24話
つまり、エルマは捨て駒になる可能性があったのだ。
エルマはこの国――ソフームのれっきとした侯爵令嬢だ。それは間違いない。
それなのに、その命を簡単に捨てられるとなると……。
「なるほどな。……ロイゼ、ディバリー副団長」
ハロルド陛下が、私たちに向かって書類を差し出す。ノクト殿が陛下に渡したものとは違うもののようだ。
「この資料は……」
ノクト殿と共に受け取った書類を見る。
「覚えているか? 以前、ロイゼと銀行前であっただろう」
エルマの属するアンバー侯爵家の全体の預金の流れが書かれているその資料。一見すると、何もおかしなところはない。
「ページの最後、エルマ・アンバーの口座8年前の入金だ」
8年前……私たちが魔法学園に入学した年だ。
陛下の言うように、その年のページを見ると……。
「!!」
今の私の金銭感覚は、まともだ。
そして朧げにミルフィアだったときの記憶もある。
そんな私から見ても、この額は、多すぎる。
「振込の依頼人は、アンバー侯爵……」
「ああ。だが、侯爵の口座からはその分の金が消えていない。つまり、この金は別人からだろうな」
それに、と陛下は付け加えた。
「この入金は、入学式から数日後だ。入学祝いならば当日にしないか?」
「そうですね。……それに、これだけの金額が動いているとなると」
狙いはこの国か、陛下か。
いずれにせよ、これは個人の問題ではない。
「ああ。……エルマ・アンバーやアンバー侯爵家の後ろに巨大な影があることは確かだろう」
ハロルド陛下に頷く。
エルマは、あの破壊兵器に怯えていた。でも、エルマの様子を見るに、自分の命のためだけに騙っただけではなさそうだ。私にむかついていた、というのも理由の一端ではあるのだろう。
そして。
――誰にもこの役を譲りたくはなかったの。
あの言葉が指し示すのは、エルマ以外にも実行できた人物がいたということだ。
つまり、エルマの力は、人為的に得られる可能性がある。
「ディバリー副団長。満月の夜、と言ったな」
「はい」
ハロルド陛下はノクト殿を見つめた。
「先ほど一任すると言ったが、その期間は3日だ。満月の夜に何かを仕掛ける気なら、そこまで待つのは愚策だ。相手が巨大ならなおさらな。この3日で、搾り取れるだけの情報を得るように」
「かしこまりました」
ノクト殿が、深く頷く。
「ああ。得られた情報は毎日必ず私とロイゼに報告を頼む。……そして、ロイゼ」
「はい」
「君は、この城の警護を。そして、必ず1日につき8時間は休息をとるんだ」
8時間……、それは多すぎる。
それに、ノクト殿以上に、魔術師団に信がおける人物がいない。しかし、ノクト殿はエルマで手一杯になるはずだ。
「陛下――」
「そしてその8時間は私が受け持つ」
「……え?」
ハロルド陛下が? でも、ハロルド陛下は魔法が使えないはず。
それなのに、どうやって……。
「魔法は使えずとも、目は使えるからな」
「!」
……ああ、そうか。――竜の目。
「目、ですか?」
納得した私に、ノクト殿は不思議そうに瞬きをした。
「ああ。意識をすれば、城の中くらいなら、見通せる。その間、他に割く余力がなくなるが」
「もしかして、あの水差しの時の――」
「そうだ」
あの時? ノクト殿は陛下の竜化をみたことがあるのだろうか?
「……ロイゼ、8時間の件は納得できただろうか」
疑問を尋ねる前に、今度は私に視線が向いた。
「はい」
「それでは、今日の報告はここまでとする」
まあ、……竜化の件は今度聞けばいいかな。
ノクト殿と共に、ハロルド陛下の執務室を後にする。
「ロイゼ」
完全に退出する前に、ハロルド陛下が私を呼んだ。
ノクト殿に、すぐに追いかけますと小声で伝えてから、陛下の前に戻る。
「これを」
ハロルド陛下から渡されたのは、石だった。
深青のこの石の効果は……。
「しかし……ハロルド陛下」
6番隊のマリアから助けてくれたときと同じ石ならば、受け取るわけにはいかない。
ハロルド陛下まで危険に晒すことになるから。
返そうとした私の手を包み、陛下は苦笑した。
「室内だと、飛んでいけないからな」
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