらい話して必死で謝った。


 由佳は責めるでも、喚くでもなく……


 静かに声を殺して、震えながら泣いていた。



『ごめん! 本当にごめん!! 許してくれよ』



 俺はなりふり構わず土下座した。

 カッコ悪くてもなんでもいい、許して欲しかった。

 自分の行いがどれだけ愚かだったのかすら考えずに。




『ねえ、分かってやってるの?』



 しばらくして、小さく悲しい声で由佳が言った。



『……え?』



『自分が何をしたのか、分かってやってるのかって聞いてるの』



『だからごめんって!!』



『……分かってるわけないか。分かってたら……浮気なんかしないよね』



『もう二度としないって! 魔が差したんだ!! 本当に悪かったて!』



『拓海は本当にバカだね。……そういう事じゃないよ』



 それ以上何も言わないまま、同棲して初めて、彼女は室内でタバコを吸った。


 泣きながら……寂しそうに。


 俺は何も言えないまま立ち尽くしていた。



 その日はそれで話し合いは終わり、会話もせずに眠った。

 ドラマみたいな喧嘩や修羅場なんて無いまま、ただ静かに俺は彼女を傷付けた。


 しかも俺はこの時許して貰えた、そう勝手に思ってしまった。

 その後も一緒に生活ていたから……由佳は俺から離れていかない。

 傍に居てくれる


 勝手にそう信じていた。


 浮気が発覚してから2週間後。




 仕事から帰ってきたら、部屋は真っ暗だった。

 いつもなら先に帰ってきて飯を作って待ってくれてるはずなのに。


 彼女の荷物は全て無くなり、テーブルの上にメモがあるだけだった。

 

 現実が受け止めきれない俺は、震える手でメモの文字を読む。




 拓海へ


 今までありがとう


 この6年間、一緒にいられて幸せだった


 だからこそ、拓海の裏切りがどうしても許せない


 ごめんね、もう二度と会えないけど


 心から愛してた


 どうか幸せになってね


 由佳



 目頭が熱くなる。何度も何度も読み返した。

 だけどそこにはもう救いはなくて。


 取り返しなんかつかなくて。



 自分のせいで……



 由佳を失ってしまった。



『愛してる』



 照れたように言う由佳の顔が忘れられない。

 正直、そんな言葉返したことないし、愛なんて分からない。


 俺がしてたのはただの恋だったのかもしれない。


 でも、それでも


 俺の人生で一番大切な人だった。



 現実が受け止められなくなって、気持ち悪くなった俺はトイレに向かった。


 トイレの小物を置くトレーの上に……

 由佳のタバコが置いてあった。




 空っぽになった部屋に、たった一つ残された忘れ物。


 ベランダに出て、震えが止まらない手で箱を開けると見覚えのあるライターとタバコが数本入っていた。


 大嫌いだったはずのタバコ。


 1本咥えて火を付ける。



『っ……ゴホッ! ゴホゴホッ』



 これの何が美味いのか、やっぱり分からなかった。

 だけど、慣れるまで必死で吸いつづける。


 副流煙がやけに目に沁みて、涙が流れた。



 優しく香る、甘いキャラメルマキアートの香り。



『これなら拓海、気に入るかなって』



 俺はこれから先ずっと

 自分で自分を許せるようになるまで

 ずっと……


 由佳の香りに包まれながら

 過去に生きると決めた。




 ***



 数年後高校の同窓会で同じクラスだったヤツに、由佳が結婚したと聞いた。


 ものすごくショックで。


 自分が未だに、由佳と寄りが戻せると戻したいと思ってた事が何より許せなかった。



 もう、好きだった気持ちはない。


 いや、好きだった気持ちはまだあるけど


 もうそれは思い出に変わってしまった。


 後悔と懺悔と俺への戒め。




 あいつが子供ができた事を聞いた時にはもう、ショックも何も感じなくなっていた。



 痛みはもう無い。

 ただ、幸せでいてほしい。

 俺のいない場所で。


 ごめん、由佳。

 俺がバカでごめん。

 傷付けてごめん。



 俺は誰も幸せに出来ない男なんだ。


 誰も愛せないんだろう。


 愛し方すら知らない俺に人を好きになる資格はない。




 だから今日もまた一人、このキャラメルマキアートの香りに包まれてあのかっこいい姿を想う。



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