180話 線香花火
今回は完全なる澪桜視点のお話になります。
翌日、正午より親戚との会食。
昨日何度もシミュレーションした結果、本番では完璧な婚約者の顔で挨拶する周さん。
彼を紹介した途端、20人ほど集まった親戚達は鳩が豆鉄砲食らったような顔で唖然としていた。
だか、予想出来たのはそこまで。
うちの親戚のパワーを前に完璧な婚約者の顔なんて1分ともたなかった。
その後興奮した親戚達はゾンビ映画のパンデミック状態になり、ボロきれのように周さんを揉みくちゃにする。
みんなほぼ同時に聞き取れないほどの速さで話しかけまくった。
「何処で働いとると?」
「綺麗な髪やねぇ? ハーフか何か?」
「澪桜なんかのどこが良かったと!? あれか、澪桜と同じで虫が好きなん?」
「何飲む? お酒飲みきると!?」
などなど。
速攻で助けを求める彼の傍に行こうとしたが、親戚の勢いが物凄くて到底無理。そんな中、救いの女神となったのがうちの母だった。
「はいはい! 皆席着いて! 周さんが困っとるやろ!? どうせ親戚になるんやけ、これからちょいちょい会うようになるやろ。今そんながっついたら田舎もんやって嫌われるよ!」
それは確かに! と納得したみんなは一瞬で冷静になり、静かに席についていく。
さすが母。父方だろうが母方だろうが関係なくうちの親戚達の頂点に君臨している。
ワイワイと和やかなムードで会食は滞りなく進み、周さんも途中からだいぶリラックスしてきた様子で過ごしていた。
会食が終わった後も子供たちと遊んだり、おっさん達と何やら仕事の話に耽ったり、おばちゃん達とアイドル(?)撮影会したり。
案外楽しそうだった。
「……澪桜さんのご親戚は皆温かいね。なんか、もう家族になった気分だよ」
彼の言葉がとても印象的だった。
知らない人の輪に入るのは苦手と聞いていたから。
私はなんだかそれが凄く嬉しかった。
そういえば、帰省の際に車に乗せていた荷物。
中を開けてみると桐箱に入った素麺と蔵造りのたまり醤油と麺つゆのセットだった。
昨日うちの母にも「良かったらご家族で召し上がってください」って渡してた。
帰りがけに雲龍紙で美しく梱包された箱を、親戚達に丁寧に手渡す
「まだまだ残暑が厳しいので、どうかご自愛くださいね」
そう微笑みながら。
……できる男だと思った。
というか本当にあざとい。
親戚達は感動して皆大満足という表情で帰って行った。
「結婚式は絶対呼びよ!? 宿泊費とか交通費とか一切要らんけん! 御祝儀奮発しちゃるけ期待しとけよ!? だははははは!」
「そうそう! うちも奮発しちゃるけ澪桜、その金でパーっと新婚旅行行ってこい!」
そんな風に周さんの肩をバシバシ叩きながら父の兄弟達は豪快に笑って帰って行った。
料亭の前で解散し、それぞれ帰路に着く車を見送りながら、満足そうな周さんを見て賄賂という言葉が思いついた私が「贈賄」と思わず呟くと「事実無根です!」とデコピンされた。
***
夕方、周さんが何やら父とキャッキャとはしゃいでいた。
弟も珍しくニヤニヤしている。
普段しないような時計を見ながら。
ん? 時計? しかも新品っぽい。
父は父で、電動リールにお手製のルアーコレクションを付けてみたりして、周さんに見せている。
電動リール、あんなイイヤツ持ってたっけ?
母も母で、何やらカバンを持って鏡の前でファッションショーをしていた。
普段カバンなんか布のトートバッグしか持ってないのに。なんだあのハイブランド品は。
流石に気になった私はみんなに聞いた。
「ねぇ、それどうしたと?」
「「「昨日周さんから貰った!」」」
ニコニコと口を揃えて言う。
「はああああああああ!?……ちょ、ちょっと見せて!!」
慌てて近づき物を確認する。
最新式の電動リール。いくらするんだこれ、しかも3つ。
そして真新しい竿2本。
カジキマグロでも釣る気か父よ。
亮太の腕に光る時計。……うん。高いやつ。なんか私ですら見た事あるロゴ。
母のカバン……言わずもがな、高いやつやろこれ! 偽物でもない限り!!
ギッ!!!! っと周に睨みつけた。
素知らぬ顔でニコニコしている。
全く懲りてない様子にムカついた私は叫んだ。
「この贈賄野郎が!!! 返品してこい!!!」
「うん、言い方酷くない!? だって少しでも気に入られたいんだもん! 仲良くなるにはプレゼントからでしょ!?」
「金額がおかしいんだよ!!! いくらしたこの総額は!!!」
「んんー?? カードで買ったから覚えてないや☆」
「あははは! 面白いなぁ周さんって」
周のあざといキョトン顔を真似しながら隣に並び、亮太が腹を抱えて笑う。
「うるさい亮太!! プレゼントなんぞオトンにはゴカイ(餌)でいいし、亮太にはダンゴムシあげたら喜ぶし、オカンは百均の靴下でいいんだよ!!! 親戚にはスーパーの素麺と麺つゆでもやっとけ!!!」
辛辣な澪桜のツッコミが外まで響いた。
***
夜9時過ぎ。
鈴虫の音色がお盆の静けさを彩る中、虫除けスプレーを入念にふりかけた後、私たち5人は庭先に出ていた。
私の家の庭は無駄に広い。
所々ミカンとビワの木、それから松が生っている。
土だった足元には真っ白な砂利が敷き詰められていた。
母が2つほど水の入った大きなバケツとロウソクを持ってきた。
「家族で花火とか久しぶりやねぇ! さぁてビックイベント! 始めますか」
「イエーイ!!!」
ノリノリのうちの家族を見て周さんが優しく微笑む。
私は父が買ってきていた大量の手持ち花火のパッケージを開けていく。
中でもロング花火と書かれた一番長い物と、ほか数本選び、周さんにも渡した。
家族はもう既に花火をし始めて盛り上がっている。
こんな夏休みの思い出みたいな夜を過ごすのはいつぶりだろう。
大人になっても手持ち花火というのは楽しい。
ロウソクで花火に火をつける。
火薬に火が移り一気に光が強くなった。
隣に寄り添うように立っている周さんに
自分の火を分けてあげた。
楽しそうに花火へ点火する彼。
筒の先から真っ直ぐに伸びる光が黄色、水色、ピンクと色彩を変えていく。
大量にある花火を家族皆で次々とリレーのように点火していく。
花火が途切れないように。
あれだけの数あったのに、ものの15分程であっという間に楽しい時間は終わっていった。
最後に残った線香花火。
私の一番好きな花火。
周さんと庭先でしゃがみ、母から分け与えられた線香花火を半分こする。
「どっちの方が長くもたせられるか競走ね」
少年のような無邪気な笑顔で周さんが言う。
「分かった! 負けたらアイス奢りね☆」
亮太がその話を聞きニヤニヤしながら割り込んできた。
「面白そうやん! いいね、俺も乗った!」
「俺もだああああ! 息子には負けん!」
「お母さん強いわよぉぉ?」
家族皆で笑って過ごす最後の夜。
たった二日間。
普段ならそれで満足だと思ってたのに。
もっと休みを伸ばしておけば良かった。
今回はなぜか寂しく感じた。
楽しそうな亮太の声が響く。
「あはははは! やっぱオトン弱〜! 指の揺れ方が半端ないんちゃ!」
「ぐう!! 仕方ないアイス買ってきちゃるよ! 何がいい?」
「「ハーゲンダッシュ!!」」
皆声を揃えて言った、ちょっとお高いアイス。
父は笑いながら買いに行く。仲良く亮太を連れて。
「さてと、お母さんは今のうちに片付けてスプーン取りに行っときますかね」
私たちの前に一つだけバケツを残して、母は片付けに行ってしまった。
ドアを閉める音が聞こえた後鈴虫の音色がまた響き始めた。
温かな風か2人を通り過ぎていく。
手元に残る、2本の線香花火。
周さんと二人で静かにロウソクを見つめた。
ヒラヒラとした先端の薄紙に火を灯す。
シュポッという小さな音と共に少しず持ち上がってく小さな光。
オレンジ色の蕾ができた。
ゆっくりとパチパチ音が鳴り始め、綺麗な牡丹が花開く。
大きな花びらが入れ代わり立ち代わり見事に咲き乱れた。
少しずつ少しずつ力を無くしていき松葉のように降り注ぐ火花は、小さな菊の花に変化していく。
彼の瞳に映るオレンジ色の儚い光。
私も線香花火に視線を落とす。
甘く優しい声が耳に響いた。
「綺麗だね。花火なんていつぶりだろう、こんなに楽しいなんて知らなかった」
「私も、大人になってもこんなに楽しいなんて知らなかったよ」
そう言い終えるか終えないかのタイミングで、線香花火はほぼ同時に光を失っていく。
……物悲しく、そして儚く。
私は囁かな願いを呟いた。
「この線香花火みたいに君とずっと同じ時間を生きていけたらいいな」
同じ時を生きて、同じ時に寿命を全う出来たらどんなに幸せだろう。
「生きていけるよ。線香花火なんかと比べ物にならないほど途方もなく長い時間をね」
確信を持つような温かい声に安堵する。
少しだけ周の肩に頭を預けて火薬の残り香の余韻に浸った。




