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174話 色鮮やかな記憶

今回は澪桜の回想です。

 


 綾音との出会いは中学3年の時。

 同じクラスになり、くじ引きで隣の席になったのがきっかけだった。

 たまたま進路先も同じで、高校に入ってから更に仲良くなった。


 気付けば学校の中も放課後もずっと二人で過ごしていた。

 照れくさくて何も言わなかったけど、お互いが”親友”と認め合っていたと思う。


 卒業後、私が東京に上京してからも変わる事なく交流はずっと続いた。


 なかなか心を開けない私に気さくに話しかけてくれたあの日からずっと――


 あれは、彼女の結婚式の3ヶ月前。


 毎年二人で休みを合わせて行っていた、秋の旅行。

 その年はミステリーバスツアーにした。


 行先はわからない。

 それが楽しい。

 前の日に福岡に戻り、綾音は私の家に泊まる。

 そして父に車でバスツアー出発地点まで送ってもらう。

 毎年やっていた。


 私の、年に1度の楽しみ。


「私が結婚してもこのお楽しみ旅行は絶対続けようや!」


 八重歯の覗く可愛くて眩しい笑顔が好きだった。


「そうやね! これからも毎年行こうや! 有給取るし節約する! 旅行の為にね」


 張り切って気合を入れた私は、笑顔で綾音に返した。


 博多駅で集合したバスツアー。旅行客の殆どは50代から上の女性陣か、老夫婦。その中に20歳そこそこの2人がいた。周りの客とも仲良く話す綾音に感心する。


 不思議と自分も綾音のそばに居たら知らない人と笑顔でいられるし、苦痛はない。


 そんな2人を乗せたバスが向かった行先はまず大分だった。


 初めて行く地獄めぐり。

 綾音が足湯をしながら寛ぐ。

 私は笑って温泉卵が食べたいと提案した。

 するとノリのいい彼女は


「じゃあさ、温泉卵、全部味違うんか味比べしてみようや!!」


「いいねぇ♪ やろうやろう!」


 二人で温泉ゆで卵を食べ歩きして、お昼ご飯が入らなくなってお母さんみたいな添乗員に怒られるという前代未聞な出来事に腹を抱えて笑った。


 立ち寄る場所全てでお土産を買い漁り、神社に寄ればおみくじやお揃いのお守りを買った。


 その日の夜、濃霧に晒される雲の中のような山の上のコテージ。

 条件最悪な中、二人で露天風呂に行く。

 周りの旅行客達は皆口々に文句を言う中、濃霧を手で触れようとする綾音。


 私に振り返って口を開く。


「こんな状況下でお風呂入るの初めて! これはこれで面白いね。澪桜……見て見て!! タバコ〜」


 霧を思いっきり吸い込み口から吐く。

 煙は見えない。首を傾げて綾音は言った。


「あれれ? 想像と違うなぁ」


 本気で疑問に思ってる綾音がおかしくて、私は真似しながら笑った。


「これで煙見えたらそりゃ本物のタバコだよ。ぶはァ」


「あはははは! でた! 澪桜の変な顔」


「お嬢ちゃん達、あんま長湯しないようにね〜。湯あたりでもしたら大事やけね!」


 同じバスツアーのお客さんから笑って声をかけられた。


「はーい! 気を付けまーす」



 私と綾音は仲良く返事をした。


 濃霧で景色は最悪だったはずなのに色鮮やかに残る記憶。風呂から上がる前に綾音は未来を繋ぎ止めるように呟いた。


「この先さ、お互い結婚して子供が生まれても、旦那に全部任せてさ、変わらずこうやって二人で息抜き旅行に行こうや!」


「そうやね。……私の場合まず誰かと出会わないといけないけどね」


「澪桜は可愛いんやけ大丈夫よ。まぁ誰かを好きになれるように努力せなやけどね!」


「それがムズいんだよ……好きって……何だ?」


 何も見えないはずの空を見上げて一呼吸置いた綾音の声が響いた。


「残りの人生、その人に捧げてもいい覚悟が出来る……そんな感じかな」


 静まり返る雲の中で私を見つめる綾音。

 濃霧を纏い、露天風呂の床に仕込まれた照明に照らされた彼女はとても幻想的で息を飲むほど綺麗だった。


 人を好きになると、女の子は綺麗になる。

 昔母が言っていた言葉の意味が今ようやく分かった気がした。

 不覚にも少しだけ羨ましいと思った私は眉を下げて返した。


「……まぁ、今まで一度も恋をした事ないけど前向きに検討してみるよ」


「是非そうして? それと私の結婚式、絶対風邪とか引かんでよね? 楽しみにしとるんやけ! 澪桜の好きなステーキ、ちゃんとあんただけ内緒でヒレステーキにしといてやったけね!! しかもレアで!」



 イタズラに笑ってウインクした。


「あはははは! それは風邪なんか引けないね! 今から楽しみすぎる!」


「あー、コノヤロウ!! 私の結婚式よりステーキのが楽しみになったんやないん!?」


「バレたか! シャトーブリアンでオネシャス!」


「何がオネシャスかっちゃ〜!!」


 いつまでも笑いが絶えない夜だった。

 寝る間も惜しんで夜更かしして、翌日のバス移動中2人ともずっと寝ていたのがまるで昨日のようだ。


(バスの運転手さんと仲良くなってアイスクリーム奢って貰ったっけ)


 クスッと思い出に浸り頬を緩める。


 またあんなふうに笑えるはず。

 やっと追いついたんだよ。

 ようやく私も……人を好きになる気持ちが分かったんだ。

 今の綾音の話が聞きたい。

 たくさん話をしよう。


 そしてまた二人で旅行に行こう。


 お互いの伴侶に許してもらって、この先もずっと、二人で色んなところに行って思い出を作ろう?


 目の前の何も入っていないグラスにもう一度目を向けて、少し首を傾けた。



「綾音……遅いな」


 寂しそうに呟いて時計を見た。



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