178話 届かない想いと救いの手
歯を食いしばり、パタパタと早足で駆け抜けた。
綾音の言葉を反芻する度に心に深く突き刺さる。
信じたくない。
だって、誰も見てない登校時間だって眠い目を擦って私を待ってた。
下校した後も弟と3人で夜までゲームして過ごした。
……卒業した後も、毎年旅行に行ってたじゃないか。
あんなに、楽しそうに
笑ってくれてたじゃないか。
静かに座敷に上がり席に戻る。
必死に顔を元に戻した。
こんな酒の席で、悲しんでる顔なんか見せるべきじゃない。
「いやぁ、失敬失敬☆」
またオッサンのような仕草でヘラヘラと無理矢理笑い澪桜は席に戻った。
「安達さん、香西さんと会わんかった? いつの間にか居らんみたいなんやけど」
不思議そうに橋本が聞いてくる。
眉を下げて首を振った。
「……さあ、見てないなぁ。外で電話でもしてるのかもね」
「ふーん、そっか」
ずっと目で追いかける三村に気付いた澪桜は微かに笑った。
「どうしたんだい? 三村くん」
「いや、綺麗になったなぁと思って」
びっくりする橋本と澪桜に我に返る三村
慌てて取り繕う。
「あ、……えっと、女子は皆綺麗になってて凄いなって」
「ふう〜ん?」
ニヤニヤと橋本と田中が笑う。
バツが悪そうにハイボールを飲むフリをしながら俯いた。
「皆さーん! オーダーストップの時間です! 最後の飲み物とデザート配ります。注文する人は俺のとこまで来てー!」
「あ、何かいる? 私注文してくるよ?」
「私はもういいや。ありがとう、橋本さん」
「俺ももういいかな」
「じゃあ、私がデザート確保してきてあげよう!」
「ごめんね、ありがとう田中さん」
キャッキャと仲良く幹事の服部のところに向かう2人を眺める澪桜と三村。
同窓会の終わる空気が薄ら漂う。
三村が澪桜に話しかけようとした。
「あの、安達さ―――」
「お前、何安達さんの隣をずっとキープしてんだよ!? 服部忙しそうだぞ? ほらお前も俺らと一緒に手伝えよ」
飲み物のオーダーを聞き、必死に一人で作っている服部の所。カクテルや100%搾りたてのジュースやスムージーなどがあるせいで。
同級生2人から両脇に抱えられ、ズルズルと服部の元へ連れ去られて行った。
自分以外誰も居なくなった空間。
急に静けさが澪桜を包む。
嫌でも先程の出来事がまあ頭をよぎる。
澪桜はカバンからスマホを取り出し、LINUを打ち始めた。
平気な顔をしていたが、もう限界だった。
周に会いたくて。
この場を離れたくて。
優しいその腕の中で、忘れさせて欲しくて。
『周さん。迎えに来て、私を抱きしめて』
既読。
『分かった。すぐに行く、だから待ってて』
安心する、周の言葉。
指が震える。
もっと言葉を……伝えたい。
『会いたい』
既読。
『俺もだよ。もう、離さないから』
私が普段こんなメッセージを送る柄じゃないと分かってるはず
それなのに何も聞いてこない。
全てを包み込んでくれる彼。
澪桜は泣きそうになる。
(ダメだ。ちゃんと、最後まで耐えろ)
戻ってきた3人とひとつずつパッケージに入ったチョコアイスを分けた。
少しだけ高校の頃の先生の話をしたりして笑っていると
スマホにバナーが届く。
『着いたよ。店先で立って待ってる』
同窓会の最後に澪桜は、同じ座敷にいる綾音に視線を向けた。
男性達に囲まれてたのしそうに笑う彼女。
大好きだった、無邪気な彼女の笑顔はもうそこには無かった。
可愛く覗く八重歯だけがあの頃の幻影のように残るだけで。
そこに大きな声が響き渡った。
「はい!宴もたけなわではありますが、一旦ここで〆括らせて頂こうと思います!二次会参加の人はカラオケなので2階でーす!そのまま残ってねー!じゃ、最後にカンパーイ、お疲れ様でしたー!!」
「「「お疲れー!!」」」
「カンパーイ!!」
色んな声が上がり皆が名残惜しんだ。
隣の席の三村が静かにグラスを重ねた。
「……お疲れ様、安達さん」
「お疲れ様、三村くん」
残りのコーラを飲み干し口を開いた。
「今日はありがとう。三村くん、橋本さん、田中さんのお陰で私、楽しかった」
「それは私のセリフだよ。タニセン(高校の先生)の話できてめっちゃ面白かった」
「私も!!さて、旦那が迎えに来とるし帰りますか〜田中さん、ついでに送っちゃるよ〜」
橋本達は帰るようだ。
澪桜と三村に手を振った後、話しながら座敷を後にする。
澪桜もそれに続いてスっと立ち上がり、三村に振り返る。
「じゃあ、三村くん。元気でね」
「……安達さんもね」
歩きながら周りを見渡す。
残りのほとんどのメンバーは二次会に行くのだろう。
終わりの時間になってもグループを作って談笑に耽り、席を立たずに残ったままだった。
綾音は……
もう、いい。
ゆっきーにくっついて帰ろうと猫撫で声を上げる綾音の横を通り過ぎたが、目線すら合わなかった。
それがきっと答えなのだろうから。
橋本達の後に続き座敷をおりて服部にお金を渡す。
前を歩く橋本がスライドドアを開けた瞬間、暖かな空気に乗って、澪桜の好きな香りがした。
思わず早歩きになる。
左側の駐車場に向かう橋本の方に急いで視線を向ける。
周は居ない。
「お疲れ様、澪桜さん」
後ろを振り返った瞬間。
大きな身体とがっしりした腕に囚われた。
アンバーの香りが優しく澪桜を包み込み、
さっきまでの痛みや悲しみが一瞬にして溶けていく。
リセットされるように
なにも起きなかったかのように。
周の腕の中で深呼吸した。
君はすごいね。
私の心を一瞬で救ってくれる。
欲しい物を全て与えてくれる。
満たしてくれる。
静かに目を閉じてそっと汗ばむ周の背中に手を回す。
ずっと外で待っててくれたのか。
暑かったはずなのに。
「……ありがとう」
「何言ってんの。これは俺だけの特権なんだからこちらこそありがとうだよ」
周は穏やかに微笑んで、澪桜の額にそっと口付けを落とした。




