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171話 ささやかなワガママ

 


 カポーーーーン。



 ゆらゆらと漂う湯気。

 清潔感のあるゆったりとしたジャグジーバスに白く引き締まった体を沈める。


 パシャッ。

 少し乾いた肩にお湯をかけた。

 乳白色の柔らかい香りがする湯船が凄く心地いい。


 濡れた手で雫の滴る髪をかきあげた周は、光の抜ける白い天井を見上げ、溶けるような息を吐く。



「……なんで俺、来て早々一番風呂頂いてるんだろう」



 独り言が浴室に響いた。


 風呂を出ると姉弟がギャーギャーと先程の写真を見て興奮していた。


 気配に気付いた澪桜が振り返って、ふんわりと微笑む。


「スッキリしたかい?」


 思わずドキッとした周は顔が赤くなった。


 何時までたっても慣れない。

 大好きな笑顔。


 アイランドキッチンで何やら準備をしていた母が声をかける。


「亮太と澪桜も汗だくなんやから順番に風呂入ってきなさい。上がってからお昼にしよ」


「はーい。姉ちゃん先入っていいよ」


「そんじゃお言葉に甘えて。リニューアル風呂を堪能してきますか!」


 何故か男らしい仕草で風呂に向かう澪桜を見て微笑んでいると背後から声がした。


「周君は苦手な物とかあるんかね?」



「あ! いえ、特にありません」


 慌てて即答したせいでピーマンの事を思わず伏せてしまった。


「そっかそっか。じゃあ寿司とかでもいいかね?近くに美味い寿司屋があるんよ」


「はい。お心遣いありがとうございます」



 父親の方に視線を向けると、ポロシャツとハーフパンツというラフな服装で寛いでいた。


 休日の親父を絵に描いたような姿にほっこりしてしまう。

 初対面なのにどこか落ち着く人達。

 澪桜の身内だからだろうか。


 緊張はもちろんしているはずなのに、何故か居心地がいい。



「そんじゃ、魚正に電話するぞ〜? 今日は特上やな!!」



「そやね! 亮太が風呂から上がる頃には届くやろ」



「……あ、もしもし? 3丁目の安達やけど。タケちゃん特上10人前頼める? うん、いつも通りカッパとシンコ抜いて、ネギトロ入れて。あははははは! うん、そうそう」


 慣れた感じで注文する。友達なのだろうかとても楽しそうに軽く世間話をしたあと父親は電話を切った。


 東京に住んでいたら絶対にありえないような光景に、新鮮味を覚える。

 ここで澪桜が育ったんだなと思うと胸の辺りが温かくなった。


 しばらくして澪桜が風呂からあがってきた。


 久しぶりに会えたことが嬉しい様子の父親が周と澪桜をダイニングテーブルに呼んで話し始めた。

 周はこのタイミングかと息を飲んだがどうも様子が違う。


「ごめんなぁ、明日釣り行きたかったんやけど天気予報雨らしいけん無理そうなんよな〜」


「え? ……あ、いえ。とんでもないです」


 少しホッとする周。釣りに対する大した知識はまだ入ってないから不安だった。


「明日は俺のコレクション見せちゃるわ〜」


「はい。是非拝見したいです」


「周さん、無理せんでいいよ? あたしはルアーは好かんもんね!」


「お前! 何言いよんか!! ルアーこそ真髄ぞ!!」


「いや、あんなもんに騙される魚はおらん! 撒き餌の方がいい!!」※澪桜個人の意見です。


「こんの!!! 俺のルアーをいつもいつもバカにしやがって!! 丹精込めて作り上げた極上の――」


「何いいよん? またルアー論争? 親父も姉ちゃんも好きやなぁ」


 風呂から上がってきた亮太が笑いながら頭をタオルで拭いている。困った様子で周が澪桜と父親を交互に見ていると、亮太が隣に座って笑った。


「いつもこんなんやけ、気にせんでくださいね」


「ほら、アンタたちそろそろ寿司来るけんテーブル準備しよって! 吸い物も作ったけん」


「はーい」


 母親の指示に従い動き始める4人。


 すぐ隣の障子を開けるとイグサと木の香りが漂う14畳ほどの部屋が現れた。


 重厚な木のローテーブルに母親が皿を並べ、木製の和座椅子に周を促す。


 母が吸い物を並べ、飲み物の準備をしているとインターホンが鳴る。亮太がそそくさと寿司を取りに行き、テーブルに並べる。父親は醤油を準備し、澪桜はお茶を入れていく。


 何も打ち合わせしていないのにすごい連携プレーだった。


 ただ座っているしかできない周は申し訳なくなってしまう。

 すると澪桜が背中に手を当てて微笑んだ。



「お父さん、周さんともっと仲良くなりたいんやって。ごめんね? このおいさんめっちゃ喋るけんウザいかもしれんけど」


「おいさんウザくないぞ!!」


「あ、聞こえとった」



 笑う家族。

 すごく温かくて、周も自然に笑みが零れた。


(ああ、本当に素敵な家族だな)



「さて!! いただきますしよっか!」


 母親が座り食事が始まった。



「周君、大トロ食べなさい! ブリトロも美味いけ! どんどん食べなさい!!」


「いただきます」



 促されるまま、綺麗な桜色のグラデーションの寿司を箸で取り口に運ぶ。



「!!!!!!!」


 舌に乗せた瞬間ほぐれるシャリ、柔らかな酸味と冷たいトロの上品な甘みが広がり、あっという間に溶けてしまった。


「いい反応するねぇ! 美味いやろ? どんどん食べなさい!がははははは!」


 周の反応に満足気な父親はどんどん勧める。


「ウニ美味ー!! かにみそウマウマ!」


 隣を見ると澪桜も幸せそうに頬張っている。

 どのネタも新鮮で口の中に入れると蕩けるようだった。


 こんなに美味い寿司を食べたのは初めてかもしれないと思う周。


 亮太は無心で食べている。


 何気ない会話が弾む。

 気付くと頬がずっと緩んでることに気付く。

 こんな大勢でワイワイ食べる食事は久しぶりで周は懐かしくなった。


 すると食事の途中、母親が澪桜に話しかける。


「あ、そうそう。鉄心覚えとる? 居酒屋の鉄心」


「ん? ……ああ、覚えてるよ。鳥わさの美味しい店やろ?確か高校でクラス一緒やった服部くんの実家の」


「そうそう。今日の夜、鉄心で高校のプチ同窓会あるらしいよ。悦ちゃんが澪桜ちゃん帰って来とるんやったらちょっとだけでもどうですかー? やって、今LINU来た」


 ビクッとする周、一瞬で和やかな気持ちがどこかに行く。


(……同窓会?)


 澪桜は興味なさげな顔で返した。


「悦ちゃん? お母さん知り合いやったっけ?」


「保護者会で仲良くなってからずっと友達♡」


「……本当、そのコミニュケーション能力には感服するよ」


「で、どうすると? 行かんの? 澪桜の親友やった綾音ちゃん、来るらしいよ? 顔だけ出してきたらいいやん」


「……綾音が?」


 綾音という言葉を聞いて澪桜の空気が変わった。

 それが嫌でも伝わってくる。

 困ったように周を見て澪桜は言葉を濁した。


「……いや、やめとくよ。周さんをこのアウェイな状態で独りにできないし。同窓会の為に帰ってきた訳じゃないからね。綾音にはまた次帰ってくる時に連絡するよ」


「でも、綾音ちゃんが結婚してからずっと会ってないやろ?あんた正月しか帰って来れんから」



「それでも、遠慮しと――」


「行ってきなよ」



 その言葉に目を見開き澪桜は周に顔を向けた。

 周はぐっと本心を飲み込み、微笑む。


「俺は澪桜さんのご家族と過ごしてるから、気にしないで行っておいで。せっかく誘われたんだし、行った方がいいよ」


「で、でも周さんを独りに……」


「それでも数時間でしょ?行きと帰りは迎えに行くから。楽しんでおいで」



 不安げな澪桜に母親が笑って言った。


「周さんも長旅で慣れん所で疲れとるやろうし、あんたが同窓会行っとる間は部屋で休んで貰っとくけ、心配しなさんな。澪桜の大切な人を虐めたりなんかせんよ」


「親父は酒飲んでウザ絡みするかもしれんけどね!俺が見貼っとくわ」


「聞き捨てならんな! じゃあ亮太、お前が酒に付き合え!!」


「出た出た。こないだ健康診断の数値気にしとったんやないんかっちゃ!」


「今日ぐらい付き合え! がははははは!」


 微笑む周、心配ないよと優しく彼を包み込む家族に心が揺れる澪桜。


 ピロン


 そのタイミングでスマホが鳴った。

 画面を確認すると……親友の綾音からだった。


 澪桜は目を見開き、バナーを開く。



『澪桜久しぶり! 今帰ってきとるんやろ? 幹事の服部くんから聞いた。同窓会来れる? 鉄心で2時間飲み放題なんやけど、もし顔出せそうなんやったら、いっぱいはなそーやー!』


 本当に久しぶりに来た親友からのLINU、同窓会なんて周を思うと本当は行かない方がいいのに、親友に会いたくなってしまう。


 次はいつ会えるか分からないから。


 周と目が合った。

 優しく頷いてくれる。


 澪桜はもう一度画面に視線を落として表情が緩む。


「同窓会、少しだけ行ってきてもいいかな」


 消え入りそうな小さな声で、ささやかなワガママを呟いた。



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