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#001 ハラっちゃう

 

 私は小さい頃から幽霊が見えるし、この世からハラう力も持っている。

 だが、それをする気は一切無かった。



 早朝。草むらに隠れていた虫が土の中から姿を現し、張り巡らされた電線の上で鳥たちが目覚めの声を上げていた。朝露はしたたり落ち、腹を空かせた野犬が自らの巣に戻っていく。

 平たい丘の上に、とある神社が立っていた。境内には民家と倉庫が立ち並んでいるような、割と近代の作りである。そんな肌を引き締める冷ややかな空気が床下から忍び寄る本殿で、私は静かに朝食を食べていた。


 私の名前は、茶谷アリナ。

 先ほど自分で朝食を作り、一人っきりで食事を済ませていた所だった。


 回りには誰も居ない。一応、こんな私にも隣り合わせの民家の方に家族と呼べる人は、いる事はいる。だが、それは血が僅かに繋がっているというだけの方々に過ぎなかった。

 彼らから近すぎず、遠すぎない微妙な距離感で生活する、というのが私の考えである。ま、神社の本殿で食べるのは、流石にやり過ぎだろうけど。

 世話になってる親戚とベッタリするのは好きではなかった。

「……行ってきます」

 食器を片付けてから私は静かに家を出た。何か用事がある訳ではないけど、自宅でジッとしているよりかはコンビニや近くの商店街で時間を潰した方がマシというものだ。


 がささささり。


 ふと、歩いていた私は思わず立ち止まった。そっちを見ると、小さな祠の中から私を睨んでいる影があったのだ。煮詰まった黒煙のようにフワフワとしている塊には眼球が付いており、恨めしそうな視線を永遠と向けていた。

 昔から、そこにいる幽霊だ。

 私は影の存在に気がついたけれど、すぐ歩き出していた。


 あ、ここで私の事を冷たいと思った人は、少し考えてもらいたい。

 この世にどれだけの幽霊が存在しているのかを。


 その存在は、人間の魂の数だけ存在しているワケじゃない。それ以外の念なり後悔が塊となっているケースだってあるワケですよ。そりゃ、この世には星の数ほど無数の幽霊が居るというのに、それを手当たり次第に成仏させていたらキリがないというもの。仕事じゃないからお金だって貰えないし、かといって除霊なんて仕事にしたらヤバい人と関わり合いそうだし。基本幽霊は見えないから、こんな力がバレたらご近所から不審に思われるし。

 そうなると親戚に迷惑がかかる。

 利点がないから除霊には関わらない。

 ま、それが短いけど15年、生きてきた私の答えだった。

「さーてと……」

 私はゆっくりと歩んでいった。


 でも、次の瞬間、足を止めてしまった。


 くたびれた商店街に向かっている途中、大型トラックほどの大きさまで合体した幽霊群が此方に向かっていたのだ。

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」 

 一瞬、地神さんかと思ったけれど、こんなデカイの私は見た事がなかった。


 しかも、その大きな幽霊群は、たった一人の男子に全て乗っかっていたのだ。


 なんじゃこりゃ。

 ほふく前進のまま、ずりずりと道路を進んでいた。

 ま、進んでいるというか、転がっているというか……。

「……き、君、何をしているの?」

 あまり他人に対して積極的ではないのに、そう私は思わず話し掛けてしまった。正直、公園で子供が泣いていたとしても、きっと誰かが助けてくれるだろう、と思ってしまう。しかし、流石にこれは見過ごせなかった。

「え」

 私が話し掛けると、幽霊群が乗りかかっている男子は顔を上げた。童顔、端整な顔立ち。そして、女の子みたいにクリッとした丸い瞳が、私のボーッとしている顔を見詰めてから口を開いていた。

「僕の名前は武豊(たけとよ)武(たけし)」

「……いや、名前は聞いてないよ」

「上から読んでも、下から読んでも同じです!」

「聞いてない」

「歳は15才!」

「だから、そんな情報はいらないって。私は何しているのかって思って尋ねたの」

「今年、中学を卒業しました!」

「……なに、その小学生みたいな立て続けの自己紹介。もしかして、私の話を聞いてないの」

「君の名前は?」

「……茶谷アリナ」

「そうか。茶谷さんっていうのか。僕の事は武って呼んでね」

「武豊くん。とことん、私の話を聞きたくないようね」

「え。僕は話しを聞いているよ」

「聞いてないわよ」

「4つ会話前に、僕は君の名字を言ったから、君の話しは聞いていると思うよ」

「……こ、細かいツッコミね」

「ふふ、ちなみに僕は、これから幽霊に会いに行く所なのさ。君は知っているかい、この辺りに有名な祠の地縛霊がいるって噂を」

「……あれは地縛霊じゃないわよ。って、ああ、武豊くんは見えないのか」

「え?」

「ううん。何でもない。そっか。会えると良いね、幽霊に」

 私は呆れつつ、その場を去った。後から俯せになっている子の「頑張る。またね、茶谷さーん」という暢気な声だけが聞こえていた。


 ま、私だって武豊くんの事は引っかかってるけど。


 実際、幽霊が同じ場所や人間に取り憑き続けるなんて例は少ないのよね。地縛霊や個人に恨みがあるのならまだしも、私と同い年の子に深い因縁なんて普通はないだろうし。

 その内、幽霊群もチリヂリになっている。

 私は、とっとと商店街に向かい、まずコンビニで雑誌を立ち読みし、中学生の救世主シ○ムラで服を見て。ファミレスのドリンクバー(190円)でお代わりしてから私は帰宅する事にした。これ、私のお気に入りのコースというか、普段なら割と暇つぶしできるはずである。


 けど、今日は時間がそんなに進んでいなかった。


 正直、あのまんま武豊くんの事を放置しておくのは流石に気が引けていたのだった。どんなに暇つぶしをしても、さっきの事が忘れられなかった。っていうか、あんなの初めて見たんだから忘れるのは無理か。

 私の足は自然と彼と出会った道路に向かっていた。

 そして、角を曲がり、辺りを見渡した所でホッとしてしまっていた。先ほどまで浮かんでいた大量の幽霊達が、影も形もなくなっていたのだ。という事は、武豊くんも無事に帰宅したって事よね。

 やっぱり気にする必用なんて無かったわ。


 ま、私のように除霊する力があるか、悪い所に行かない『注意力』さえあれば大抵の人間は平気なのよね。


 ピタリ。

 ただ、歩いていた私の足が思わず止まってしまった。朝方に見た光景とは明らかに違う様子がそこにはあった。というか、例の幽霊がいた祠に全ての黒い塊がギュウギュウに押し込まれ。よりにもよって一番厄介な石を抱え、幸せそうな顔をした武豊くんの姿があったのだった。


 注意力の欠片もなく、最初より幽霊の数は増えていた。


「(少しは注意を)、ハラってよ、武豊くぅうううううううううううううううううううううううううんっっ!!!」

がーん。




 これが、私こと茶谷アリナ。

 そして、幽霊大好き武豊くんとの不思議な出会いであった。



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