22話
「――友人……」
ゆっくりとハロルド陛下が呟いた。
「はい」
かつての私たちにはあった恋も愛も、今の私たちの間にはない。あるのは、過去はそうだったという事実のみ。
それに、かつてのミルフィアとアレックスは定められた婚約者としての関係性から始まった。だから、異なる関係の中から、もう一度私たちを始めるのはどうだろうと思ったのだ。
友人から始まった私たちが行き着く先はわからない。友人のまま生涯を終えるかもしれないし、絶交するかもしれないし、もしかしたら以前とは違う種類の愛が芽生えることもあるのかも。
その行き着く先がなんにせよ、きっと、やり切ったと満足することができれば、夢の続きとしては十分だと私は思う。
「いいのか? 私は君を……」
続く言葉は言わずともわかった。
目の前のハロルド陛下という人物のことを少し理解してきた証拠だ。
「運命の番、直属の上司、命を救ってくれた恩人、そして友人。私たちを表す関係性の中の一つに加えるだけです」
「…………」
何か言いたげなハロルド陛下は、遮らずに私の言葉を聞いてくれていた。
「もちろん、その中にも傷つけた、傷つけられた、も確かにあります。でもそれをずっと詰り続けるつもりは私にはありません」
幸いなことに、私は助けられて生きている。
だったら、ただ恨むのは疲れるだけだし、前向きな関係を築きたい。
「苦しくて辛くて許されたくて詰られた方が楽だという気持ちはわかります。……私も今はそう思うから」
今も胸にある感触は、魔力でできた鍵だった。ノクト殿の全てに等しいものを私はもらった。
ノクト殿はきっと私に罪悪感を抱えている。
私はノクト殿がこうするよりも前に、彼と向き合うべきだった。
私が幸せだと嬉しい、そう言ってくれたノクト殿にもっと。
「何をしたら償いになるのか、それは考えていくしかないし、それを相手に求めるべきではないのかもしれない……と私は思います」
「……そうだな。私は――」
ハロルド陛下は、真っ直ぐに前を向いて私を見つめ返した。
強い意志が宿る深青の瞳。
かつての私が焦がれたものとかぎりなく似ていて、でも違う瞳だ。
「私が君を傷つけた事実は変わらない。だからこそ、ロイゼ、君を傷つけた以上に、君に何かを与えられる存在になりたい。……ロイゼ」
握る手に力が込められる。
「私と友人になりたいと言ってくれてありがとう。私も君と友人になりたい」
「……はい」
微笑んでハロルド陛下を見つめる。
「今回の件が片付いたら、時間をくれないか? 今の君のことをもっと知りたいんだ」
「はい。私もハロルド陛下のことを知りたいです」
ハロルド陛下が何に喜んで、何が好きで、何が得意で、何が苦手なのか。私たちは、過去の影法師にばかり囚われて、今の互いを何も知らない。
「ありがとう……ロイゼ」
「?」
握った手はそのまま、少しだけ引き寄せられる。
「ハロルド陛下?」
一瞬、ふわりとした感覚がして、疲労感が薄くなった。
「休めていないんだろう。引き止めて、悪かった」
「――どうして……」
私が眠っていないこと、副団長のノクト殿は知っていてもハロルド陛下は知らないはずだ。
それに、ハロルド陛下は、魔法が使えないはず。
それなのに、体は、先ほどよりもずいぶん軽かった。
「顔を見たらわかるさ。無理をさせてすまないな。本来なら、休ませるべきだろう。……だが、私たちにはロイゼの力が必要だ」
私の力が必要。それは、きっと、魔法の力を信用されているということ。
強制的に離脱させられるよりも、ずっとずっと嬉しい言葉だ。
「はい、ありがとうございます」
「ああ」
頷いて、ハロルド陛下は表情を変えた。
目の前にいるのは、番のハロルド陛下から、王で上司たるハロルド陛下に変わる。
「エルマ・アンバーの件について、副団長と共に報告を頼む」
「はい、かしこまりました」
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