169話 許してクレメンス☆
「ふわぁぁぁ。よく寝た」
「ホントだよ爆睡もいいとこだよ。まぁ恐怖に震えてる所は見たくなかったから全然良かったけど」
「いやいや、恐怖から来るストレスが限界値を超えたから電源が落ちたんだよ! 何言ってる!?」
「いやいや、澪桜さんが何言ってんの」
「……はいはい〜。すみませんでした〜許してクレメンス〜」
「なんかムカつくな。クレメンスて何だクレメンスて!」
パチン!
「うぐっ」
周から軽いデコピンをされた澪桜。
びっくりしておでこを擦り、ケラケラ笑いながら周の隣を歩く。
ガラガラと大きめのキャリーを引いて、地下鉄駅の方に向かおうとしている澪桜の手を周が引き止める。
「ごめん、言ってなかったね。今日は地下鉄の方に行かなくていいよ」
「え? でも、地下鉄使わないとローカル乗れないよ?」
「もうレンタカー借りてるから問題ない」
予約済のスマホ画面を澪桜に見せる。
「おお、さすが周さん」
「それより空港に預けてる荷物を取りに行かないといけないから付いてきてくれる?」
「んんん? まあ、別にいいけど」
周が何を考えているのか分からない澪桜は疑問に思いながらシロネコカウンターに付いて行く。
何やら周と会話をしていた受付の人が何度も往復をして荷物を持ってきた。
大量のダンボール箱を手際よく荷物カートに乗せていく。
「な……なんじゃこの荷物は!?」
澪桜が驚いていると、カートに乗せ終わった周がウインクをした。
「ご一族への貢物♡」
「貢ぐな!! 手土産なんぞいらんっ」
「ダメダメ。最初が肝心なんだから! より良い印象を持って頂くことがこのロジェクト最大のパーパスだよ」
「プロジェクトて!」
澪桜を誘導しながら、器用にキャリーとカートを引いて今度は併設されているレンタカーのカウンターに向かう。
「今日から1週間レンタルで予約していた結城です」
「お待ちしておりました。こちらの方にどうぞ」
店員に促されるまま、外に出ると黒い大きなSUVが停まっていた。
カートの荷物と2人分のキャリーを手際よく広いトランクに詰め込んだ後、周はニコッと笑って言う。
「さぁて! 早速向かいますか!! お席にどうぞ、女神様♡」
いつも通り助手席を開けてエスコートをする周に澪桜は笑い返した。
「ったく、君はいつもやり過ぎなんだよ。たかが私の実家に行くだけなのにあんな手土産まで用意して。ちょっと顔見せるだけでいいのに」
「何言ってんの? 初の顔合わせだよ!? 完璧を追求するに決まってるでしょ。これでも足りないくらいだよ」
周の眉を下げる顔を見て、これは照れた時にやる表情だと認識した澪桜は少し嬉しくなった。
(私と結婚する為の挨拶を本気でしてくれるつもりなんだなぁ……)
あまり実感がなかったが、ここにきて現実味を帯びてきている事に、つい心が弾んでしまう。
付き合って3ヶ月ほどしか経ってないから、まだ早い気もするが、親も親戚も周さんと会えるのを楽しみにしてくれている。
皆に祝福されている事に幸せを噛み締めた。
「それよりほら早く行こう! 澪桜さん目的地設定してもらえる? 俺、この車に慣れるまでしばらく運転に集中するから。
それと前もって地図で確認したけど、家の近くに有料駐車場あるよね?この車はそこに停めよう。ご実家にご迷惑はかけられないからね」
「そこまで気にしなくていいよ。車なんぞいくらでも停められる。家はオンボロだけどね」
目的を設定した後、少し間を置いてお腹をさすりながら澪桜が口を開く。
「……周さん、私ガリガリとファ二チキ食べたい」
「はいはい。いくらでも買ってあげるから、オジサンの言う事聞いてくれるかい〜? ほらシートベルト!」
「オジサン……ぶはっ!」
思わず吹き出す澪桜に釣られて、周もくしゃっと少年のように笑った。
いつも通りのボケとツッコミを繰り返しながら二人は澪桜の実家を目指す。
***
周にとって初めての九州上陸。
見るもの全てが新鮮だと言うように、いつも以上に楽しんで運転している横顔につい、釣られて微笑んだ。
「そんなに珍しいかい?」
「うん、福岡って思ってたよりかなり都会だね!」
「いやいや、そーでもないよ。私の実家は田んぼとカエルしかいないからね」
「カエル……ブフォトキシンだね。初めの頃にLINUで話したのが懐かしいな」
「お! 周さんよく覚えてるね!! まさかツチガエルもイボガエルだとは思わなかったねぇ」
二人で楽しく会話を交わしながらドライブは続く。
高速から降りて下道を走り始めた。
澪桜の言う通り、徐々に街並みが簡素になり行き交う車が減り、空が広くなっていく。
青々とした田園風景が地平線いっぱいに広がる頃、周は何も会話をしなくなっていった。
気になった澪桜が周を覗き込むと、ブツブツと何か念仏を唱えている。
「んん??」
耳を済ませてみた。
「僕に娘さんをください。一生大切にします。いや、違うな。澪桜さんと結婚させて下さい、一生守り抜きます……いや硬いか?お父さん、お母さん、娘さんを僕にください。ダメだセリフ臭いな」
真剣な顔で運転しながらずっとそんな独り言を繰り返し、自問自答している周がおかしくて澪桜は思わず爆笑する。
「あはははははは! 大丈夫だって! 多分そんなドラマみたいなシーン来ないよ!!」
「笑わないでよ!! 俺こう見えてかなり緊張してるんだからね!?」
緊張し過ぎて強ばっていく周の肩を撫でながら眉を下げて宥めた。
「リラーックス! そんなもん今日の今日言わなくていいでしょうよ」
「じゃあいつ言うの!? お邪魔した日に言うものなんじゃないの??」
「というか君、私へのプロポーズもまだなのに何言ってんの」
「いやいや、それはそうだけど。ほら、もう澪桜さんからはご契約の確約をいただいてますから。プロポーズ本番の前にご家族の了承を頂くのが筋でしょう?」
ニコニコしながら薬指に光る指輪をチラつかせた。
まあ、毎日のようにプロポーズされてるようなもんだからいいけど。と呆れた澪桜はジャスミン茶を飲んでため息をつき、雑に提案する。
「もうさ、『娘さん、テイクアウトでお願いします☆』で良くない?」
「サイドドリンク付きで♡ って良くねぇよ!!!!」
「おお! 珍しいノリツッコミ!」
いよいよ澪桜の実家に近付いて来た頃、ジリジリと照りつけ始める日差しの中、人気のない田んぼ道に高身長の男性が困った様子で立ち尽くしているのが目に入った。
窓を開けて見入っていた澪桜が慌てて周に振り返る。
「あ! 周さん、ごめんちょっと止まって?」
車を降りて近付いていく澪桜に続いて車を降りた周は、傍で固唾を飲んで見守っていた。
男性は澪桜に気づいた瞬間満面の笑みを浮かべて、いきなり抱きつく。
慌てて澪桜を奪い返そうとした周の耳に、艶のある野太い声が響いた。
「ねーーーーちゃんやぁぁぁぁぁぁぁん!! 久しぶりー!!!!」
「亮太ぁぁぁぁ!!! ひっさしぶり〜!!!」
「ヒャッホーーーーイ」
(え? 弟さん? ……ていうかナニコレ)
まるでジャイアントスイングのように抱き締めたまま澪桜をぐるぐる回す男性を、ただただ呆然と眺める周。若干強ばっていた力が強制的に抜けていくのを感じる。
あひゃひゃ、あひゃひゃと抱き合う二人の変な笑い声だけが響いていた。




