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168話 下準備と羞恥心



 3階の休憩室で電話していた周は、開放的な全面ガラス張りの窓を眺めていた。

 イヤホンをオフにして耳から外し、雲の隙間から覗く太陽の光に照らされて眩しそうに目を細める。


 サラッと重大報告をした澪桜との電話が終わり、事の重大さを今更一人で実感していた。


「娘さんを僕にください……」


 窓を見ながらぽつりと呟く周。

 チラッと左手の薬指に視線を向ける。

 いよいよ現実味を帯びてきた”結婚”という2文字に一気に緊張が走る。



 3年前から俺が勝手に伴侶と決めていた彼女との結婚。

 どれだけ待ち望んできた事か。


 だからこそ、失敗は許されない。

 しかもご親戚の方々も集まられると聞いた。

 どうしたものか……。


 ここから近ければ車で向かって、ご一族一人一人に手土産の一つでも渡せるのに。


 いや、遠いだのなんだの言い訳なんか言ってはいられない。

 まだ準備する時間は10日近く残ってる。

 できる限りの事をするんだ。



(……福岡か)



 同棲のお許しを頂く為の電話で初めて出身地を知った。

 澪桜さんは言ったつもりだったらしいが、ざっくり九州としか聞いてなかったので、ご実家の住所を登録出来た時は、また一つ彼女に近付けた気がして、とても嬉しかった。


 この嬉しさを、ご家族にも伝わるように形にしなくては。



 腕時計で時間を確認する。

 現在時刻12:50


 今日はこの後会議を2つ控えている。

 それさえ済ませればパソコンの軽作業など巻いて終わらせればいい。


 だとしたら早くて17時には終われるか。


 直ぐに立ち上がりジャケットを直した。


 澪桜が買ってくれた弁当箱を大切そうに手に取り優しく微笑む。



「君の未来の旦那さんとして認めて頂く為に、俺は完璧を目指すよ。澪桜さん」



 椅子を戻し、歩き始めた周の顔は一瞬で仕事の顔に切り替わった。


 颯爽と通路を進み、エレベーターのボタンを押してピタッと周の表情が固まる。


 頭の中で澪桜の声がこだました。



『うちの父が君と釣りがしたいらしい。男同士の語り合いがしたいんだと』


 ガクッと肩を落として開いた扉の中に滑り込む。


「それだけは……完璧を目指せそうにないな。せめて帰りに釣り入門の雑誌でも買って帰るか」



 片方の眉を下げながらオフィスに戻った。




 ***



 時は流れ13日早朝。


 カタカタと震える澪桜の傍で手を繋ぎ、周は心配そうに聞いた。


「本当に良かったの? 俺、新幹線で全然いいのに」


「あ、周さんとなら墜落死しても……悔いは無い!」


「ありがとう、凄く嬉しいけど、それ搭乗口で言うのやめようね!」


「あい」


 返事はしたものの、挙動不審のままの澪桜が可愛くて周は笑いながら繋いだ手を振る。



「大丈夫、いざと言う時は俺が肉壁になって澪桜さんを守るから安心しなよ」


「に……肉壁!」


 長い通路を前を行く人々に続いて歩き、飛行機に乗り込んだ。

 澪桜にとっては10年以上ぶりの搭乗、彼女が不安げなので窓際には周が座る。手を握ったまま澪桜は固く目を閉じる。


 周はそんな様子の澪桜を眺めながらペットボトルのミネラルウォーターを口に含んだ。


(なんか可哀想になってきたな。こんなに無理しなくて良かったのに……)


 周の負担を減らしたいと、帰省する事が決まったあの日澪桜から持ちかけてきてくれた提案。必死にトラウマと戦う彼女がとても健気で、思わず抱きしめたい衝動に駆られる。


 それを堪えるように握る手の指を絡め直した。

 これでもかと言うほど甘い声で囁く。


「怖くなったら俺の傍に寄って? ……ね」


「……」


 まだ震えているのか、澪桜は目を瞑ったまま動かない。

 弱々しい彼女を見ていると庇護欲が掻き立てられて……堪らない。


「大丈夫、怖くないよ」


 そう呟いて頭にキスを落とした後、顔を覗き込んだ。

 だが澪桜の反応はない。不思議に思った周がもう一度声をかけようとした途端、澪桜の頭が力なく周の肩に落ちた。


「ぐぅ。」


(おいーーーーー!!! 寝てるよーーーーーー!!!!! え!? 怖いんじゃなかったのーーーーー!?)


 ふと我に返る周。

 今の、誰にも聞かれてないよな!? と、周囲を確認する。

 パチっと目が合った老夫婦に生暖かい目で微笑まれた。


 思わず赤面したまま会釈する。



(ああ、最悪だ確実に見られてた。は……恥ずかしい……)



 離陸する飛行機の中、周の羞恥心だけが墜落した。


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