183話 初心者の価値観
昨日はお休みしてしまってすみません!
その割にたいしたお話じゃないかもしれない……
でも私はこういうアクティビティって楽しいと思うんです
標高が上がるにつれ、空気は少しずつ薄く、澄んでいった。
何処までも広がる萌黄や若草が目にも鮮やかで、少しだけ温かみが差し始めた空の青とのコントラストが美しい。
高台に位置する宿泊予定のコテージに着いたふたりは車を降りて背伸びをする。
草の匂いを含んだ、街中より爽やかな風が頬を撫でる。
「んー! 周さん、運転お疲れ様だったね」
「いや、澪桜さんこそ。来る時カーブばっかだったけど酔わなかった?」
何気ない会話をしながら正面入口と書かれた建物に入る。
周りにも小さな建物がポツポツと広大な敷地内に広がっていて、ひとつの集落のようになっているその施設。
本日の催しの看板には陶芸やピザ作り、チーズ作り体験など色んなイベントが書かれていた。
季節によっては、いちご狩りやブルーベリー狩りも出来るようだ。
(ほとんどの体験の時間はもう過ぎていたのだが、何を予約したのだろう?)
そんな風に思いながら澪桜は周について行く。
フロントでサクッとチェックインを済ませ、今日泊まるコテージに向かう。
おとぎ話にでてくるようなアンティークな作りのコテージ。
入口のウッドデッキにはロッキングチェアが置いてあり、かなり雰囲気が可愛い。
思わず座って揺られる。
ギッギッ……と木製独特の音がまた渋い。
「気に入った? 中も入ってごらんよ」
「うん!」
周が開けてくれたドアを通り中に入る。
全面的に木目を活かしたナチュラルな佇まい、そしてヒノキの香り。
都会の喧騒を忘れさせてくれるような、穏やかな空間に思わず深呼吸をした。
部屋には景色を楽しめる露天風呂も付いていて、キッチンまである。
この一室で何もかも完了してしまうほどに整った設備。
冷蔵庫にもご当地の飲み物やデザートが入っていた。
「周さん! デザートもコーヒーもあるよ!? すごいこのコテージ! 至れり尽くせりだ!」
楽しそうに部屋を見て回る澪桜に視線を向けながら周は荷物を置いてローチェアに腰をかける。
「一応、アクティビティの予約はしてあるけどどうする? 行く?」
「アクティビティの予約って何の?」
「セグウェイ、大草原ツアー!」
「うおおおおお!!! 行く!!! 今すぐ行く!!」
興奮したように、澪桜は周の手を引いて外に出た。
集合場所に向かってみるとインストラクターの傍には数名参加者がいた。予約優先ではあるが、ここは観光施設でもあるので一般客も多い。
乗り方の説明を受け、軽くその場で練習したあとは、広大な敷地内を散策していいとのことだった。
こういうのが好きな澪桜はあっという間に乗り方をマスターし、スラロームを難なくこなす。
周は低速で真っ直ぐ進むのがやっとなのに。
参加者が各々行きたい方向に散らばって行く中、澪桜はさっさと開けた道を進んでいく。置いていかれそうになった周はへっぴり腰のまま澪桜を呼び止めた。
「み……澪桜さん待って!」
「ほら〜大丈夫だから、もう少し前にハンドル傾けてみて!スピード出るから」
「転けそうで怖いんだよぉ」
牧場も経営している施設では放牧されている馬や牛、羊やヤギが自由に草を食べている。
その様子に癒されながら、澪桜と周は滑るように通り過ぎていく。
「たーのしいー♪」
「俺も……少し慣れてきたかも」
だいぶスピードが出せるようになった周は澪桜と並んで走り始める。景色に目を向ける余裕も出てきて、景観を楽しみながら散策を続けた。
しばらく草原を走っていると少し高い鐘の音色が聞こえてくる。音のする方向の小道に入ってみた。
すると幸せの鐘というハートのアーチを描いたオブジェが見えてくる。
そこで鐘を鳴らしたあと記念に撮影するのだろう。数名のカップルが、イチャイチャしながら自撮りしていた。
ほえー! っと感心したように、カップルを眺めながら通り過ぎる澪桜へ声をかけた。
「やってみたい? 写真撮影」
クスッと笑った彼女が周に視線を戻して口を開く。
「いや、違うこと考えてた。ちょっとした疑問だよ」
「ん? 疑問?」
「なぜキスする時に人は、首を傾けるのかなって」
「き……キス!?」
澪桜の口からキスという言葉が出てきた事に声を裏返して動揺した周だったが、少し考えた後頷いた。
「うーん。鼻が当たるから?」
「外国人でもないのに!? そんな立派な鼻じゃないよ? 日本人は小鼻で有名だよ? そして私はだんご鼻!」
「いや澪桜さんだんご鼻でもないでしょうよ。あとは唇をフィットさせるため?? ……いやたしかに正面でもいいような……??」
「でーーーしょーーー? 疑問だよ! 映画とか見てて子供の頃から思ってた!」
「子供の頃からて。何アホなこと考えてんの」
ツッコミながら周は呆れたように笑う。
揃って恋愛初心者の二人。
全く分からない未知の世界の謎について。
更に会話は続く
「あとさ、映画とかドラマってさ、なんであんなパクパクパクパクってやるのかな!?実際ああやってするものなの?」
「ぶっ!!!!」
首を左右に傾けながら口をパクパクするさまが……なんというか。壊れたおもちゃのような、陸に打ち上げられた魚のような。
とにかく物凄い変な顔で周は思わず吹き出した。
「み……澪桜さん。それはダメだ。それはやっちゃダメだ」
「なんでだい?パクパクパクパクパクパクパクパクパー!」
「あはははははははは!やめて!!それやめて
!!!ものすごい変な顔!」
「おやおや〜失礼だねぇ?あ、危ない周さん、前方に大きな木!」
「あははは……へ?……うぎゃっ!!」
よそ見して爆笑しながら正面衝突する周。
「大丈夫かい?」
慌てて周に近づき体を起こす。
セグウェイは辛うじて無事だったが、土埃だらけになった彼の体を叩いて、頭に付いた葉っぱを取ってやった。
「いやあ、ホント君は鈍臭いねぇ」
「……なんかめちゃくちゃ理不尽なんですけど」
言いたいことを飲み込みながらもさっきの変顔が頭から離れない周はまた笑い出してしまった。
何がおかしいんだい?と言いながら澪桜もつられて笑った。
(なんかもう、ホント好きだな俺。澪桜さんが可愛くて仕方ない。ずっとこうやって遊んでたいよ)
ひとしきり遊んだ二人は夕方、レストランでコース料理を食べ舌鼓を打った。
産地直送の新鮮な魚介類を思う存分楽しんだ後は、ゆっくりと風呂に浸かる。
周は一人大浴場に、澪桜は室内の露天風呂を楽しんだ。
澪桜の着替える時間を考慮した周は、少しロビーのソファで飲み物を飲みながら熱を冷まし、ゆっくりと歩き始めた。
美しい虫の音色に耳を傾け、漆黒に染まる夜空を見上げながらロッジへ戻る。
部屋に入ってみると、しん……と静まり返っている室内。
音を立てないように気を付けながら寝室の方に目を向けると、部屋着のままベッドで寝落ちしている澪桜がいた。
まだ9時にもなってない。余程疲れていたのだろう。
小さく聞こえる寝息。
幸せそうな寝顔を見ながら傍に寄り
澪桜の顔にかかる髪を優しくよける。
周は目を細めて小さく呟いた。
「お疲れ様、澪桜さん。もし君の目が覚めたら……二人で良いものを見に行こうね。今はゆっくりおやすみ」
澪桜の頬に甘くそっと口付けをした。




