26話
8年前と変わらないその景色は、色鮮やかに記憶を呼び覚ます。
「懐かしいね」
遠くを見つめるような瞳で、ノクト様が小さく微笑む。
思えば、ずいぶん遠くまで来た。
本来なら、最も魔術師団長になることを期待されていたノクト様に、魔法を教えて欲しいと言ったあの日。
無謀で突拍子もなく、そして何一つノクト様に利点のない願いにノクト様は応えてくれた。
――ただ、必死だった。
ハロルド陛下の隣に並び立つために魔術師団長になりたいという、星に手を伸ばすような遠い目標に、ただただ必死で。
その想い一つで駆け抜けてきたこの8年間は、ある意味ではとても一途だった。そして、ある意味ではとても身勝手だった。
差し伸べられた優しさを当たり前だと思っていた。
その親切さを利用しているなんて考えたこともなかった。――傲慢だったと思う。
「――ノクト様」
風がその艶やかな黒髪をかすかに揺らした。
「……ん?」
「ノクト様の願いは、何ですか?」
ゆっくりと黄金の瞳が見開かれる。そして、小さく息を吐きだした。
「どうしたの、突然」
「知りたいんです。……あなたの願いを私は叶えられますか?」
ノクト様から初めて教わったのは、光を灯す魔法だった。あの日、私の手に宿った光は小さく、星には程遠い光だ。
その光を、星を掴むまで――魔術師団長になるまで育ててくれたノクト様。
それだけでも返しきれないほどなのに、それだけじゃない。
――ノクト殿の全てに等しい魔力の鍵は、今も私の首元で揺れている。
「僕の……願い」
「はい」
私の願いに従う、と宣誓魔法で誓ったノクト様。
そのノクト様が願うことはなんだろう。
「そうだな……。僕の願いのために宣誓魔法使おうとしているなら、いますぐやめてね」
「ど――」
「どうしてそれを、って顔をしてるけど……わかるよ、それくらい」
何年君を見てきたと思ってるの、と小さくノクト様は笑う。
「ちなみに今の僕の願いは、一刻も早く君が休むこと。いくら体力お化けでも三日も寝てないのはいただけないな。もう16時間以上働いてるんだから、陛下に任せて今すぐ寝て」
「でも――」
「ロイゼ、魔術師基礎教本第1巻、4ページの三項目は?」
「はい、健全な肉体により多くの魔力は宿る! ……です」
師弟だった頃のように反射的に応えてはっとする。
「よくできました」
にこにこと満足そうに微笑むその顔は、あの頃のまま。
「ノクト様……」
上手く躱されてしまった。でも、時間を取らせないといった手前、あまり食い下がらないほうがいいかな……。
「ロイゼ」
ノクト様が私の名前を呼んだ。
「いい機会だからいっておくね。僕は、君が思っている以上に優しくないんだ。どちらかというと、冷たいほうだと思う」
反論しようとした私を目で制して、ノクト様は続ける。
「君に魔法を教えたのは、僕自身の願いのためでもあるんだ。……だから、君がそこに恩を感じる必要はない。対価ももらってるし」
でも、どんな金よりも価値のある知識に相応しい対価かというと……。
「僕は致命的な間違いを犯した。幸運なことに、君は今生きているけれど、それは偶然で、僕が踏ん張っていた君の背中を押したことは事実で罪だ」
唇を噛み締める。
……でも。でも、私だって目の前で魔法を行使する必要はなかったんじゃないか。
限界で、もうすべてが嫌になって、消えてしまいたかったとしても。
「君が助けを求めたときに手を差し伸べられるようにしたかったのに。……でも、僕はその手でつきとばしてしまった」
力なく笑って、ノクト様はその両手を見つめる。
「だからね、ロイゼ。君が罪の意識を感じる必要はないよ。――君は僕の全てを使う権利がある」
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