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179話 決別の後の……

 


 周はゆっくりと腕の力を抜く。

 背中に回っていた華奢な手が離れていった。


 名残惜しそうに澪桜の髪を耳にかける。



「じゃあ、帰ろうか。澪桜さんが帰って来たら皆で花火しようって、お父さん張り切ってディスカウントショップに買いに行ったよ」



「えぇ〜? 今日はもういいよぉ」



 周に触れて元気を取り戻した澪桜は、いつもの雰囲気に戻っていた。



「そういえば君、AIに間違えられてたよ」



「ええ? どういう事? 意味わかんないんだけど」



「ヘイ周! 今の天気教えて☆」



「現在の天気は晴れ、気温は32℃です☆ ……って何言わせるんだよぉ!!!」



「あははははは! さすが周さん、ノリがいいねぇ♪」



「……ったく」



 楽しそうに笑う澪桜にホッと安心した周は、笑みを深めて華奢な肩を抱き駐車場へ向かう。


「安達さん!!」



 車の前にたどり着いた二人の背後から

 掠れた大きな声が響いた。

 振り返る周と澪桜。



「……あ、三村くん」



 必死に追いかけてきた三村。

 さっきの最後の言葉が

 受け止めきれない。

 


『元気でね』



 決別のような言葉だった。


 振り向いた澪桜の綺麗な黒髪が夜風に揺れる。

 長年の思いの丈をぶつけようとした瞬間。


 隣に立つ高身長の男性に気付いた。



 街灯の下、心許ない光を受けて透ける髪色。


 穏やかそうな切れ長の目に真っ直ぐ見つめられ

 三村は思わず息を飲んだ。



 言葉が……出せない。



「どうしたんだい?」



 澪桜の軽い声に胸が締め付けられた。

 精一杯の質問を呟く。



「また……同窓会で会える?」



 澪桜は少し考えた後

 ゆっくり首を振り優しく微笑んだ。



「いや、もういいかな」



「……そっか」



 少し三村の視界が揺れた。

 決定的な返事にもう返す言葉もなくて。かっこ悪いのは分かってるのに、どうしても動けない。

 

 背後からガラララとスライドドアの開く音がする。ワイワイと人の声が聞こえてきた。



「タクシーもう来てるのぉ?」



「駐車場に呼んでおいたから大丈夫だろ……て、あれ安達さん?」



「え?」



 ゆっきーと腕を組んで駐車場に来た綾音と澪桜の視線が交差する。少しだけ動揺し、バツが悪そうにする綾音に対して


 澪桜の表情は変わらないまま、綾音と三村に視線を向けて穏やかに笑った。



「じゃあね。バイバイ」



 軽く手を振り、周のエスコートで車に乗り込んでいく。

 助手席のドアを閉めた後、周が綾音達三人の方向に視線を向けた。


 何も声を出さないまま、丁寧にお辞儀するさまが何故かとても優雅で立ち尽くすしか出来なかった。


 澪桜を乗せた車は静かに駐車場を後にする。


 小さくなっていく光を見つめながら

 ぽつりと三村が最初に呟いた。



「バカだな……俺は」



 変な噂を信じて期待して

 告白すればまだなんとかなると思ってた。

 そのなにもかもが。



「て言うか何あれ!? あ、あれが婚約者!? 迎えに来てるなら私にちゃんと紹介くらいしなさいよ!!! 電話して文句言ってやる!」



「おい、綾音やめろよ」



 ゆっきーが軽く制止する。



 だが、様子がおかしい。



「……あれ? 電話繋がらない……どうして?」



 電子タバコをふかしながら、ゆっきーは誰に言うでもなく冷めた口調で呟いた。


「やっぱさっきのアレ、安達さんだったか。喫煙所での会話多分聞かれてたんだろうなぁ」



「え……」



 血の気が引いていく綾音。

 もう一度かけてみるが……繋がらない。


 綾音達に興味もない三村は、服部の手伝いをする為に店に戻って行く。


 澪桜の車が向かった方にまた一瞬視線を向けた後、独り言のように未練を口にした。


「……もし学生の時に告白してたら、今頃何か違ってたのかな」



 そう言い残してスライドドアを閉めた。


 俯いたままの綾音はタクシーに乗りながら、もうここには居ない三村に質問の答えを教えてやった。



「あの子は人を好きになることすら知らんかったんよ? 一方的に告ったところで無理に決まっとるやん」



 片眉を下げて呆れた表情を浮かべたまま、ゆっきーもタクシーに続いた。


「なーんだ、やっぱ安達さんの親友やん」



「……だからやめてよ……たった今、親友やなくなったんやけん」



 弱弱しい鼻声が車内で虚しく響く。

 2人を乗せたタクシーは静かに夜道へ消えて行った。



 ***



 車に乗り込んですぐスマホを触る澪桜。


 田んぼの横の河川敷を車で走っていく。

 景色を遮る物が何も無い久しぶりの光景。


 ハイビームじゃないと到底走れない、街灯のひとつも無い狭い道。


 沈黙したまま澪桜の好きな曲を流し、柔らかな表情で運転する周の横顔に目を向けた。



「何も聞かないのかい?」



「聞かないよ。俺は澪桜さんの安全基地になれてたら……それで満足だから」



「なんだいそれは。私をこんなに依存させて……悪い男だね君は」



「そ。悪魔だからね、俺は。……いや、AIですから?」



「ぷはっ! やっぱ気にしてた!」



 冗談交じりに微笑む周の優しさにまた溶かされていく。


 澪桜は自然に話し始めた。



「……さっきの子が綾音でね」



「ああ、あのちょっと派手な子?」



「……そう。前はあんな感じじゃなかった。いつの間にか離婚もしてたみたいでね」




 外を眺めながら澪桜が独り言のように、寂しそうに呟いた。



「学生の頃からの親友でね。私みたいな変人を切り捨てないのは彼女だけだった。……今までたくさん別れを経験してきたけど、人生で()()()に辛い別れだったよ」

 


「……そうだったんだね」



 先程の言葉の重み、周ですら分かった。

 綾音(彼女)が分からない訳はないだろう。


 自分から悲しい決断をした澪桜をあのテンションの中に今すぐ戻すのは酷だと思った周は家の方向に行かないまま河川敷を進んだ。



「少しだけ寄り道しようか」



 しばらく走ってると、車で下に降りれる運動場のような場所が見えてきた。

 駐車場もあるようなので降りてみる。



「ここ、懐かしいなぁ。うわ! 整備されて陸上競技場みたいだ!!」


「車から降りないようにね。多分蚊の餌食になるよ」



 少しテンションが上がる澪桜に、クスクス笑いながら忠告する。

 シートベルトを外し、ハンドルにもたれかかった周は澪桜に視線を向けて話を戻すように口を開いた。



「……辛かったね」



「そうだね。唯一の……親友だったから」



「それは聞き捨てならないな。元親友の俺からしたら」



「そりゃそうだけど!」



「彼女は人生の進む方向が変わってしまったのかもしれない。だけど俺はずっと変わらないまま、君の傍にいるよ。だからもう寂しがらなくていい」



 月明かりに照らされて柔らかな笑みを浮かべる。


 周の変わらない優しさが何故か深く刺さった。



 私は君に甘えるだけで何も返せないのに。

 言葉すら尽くせず、傷付けてばかりなのに。



 喉が……熱い。


 目頭も熱を持つ。



 今なら―――言える気がした




「周さん……」



「何? 澪桜さん」



「キス……して」



 澪桜の瞳が潤む。

 頬を染め、切実めいた泣きそうな顔で。

 吸い寄せられる視線。柔らかそうな桜色のそれに目を落とした瞬間、周は喉を鳴らした。



 二人の間に、答えを待つような沈黙が流れる。


 静かに目を閉じて周を待った。


 激しい鼓動。


 周の動く衣擦れの音だけが響く。


 優しく澪桜の頭を周の腕が包み込み、引き寄せた。



 するとヒヤッとした少し硬めの感触が唇に触れる。

 唇じゃないことに気が付き、澪桜は思わず目を開けた。



 柔らかく吸い込まれそうな程美しい瞳が澪桜を映す、長いまつ毛が揺れた。



 熱い息がかかるほどの距離で

 澪桜の唇を優しくそっと指で隠したまま周はキスをした。



 コツンとおでこを重ねる。

 澪桜は暴れる心臓を抑えたまま耳を真っ赤にしていた。優しく撫でながら周は口を開く。



「澪桜さんごめんね? 俺だってしたいし、君の気持ちが物凄く嬉しい。でも悲しいファーストキスはしたくないんだよ。キスだけは幸せな思い出にしたい」



「……周さん。わた―」



「キスのために予約してたわけじゃないけど、実は君に見せたい景色があるんだ。せっかくならそこでロマンチックなキスをしよう! 一生残るような思い出になるよきっと! へへ」



食い気味に言い訳するように、予約した大分の旅館のサイトを見せてきた。

ちょっとでも周の優しさに感動した自分がバカみたいだと気が抜ける。



「だから……事前にキスのアポを取ろうとするんじゃないよ……」


 思わず笑ってしまう。



 ―――人は変わる。


 生活環境や、日々関わる人々、尊敬したり、感化された映像や書籍、良くも悪くも感性に触れた何かで。

 私も知らぬ間に変わってしまっていたのだろう。

 だからこそ、合わなくなってしまった。

 それは悲しいことだけど、決して悪いことじゃない。


 自分を信じて、彼と共に前に進んでいくだけなんだ。


 満天の星空の中、彼の無邪気で嬉しそうな照れ笑いを眺めながら、今日感じた悲しみや焦燥感の何もかもがゆっくりと消えていくのを感じていた。



澪桜にとって

一番悲しい別れだったのは

周へさよならを告げたあの日。



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