終わりの香り 2
レオンの元を訪れた次の日、フィリップは仕事に復帰し、自分の机を見て、心の中で嘆息した。
元々山脈のようになっていた書類は、一週間見ないうちに大山脈になっていた。最早机には積み切れず、床の上にも小さな山が出来ている。たくさんの書類を抱えたコークスが無理矢理敬礼しようとするのを押しとどめて、フィリップは彼が部屋からよたよたと出て行くのを見送った。
「ちゃんと養生しましたかぁ?」
眼の下に隈を作ったレイムズが、コーヒーメイカーの前に立って、締まらない表情で言った。
「ああ、もう大丈夫だ」
「良かったですよぅ。ほらぁ、早く仕事始めないとぉ、終わりませんよぅ」
「そうだな。……いや、待ってくれ」
ゆらゆらとカップの入った棚へ向かうレイムズを呼び止め、フィリップはずっと持っていた疑問をぶつける。
「君はあの日、あの将校を連れて行く前に、私に『ラウラを嫌いにならないで欲しい』と言ったな」
レイムズは視線を宙に飛ばして少し考え、それからのんびりと頷いた。
「……あぁ、言いましたねぇ」
「あれは何故だ?」
あの言葉の意味がずっと引っかかっていた。あの場において、自分にそういう要素があったのだろうか。
レイムズはしかめっ面になって、それから首を左右に傾げながらカップを取り出した。
「なんて言うかぁ、同族嫌悪的なぁ? 中佐ってぇ、そういうの気にしそうじゃないですかぁ。それでぇ、ひょっとして嫌いになっちゃうんじゃないかなぁってぇ。あの後何があったかあんまり知らないですけどぉ、ラウラちゃんを怒っちゃうかなぁ、と思ったんですよぅ。そんなのぉ、ラウラちゃんが可哀想じゃないですかぁ」
「……それでは君は、私が彼女の事を」
「同類だと思ってたんでしょぉ?」
驚愕で動きの止まったフィリップを尻目に、のんびりとレイムズはそう言い、コーヒーメイカーからポットを外して濃いコーヒーをカップに注ぎながら、えへぇ、と笑った。
「そんな事ぉ、とっくに分かってましたよぅ」
「……何だって?」
「ラウラちゃんと中佐が似てるって話でしょぉ?」
レイムズは後頭部に作った金髪の団子をちょっと触って、それから眼鏡の橋をくいと人差し指で上げ、講義する教師のように取り澄ました顔で彼を見た。
「中佐ってぇ、顔に出ないじゃないですかぁ」
「何がだ」
「全部ですよぅ。でもぉ、一番何も思ってないみたいな顔してる時がぁ、一番何か思ってる時みたいなぁ」
「……どういう意味だ?」
「顔に出ないからぁ、逆に分かりやすいって場合があるんですよぅ。中佐はその典型ですよねぇ。ラウラちゃんもそれっぽかったから『似てるなぁ』って言ったんですよぅ。ほらぁ、東部に向かう飛行戦艦の中でも言ったじゃないですかぁ」
そう言えばそんな事を言っていたと思い出しながら、フィリップはこめかみを抑えた。あれもまた、切欠だったのか。
「……君は、私が何を考えているのか分かるというのか」
「そんな事無いですよぅ」
レイムズはへらっと笑い、コーヒーを差し出してきた。それを受け取り、フィリップは無意識のうちにその表面を見ていた。コーヒーには、いつもの鉄仮面が浮かんで揺れていた。
「なんか考えてるんだなぁ、くらいは分かりますけどぉ」
「何故だ?」
「そんな事言われてもぉ、雰囲気の話ですからぁ」
「……訳が分からないが」
ですからぁ、とレイムズは笑う。混乱しているフィリップを見ているのを、楽しんでいるようだった。
「最初にラウラちゃんに会った時に分かったんですよぅ、彼女も中佐と一緒だなぁってぇ。中佐よりは分かりやすかったですけどぉ」
「では、君はあの日にラウラの事が分かっていたというのか?」
「なんか隠してるなぁ、すごく思い詰めてるなぁ、くらいは分かりましたけどぉ?」
「何故それを言わなかった?」
「女の子の懊悩はぁ、簡単に殿方には話せないですよぅ」
フィリップは絶句して、ブラックコーヒーを啜るレイムズを見つめた。
「憶測なら尚更ですよぅ」
分かってないですねぇ、とレイムズは言い、やれやれと嘆息した。フィリップは砂糖を入れる前にコーヒーに口をつけ、思わずむせて、顔をしかめた。
「それだけですかぁ?」
「……ああ」
「じゃぁ、仕事に戻りますねぇ」
ゆっくりと自分の机に戻るレイムズの背中を見ながら、フィリップは、今度は心から嘆息した。それから椅子に座って、書類の山々をぼんやり見る。白いような黄色いような紙の山塊は、堆積した地層の様相で彼を見返していた。
「……分からん」
ぼそりとそう呟いて、彼はペンを取った。それをインク壷に突っ込もうとして、危うくその横に置いたコーヒーに突っ込みそうになり、いつかの夜の事を思い出して、彼は少し可笑しくなった。それから、何となくその気になって、フィリップは褐色の液体を覗き込んだ。
静かになった表面には、先ほどと同じ無表情が浮かんでいた。
やはりそれほど嫌悪感は無くて、少し嬉しかった。
今日は、ぐっすり眠れるはずだ。そう思いながら、机の引き出しを開け、中から角砂糖の入っている袋を取り出して、白い立方体を二つつまみ、コーヒーに投げ入れた。そしてペンを取りながら、薔薇の香りの紅茶の事を思い出して、それから仕事に戻る。
コーヒーに映った口元がほんの少し緩んでいる事に、彼自身も気づいていなかった。
枯竹四手です。よろしくお願いします。
連載最終話の投稿です。
ようやく、と言った感じで、終了です。
総投稿期間五ヶ月、総文字数一〇万字と少し、総編集期間不明(笑)というひどく緩慢な作品になりましたね。
お楽しみいただけたら、幸いです。
まず最初にスチームパンクを期待した方、推理を期待した方にお詫びを。スチームパンク要素が無いじゃん、と言われるのはいつかなと思っていました(笑
もっと空想機械なんかを出していきたかったのですが、上手くいかないまま終了してしまいました。そういうのを考えるのは大好きなんですが、やはり推理要素と融合させようとすると、もっと研鑽が必要なようです。
執筆最初期の話ですが、ラウラは不死身の吸血鬼でした。もっと暗い、ホラーチックな作品でした。ところが話を進めて行くうちに、彼女はどんどん吸血鬼じゃなくなっていきました。ラウラが泣いているところを思いつくにあたって、彼女は吸血鬼ではなくなりました。泣いている吸血鬼が想像できなかったからです。私の技量では、吸血鬼は書けなかったという事です。人外は難しいですね(笑
そういう訳で、彼女は人間です。
レオンはやたら話が冗長、フィリップは受動的すぎる、セバスティアンはなかなか話に混じって来れず、コークスも存在感が薄い……という中で、お気に入りはレイムズです。そんな感じが随所にありますね(笑
キーワードとして出てくる『いつも通り』は、フィリップの願望でしたが、それが何故なのか、という部分には今回触れられませんでした。もし続きを書くような事があれば、そういうところにも触れられればと思います。
また、もう一つのワードとして『魔女』がありました。これは理由、というか来歴をレオンが言及しましたが、これについては不快に思われる方もいらっしゃったかと思います。申し訳ございませんでした。
一応、ハッピーエンドを目指したつもりです。
とにもかくにも、初めて長編を書ききる事が出来ました。ありがとうございました。
最後に、投稿途中にタイトルの間違いを指摘くださった石随様に、深い感謝を捧げます。確認は大事ですね(笑
感想等ありましたら、よろしくお願い致します。喜びます。




