第三十七話:魔王、『神』とチェスをする
アンナちゃんにチェスでコテンパンに負けた、その夜。
今日は月に一度のつらい期間だ。
扉に「瞑想しますので、ご用の方はノックして下さい。勝手に入ったら瞬殺します」と紙に書いて貼った。
大人しく豪華な寝室で寝る。
なぜか、我が父はこの寝室を使っていなかったようだが。
というか、いつも寝袋で寝ていた。
まあ、どうでもいいや。
パジャマに着替えて、寝る。
眠れん。
アンナちゃんにチェスで負けた。
そうだ、今日は調子が悪かったから負けたんだ。
と無理矢理自分を納得させる。
納得できん。
初めてチェスで負けた。
調子も悪い。
お腹が痛い。
うーん、つらいよう。
眠れないまま、夜中、気がつくと男がテーブルの椅子に座っている。
テーブルにはチェス盤が置いてある。
「誰だ、貴様は!」
私は素早く起きる。
が、少しふらついた。
「私は神だ」とその男が言った。
白いゆったりとした服を着て、穏やかそうに微笑んでいる。
白くて長い髪の毛。
肌も真っ白。
暗い部屋なのに、その男からは後光が差している。
「私に会いたかったんだろう」と神が言った。
「何で知ってるの」
「私は全知全能だからな」
私は神に質問した。
「全知全能の神なら、なぜ世の中を混乱させるんですか」
「知りたいか」
「もちろん」
神は少しニヤリと笑った。
ちょっと下品な笑い方だ。
神らしくないなと私は思った。
「では、このチェスでお前が勝てば教えてやろう。但し、負けたら……」
「負けたら、何ですか」
「そうだな、お前の魂をもらおうかな」
魂をもらう?
こいつは神じゃないな。
「魂をもらうって、神は神でもあなたは『死神』ですかね」
「まあ、どうでもいいだろう。チェスをやるのかね。怖いならやらなくてもいいが」
負けず嫌いの私はカチンときた。
私は、『神』の正面の椅子に座る。
「いざ、勝負!」
………………。
…………。
……。
「チェックメイト」と『神』が言った。
うーん、やばい。
負けそうだ。
困ったな。
魂を取られたくないなあ。
瞬間移動で逃げちゃおうかな。
それとも、今日は調子の悪い日なんですって言い訳しようか。
いっそ、『アホの子』だけど、チェスの達人アンナちゃんを呼んでこようかしら。
それともジャンピング土下座で「ごめんなさい」かな。
あたしが冷や汗をかいて、盤の駒を見ていると、神が突然ゲラゲラ笑いだした。
「どうやら、俺様が勝ったらしいな、魔王」
いつの間にか、『神』の恰好が変わっている。
黒いダークスーツの男。
顔は整っているが、ニヤニヤと笑っているその表情は、何とも下劣な印象を与える。
「あなたは神じゃないわね!」
「そうだよ」
「じゃあ、何者」
「俺はナイアルラトホテプ。クトゥルフだ。クトゥルフについては検索してくれ」
私は、ベッドの横に置いてある魔王の剣を掴んで構える。
パジャマ姿なんで、ちょっとカッコ悪い。
「穏やかじゃないな、もっと魔王らしく落ち着けよ。それとも魂を取られそうなんで怯えているのか」
ムカついた。
瞬殺!
剣をナイアルラトホテプに向かって振った。
しかし、逆に吹っ飛ばされる。
服が破けて、全裸でベッドに仰向け状態。
体が痺れて動かない。
よりにもよって、今日は調子が悪い日だ。
ナイアルラトホテプがベッドの端に座る。
足首から、私の体をいやらしく触ってくる。
だんだん手が上がって来た。
太股をまさぐる。
何をするの!
しかし、体が動かない。
股間を触って来た。
この変態め!
「ん? お前、まだ生娘か」
「そ、それがどうしたのよ。別に魔王に関係ないわ」と言いながら、ちょっと気にする私。
胸を揉み始めた。
「おっぱいでかいな」とニヤニヤ笑うナイアルラトホテプ。
されるがまま。
魔王が乱暴されるわけにはいかん。
くそー!
ナイアルラトホテプが私に顔を近づけてくる。
「さて、魂をいただくか」
私は恐怖に怯える。
「怯えている顔、なかなか可愛いじゃないか」
こいつ、魔王を馬鹿にしやがって!
「まあ、残念ながら、お前の魂をいただく事は出来ないな」
「……どういう意味」
「魂なんて無いからだよ。お前も俺も。世の中全てのモノにな」
「私は魂を見れるわ。魂が空に飛んでいくのを見た」
「それはただの電気信号の記録に過ぎないぞ」
「うそ!」
「だいたい、神なんてもの自体いないぞ」
「何、言ってんのよ。じゃあ、この世界は誰が作ったの」
「偶然、出来たんだよ」
「私の執事のイフリートに言わせれば、この世界は明らかに何者かの意志により造られたとしか思えないようだけど」
「だから単なる偶然で出来あがった結果に過ぎんよ。つまり神とは偶然。そして偶然には意志は無い」
「天国も地獄も偶然に出来たって言うの」
「天国も地獄もないぞ、そんなもの」
「じゃあ、死んだらどうなるの」
「どうなるのも何も、そのままで終わり」
「神がいないなら、あんたが転生とか転移させてるの」
「そうだよ」
「何でそんな事をするの」
「面白いからさ」
「面白い?」
「世の中がメチャクチャになるのが面白い」
「世の中が乱れるのが面白いの」
「そうだよ、特に人間が右往左往するのを見てるのは楽しい。他人の不幸ほど面白いものはない。これがこの世の唯一の真理だな、お前もそうだろ。特に全く自分と関係なく離れているところで見ていると面白い。幸せの絶頂で不治の病で苦しませるのも面白いし、何にもいい事なくて、苦しみぬいて死ぬのを見るのも面白い。戦争や災害で大勢死ぬとか、人間が悲嘆にくれているのを見るのが楽しくて仕方が無い。何だ、その目は? 酷い奴だなと言いたいのか? そういうお前も楽しんでるだろ。いや、楽しんでいない、可哀想だと思っているし、同情もしている。そう言いたいのか。しかし、翌日には忘れているだろう。所詮、自分には関係ないもんな。みんな自分の事が一番大事に決まっている。可哀想ではなく、可哀想と思う事を楽しんでいるんじゃないのか。悲劇を楽しむように。何千万回でも言ってやる。他人の不幸は楽しい、これがこの世の唯一の真理だ、ウヒャヒャ!」
ナイアルラトホテプが御託を並べるのを聞いて私は思った。
こいつは、『神』でも『悪魔』でもない。
単なる『鬼畜』であると。
瞬殺してやりたいが、体が動かない。
「あんたは、最終的には何を狙っているの。世界を支配したいの」
「世界を支配するつもりなんてないよ。混沌こそわが墓碑銘だ」
こいつが何を言いたいのか、よくわからない。
「もしかして、結界とか張っていたのは、あんた?」
「そうだよ、魔王が右往左往しているのを見てると楽しくてな。まあ、お前は殺さないでおくよ。面白そうな奴だからな。別の世界の『スターリン』って奴に似ている。もう死んだけどな。ちなみに『スターリン』とは『鋼鉄の男』って意味だ。お前は『アイアンメイデン』とでも呼ぶかな。ちなみにヘビメタではないぞ」
スターリンとは誰だろう、またヘビメタとは何ぞやと考えていると、
「ただし、あんまり調子に乗る場合は『瞬殺』してやるからな、ウヒヒ!」
そう笑いながら、ナイアルラトホテプは消えた。
私は緊張が解けたのか、疲れてそのまま寝てしまった。




