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#002 見えないわよ

 

 高校一年の初日。

 新しい生活の幕開け。

 その3年間は、人によっては幸せに満ちた時間になるし、人によっては辛いだけの時間になってしまうかもしれない。それでも入学初日だけは全ての生徒が光り輝いた目をしていた。これからの新しい生活に、大きな夢を膨らませているのだった。

 ま、それが普通だと思う。


 しかし、私こと、茶谷アリナの目は完全に真っ暗だった。


 お先真っ暗。見通しが暗い。暗雲の垂れ込める状況。これら全てが正しく。自分の席で項垂れ、私は机に頭をゴーンと乗せていた。と、言っても人生に絶望した、という意味じゃないですよ。


 物理的に、私の目の前は、黒い幽霊の塊で塞がれていたのだった。


 霊を相手に物理って変だけど。

 文字通りフワフワの雲みたいな塊が、スッポリと私の頭を包み込んでいる。光りも通さず、視界もゼロに等しいから黒板だって見えやしない。その上、聞こえるんだか、聞こえないんだか、ってぐらいの小声で恨めしい言葉を呟いているもんだから……。

 ま、鬱陶しい事、この上ない。


「……あれ、大丈夫? なんか元気ないね。茶谷さん」


 フワフワの黒い塊が、私に話し掛けてきた。勿論、それは幽霊が言っていた訳じゃなく一つ前に席に座っている男の子が心配をしてくれていたのだった。フワフワで顔は見えないが、相変わらず女の子みたいな表情を曇らせているのだろう。

 ま、雲だけに。

 へへへ。

 何言ってるんだろうね、私ってば。


「大丈夫よ、武豊くん。私はへーいきー」

 私は空元気を隠そうともせず返事をした。

「そうなんだ。でも、良かったよ」

「ん。何が?」

「茶谷さんと同じクラスになれてさ」

「そ、そう」

「だって、幽霊が好きな子を、もう一人見つける事ができたんだから! 僕としては最高さ!」

「……私、一回でも幽霊が好きだって武豊くんに言ったかしら」

「僕の事は武って呼んでもいいんだよ、同士!」

「そうだね。武豊くん」

「いやー、中学の時は一人も見つからなかったんだけど、高校に入るなり出会えるなんて僕は運が良いなぁ」

「……相変わらず、人の話を聞いてないわね、武豊くん。私は自分の運の悪さに辟易しているわよ」

「へきえき? それは何かの幽霊の名前かい!?」

「……ま、何でも無いわよ」

 私は思わずため息を吐いてしまった。彼の名前は武豊武、上から読んでも下から読んでも同じですが枕言葉らしい。ご覧のように、大層な幽霊好きだが霊感が無く、その上、なぜか大量の幽霊に取り憑かれている人のようだ。私の学校は、男子女子を交互に座らせているから、名字が離れているのに、こういう結果になってしまった訳で……。


 まさか、これから三年間、この暗黒に包まれたまま生活していかなければならないのかしら……。


 いやいや、それは無い。それだけは有り得ないでしょう。だって、学校に来ているのに友達の顔が幽霊で見えないなんて、そんな生活は楽しくない。しかも、黒板だって見えないんだから、まともに授業が受けられないし、先生の顔だって一致しないのよ。

 どこの世界に幽霊に視線が隠され、教師のツラが分からない女子高生がいるのよ!!

 あー、くそー。

 最悪な男と最悪な距離で出合ってしまったわ。

 かといって、教室で除霊のアレをするのは目立つからしたくないし……。

 どうしたもんかしら。

 私は悶々とするが、答えのでないまま全ての授業を耳だけに頼ってこなしたのだった。


 ただ、ホームルーム前、私は一つの結論に辿り着いた。


 そう。武豊くんと席が近いから幽霊で見えなくなるのであって、武豊くんと席が離れれば問題はなくなる。というか、私って凄く目が悪いんですと先生に言って、教壇前ぐらいにまで近づけば全て解決する筈よ。そりゃ、実際、私の目は悪くないのでメガネだって付けてないし、偽物を付けた所で定期的な視力検査でバレてしまうかもしれない。ただ、それでも今の状況よりは、マシってもんでしょう。後は嘘を付いて、誤魔化せば……。


 よし、これしかない!!!


 武豊くんに取り憑いた幽霊の大きさが、一メートルぐらいなら、これで全ての問題が解決するわ。私はこの考えに満足し、フワフワの塊の中で一人、静かに頷いていた。すると、その時、ガラッ扉が開いて担任教師が教室に入ってきたのだった。


「さーて、お前ら今からホームルームを初めぞー。静かにしろー。静かにしないと、学校の裏山にある幽霊塚に呪いを掛けられてしまうかもしれないぞー。あその幽霊は戦後、大きな団地を造る時に沢山の人が亡くなったとという曰く付きの所なんだぞー」

「先生ー、今どき、そんなのじゃ笑いも起こりませんよー」

「ははは。新年生だってのに、こりゃ厳しいなぁ」


 教室の中でクスクスとした笑い声が響いていた。ったく、あのゴリラ面の担任教師も生徒から馬鹿にされていると気がつかないでヘラヘラして、いい年した大人なんだから察しなさいよ。しかも、高校生に呪われちゃうぞって、そんなので誰かビビると……。


 あれ、ゴリラ面の担任教師?


 え。私ってば、黒板の前に立っている担任の顔が見えている? うん、分かる。黄色いジャージを上下に着ており、もみ上げリーゼントの体格の良い男性がいた。回りに座っているクラスメートの顔だってよく見えている。私は除霊なんてしていない。


 つまり、この場から幽霊がいなくなったって事で……。


 キョロキョロと見渡すが、当然、私の前の席には誰も座っていなかった。それでも、しつこく教室内を探していると、校舎の窓の向こう側に黒いフワフワが動いている所が微かに見えたのだった。その幽霊群は、校庭のど真ん中をもの凄いスピードで駆け抜けていったのだ。


 それは間違いなく、学校の裏山にある幽霊塚まで向かっていた。


「す、少しは(注意を)、ハラってよ、武豊くぅうううううううううううううううううううううううううんっっ!!!」

がーん。



 翌日、武豊くんが引き連れてきた幽霊で、教室は全て黒に染まっていた。



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